夏休み突入
第12話 天ヶ崎蝶とランニングの話 1
話に出てきたついでに、天ヶ崎蝶について少し触れておこう。
彼女は天ヶ崎舞羽の双子の妹である。背は舞羽よりも少し大きい147センチくらいだが、胸は姉の方が大きいようである。おっとりとした顔つきは瓜二つ。桜色の髪の毛をショートボブに整えている。言葉遣いの影響なのかときおりつり目がちになったりするが、それがまた猫のような美しさを醸し出すので男子人気はかなり高いという。
舞羽との大きな違いは性格だろうか。舞羽はさんざん言ったとおり奇想天外ダメ人間であるが、妹の蝶は
とても舞羽の妹とは思えぬアオハル少女は、なんと、陸上部に所属するバリバリのスポーツマンであった。
「あれっ、ゆう君だ。こんな所で会うなんてめずらしいな」
「ああ、蝶か。おはよう」
「おはよ~」
僕の日課はジョギングである。
社会的有為の人材になるための鍛錬は綿密な計画のもと、決してくじけない意思と好きな音楽によって達成されるのである。
ところが、その日は公園へ続く道が工事中だったため、僕はルートの変更を余儀なくされたのだった。
「いつものルートが工事で封鎖されててびっくりしたよ。こっちに来たことは無かったが、蝶はいつもここを走ってるのか?」
「そうだね~。こっちは家も少ないし人通りも無いから思いっきり走れてきもちいんだよね」
「なるほど、たしかに静かでいいな」
蝶はいかにも走りやすそうな恰好をしていた。薄い青色のタンクトップとふともも丈の薄手のパンツ。細くくびれた腰から伸びる脚はしなやかな曲線を描き、かの高名なヴァイオリン『ストラディバリウス』を彷彿とさせる美しさに人々は感嘆を禁じ得ない。ぷっくりとした臀部の膨らみですら芸術的に躍動し、その美しさを際立てていた。雪のような肌を伝う汗は陽の光を受けて
彼女は陸上部のエースらしい。校内はおろか県内にも彼女についていける選手はおらず、来年の大会では全国優勝の筆頭候補だとも言われている。
僕のように趣味でやってる程度のスポーツマンには、彼女の流しについていくのがやっとだった。
「ね、大丈夫?」
「何が」
「息あがってるし汗もすごいよ。無理したらダメじゃん?」
「無理なんてしてない」
そう答えたものの、たしかに僕は無理をしていた。いくらジョギングと言えども蝶に負けるのは悔しい気がして、ついついペースを上げていた。このまま走り続けたら倒れてしまうだろう。僕のジョギングは彼女のような鍛錬目的ではなく、あくまで体を目覚めさせるためのものなのだから。
「ゆう君が倒れたらお姉ちゃんが心配するの。もっと自分を大切にしなよ」
「……む」
しかし、蝶が僕の頬をぺちっと叩いたために、逆に僕の闘争心が燃え上がった。
「意地でもついていくからな!」
「はあ?」
僕はしゃにむにペースを上げて蝶を追い越した。
「ちょ、ちょっと待ってって! そんなにペースあげたらヤバいって!」
背後から蝶の焦ったような声が聞こえる。
僕は努力を人に見られるのも褒められるのも嫌いだが、心配されるのはもっと嫌いだった。
「落ち着けって、ゆう君!」
しかし、ほぼ全速力を出している僕をすんなり追い越して、蝶は僕を振り向いた。
「………………………」
僕は閉口した。
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