第37話
【彼女】俺の脳内の辞書によればそれは日本では【恋人】と呼ばれる関係の相手を示す言葉だったはずだ。
【She】という意味合いもあるかもしれないが、状況を踏まえれば自分を彼女と呼ぶというのはおかしい。
「――え、彼女?」
いつもなら京花が言い間違えて俺が「だから元カノ」という流れ。
だけど今、「彼女」と言ったのは美鈴だ。
「それが何? ていうかちゃんと説明してよ。なんで日高京花がユウの家にいるの?」
「それが何」って、俺にとってそれが今一番大事なことなんだけれど。
京花が何故うちに居るのかなんて俺にこそわけのわからない理由だし、なんで男装でいけると思ったのかもわかんないし。
「何黙ってるの? ちゃんと説明してくれる?」
美鈴の声が明らかに怒っているので、両手を横に広げたままくるりと後ろへ向き直る。
めっちゃ睨んでる怖い。
「説明なら僕が代わりにしようじゃないか。そうだね、まずはカレーでも食べながら食事会というのはどうだろうか」
後ろで京花が何か言ってる。
こんな状況で食事会とかどんな罰ゲームだよ。
こんなタイミングで交友関係を広げようとするな。
「へえ。日高さんが説明してくれるんだ……? ユウはそれでいいの?」
「ええっと……」
笑ってるんだかキレてるんだかわかりたくもない表情の美鈴に頬を汗が伝う。
この状況で何をどう考えろってんだ!
心の中で叫んでも仕方ない。
言葉を探せ。
一番大切なことを確かめるための言葉だ。
「えっと、美鈴はその……」
俺は美鈴の彼氏なのか?
美鈴は俺の彼女なのか?
別れたはずじゃなかったか?
別れていないんだとしたら――嬉しい。
だってめっちゃ好きだもん。
だけどそれは俺の本当の気持ちか?
ただの未練では?
あの夜の痛みはなんだ。
みっともなく流した涙は、嗚咽はなんだ。
本物の俺の気持ちはどっちだ。
好きだ。
「美鈴はその、俺のことが好きってこと?」
だから俺がいま、一番大切なことを確かめるための言葉はこれだ。
「~~!! きゅ、急に人前で何言ってんのよばかぁ!」
「ぐえっ!?」
顔を真っ赤にした美鈴が俯き、何を思ってか顔を隠したまま闘牛のように突進。
両手を開いていた俺の鳩尾に会心の一撃。
「だ、大丈夫かい!? ユウくん!」
「あ、ユウの部屋……」
突如、闘牛と化した理由はわからないが、どうやら俺のことが好きとかそういうのは違うのかもしれない。
さすがに「何言ってんのばか」と罵られて鳩尾に一撃貰ってしまえば先ほどのは成程、聞き間違えだったんだろう。
俺が鳩尾をさすりながらそんなことを考えている間に、京花がおろおろとこちらに駆け寄り、美鈴は美鈴で突進の勢いでついに我が幼馴染の園へ入園してしまう。
「美鈴、待て、その先には行っちゃダメだ……」
「……」
腹をさすりながら立ち上がった俺は京花に「美鈴を本棚に近づけないでくれ」とアイコンタクト。
無言でこくりと頷く京花。
「美鈴さん。そっちじゃない。幼馴染コーナーはこっちだ」
「お、幼馴染コーナー!?」
「ああ。特設コーナーらしいよ」
知ってたよバカやろう!
絶対そうなると思ってたよ!
このチャンスに距離を縮めて来いの合図じゃねえよ!
そういうところだぞ日高京花!
ドヤ顔で美鈴を先導する京花。
美鈴は特設コーナーから適当に一冊取り出してぱらりとページを送る。
こちらには背中を見せているのでどんな顔をしているのかわからない。
(どうだい、えっちだろう?)
(ユウ……こんな趣味があったから……!?)
二人が何か小声でぼそぼそ言っているが残念ながら入口に立つ俺にはかろうじて聞き取れない声量。
というか、どんな話をしているのかは正直あまり聞きたくない。
(人は誰でも表には出せない部分を持っているものさ)
(た、確かにコレはダメね……こんなのできる自信ないし……。ていうか日高さんなんでそんなにユウのこと詳しいの? あと、なんでそんな恰好してるの? それもユウの趣味?)
(…………バレてしまっては仕方ないわね。そうよ、これは全てユウくんの趣味なの。でも、詳しいことを話せば長くなるわ。よかったら夕食でも食べながら話さない?)
(そんな趣味まで!? 最低っ!!)
(まあまあ、その辺は今夜じっくり二人で調査するとしましょう)
(え? どゆこと?)
(明日は学校お休みだし、美鈴さんも泊まっていくでしょう?)
(お泊り!? いいの!? 泊まる! 超泊まる! え、っていうか日高さんユウんちに泊まる予定だったの!?)
なんか話長くない?
俺のエロ本を手に何やら語り合う学園のアイドルと元カノ。
手に持っている物が物なのでこちらとしても飛んで火に入りそうで話しかけられない。
完全に置いてけぼりだ。
(ちゃんとその辺りも詳しく説明するわ)
(うーん……ユウはいつも肝心なことは話してくれないからあてにならないし、日高さんに話して貰う方がいいのかなあ)
(それじゃあとりあえず一階に降りて晩御飯にしましょう)
(うん! ……あ、でもちょっと待って)
ぱたん。
待ち飽きてきたところでエロ本が閉じられる乾いた音。
つかつかと不満を露わにしながら美鈴がこちらに歩み寄ってくる。
慌てて体を避けて部屋の出入り口を譲る。
「ユウのへんたい! えっち! 最低っ! ばかっ!!」
「…………」
すれ違いにいただいた本日二度目の罵倒。
これは完全に嫌われたやつか……おかえり失恋。
随分早かったね、もう少しゆっくりしてきてもよかったのに。
「元気出せよ」
ぽんと肩に乗せられた手に振り返れば、哀れむように微笑む男装の小悪魔。
だからそのキャラやめろって言ってんだろ。
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