第19話 藤宮氷菓と体育倉庫 その後
ここから出ないと藤宮氷菓が言い張る。それはもっともな事に思われた。
不幸な事故によりお尻側の縫い目がほどけた体操ズボンで校内をうろつくのは男子にだって
「………くすん」
とはいえ、倉庫の隅っこにうずくまる藤宮を放置して帰るわけにもいかず、いずれ教師かクラスメイトが探しに来ると思うと、なにか早急に対処しないと彼女の痴態が明るみに出てしまう事は疑うべくもない。
「……藤宮。ちょっと、それ、脱げ」
僕は自分の体操ズボンを脱いで彼女のもとに放り投げると、代わりに彼女のズボンを要求した。
「………ん、え? はあああああああああ!? なに脱いでんの!? 変態!」
「違う。僕のを履けと言っているんだ」
「…………へ?」
両膝を抱き寄せて、大事なモノを守るように身を縮めていた藤宮はその一言で少し警戒心を緩めたのか「………いいの?」と呟いた。
「構うもんか。恥ずかしい事は恥ずかしいが、男の下着を誰が見ると言うんだ」
「……………………」
藤宮は僕のズボンを手に取って、少し悩んでいたようだが、やがて意を決したのか、
「目、つむってて。いいって言うまで絶対に開けないでね」
「頼まれたって開けない」
僕は目をつむって背を向けた。教室に帰れば着替えがあるし、今はおそらく部活時間だから校内をうろつく生徒も少ないはずだ。これで藤宮の気持ち(と、クマさん)が守れるなら安いものである。
シュルシュル、ゴソゴソ、衣擦れと着替えの音が僕の妄想を掻き立てた。
いま振り返れば下着姿の藤宮がいるのだと思うとなぜだか恥ずかしくなって、僕は逃げ出したい衝動にかられた。
我慢だ、我慢。今逃げだすのは、それはそれで変態だ。要らぬ汚名を被らないためにも我慢だ。
やがて藤宮が「着替え、終わった」と言った。僕が振り返ると、左腕で胸を隠して恥ずかしそうに俯いた藤宮がズボンを僕に突き出している。
僕はそれを受け取ると、さっさと履いた。下着一枚よりもお尻のあたりがスース―するようだった。
「早く教室へ戻ろうぜ。こんな所を誰かに見つかったら変に騒がれる」
「そうだね」
藤宮は顔をそらしたままそう言った。まあ、そりゃあ恥ずかしいだろう。事故とはいえ男子に下着を――それもクマさんプリントのやつを――見られたのだから。
彼女は男友達が多いとはいえ、一線超えた関係を持った事があるようには見えなかった。
藤宮氷菓は乙女であった。
ところが、乙女というのは時として
「待って!」
と、藤宮はとつぜん僕に抱き着いた。
僕が驚いて後ろを振り向こうとすると、彼女はそれに合わせてクルリと回る。クルリ、クルクル。彼女はコバンザメのように僕の背中から離れなかった。
「何をする、藤宮」
「このままだとゆう君のパンツが見えちゃうでしょ」
「別に見えても構わない。それよりも………」
胸が――――、と言おうとしてやめた。
藤宮が抱きしめるせいで、僕の背中には小さいながらもハリのある、プニッとした胸の感触があった。女の子特有の甘い香りのせいもあってか、背中に意識が集中し、彼女の柔らかさを強調していた。
藤宮は僕の言わんとしていることを察したのか、ことさら強く抱きしめて「罰ゲームだ」と言った。
「ゆう君も私を意識しなさい。女の子に優しくした罰だから」
「は? 意味が分からない」
「天ヶ崎さんになんか、負けないから」
「ますます、意味が分からない」
僕が困惑していると、藤宮は構わず歩き出した。彼女に押されるようにして僕も歩き出す。
「なんで優しくするのかなぁ……。だから、諦められないんだよ」
という藤宮のつぶやきは、僕の耳には届かなかった。
ただ、コツン、という、頭を背中に乗せる衝撃だけは伝わってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます