第35話
――♪ ――♪ ――♪
繰り返すインターホンは別に「早く開けろ」と京花がボタンを連打しているわけではない。
ただ単に応答するまで数回繰り返して同じメロディを奏でるように設定されている機種というだけだ。
それなのになぜ俺はこんなに圧を感じているのだろうか。
「手が離せない感じならあたし出よっか?」
僅かに開けたドアからキッチンを覗き込むように頭だけひょっこりと姿を現した美鈴の気遣いが痛い。
しかしこれはチャンスだ。
「俺が出るからちょっとカレーかき混ぜといてくんない?」
「おっけー!」
手招きして美鈴を呼び寄せおたまをパス。
なぜかちょっと機嫌良さげにカレーをかき混ぜ始める美鈴が口ずさむのは最近よくコンビニで流れている流行りの映画の主題歌か。
とりあえず何の備えもなく鉢合わせる最悪のケースは回避ができそうだ。
次は急いでインターホンの通話ボタンをダブルタップしてオフ。
京花に喋られるわけにはいかない。
まるでホラーゲームや脱出ゲームのフラグ管理でもしているかのような緊張感。
正直なにをどうするのが正解なのかまったくわからないが、とりあえず状況を説明するなら二人同時よりも一人ずつの方がいい。
それならまずは二人を分断しよう。
自宅の玄関の外にいる同居人に心の中で手を合わせる。
3・2・1――!!
「ただ――むぐぅ!!」
ドアを開けながら
「んんっ――!!」
「待って! 悪いようにはしないから!」
京花が両手に荷物を提げているのをいいことに片手で口を塞ぐ。
なんだかこんなことが少し前にもあったような気がするが気のせいか。
「とりあえず理由を説明するから大声を出さないって約束してくれないか?」
こちらを睨みつけて、もごもごと不満を訴えてくる京花をどうにか説得する。
「――――」
無言でしばらくこちらを睨みつけていた京花が何かを閃いたかのように、目を見開いてこくりと頷く。
「言っておくけど大声を出せの前フリじゃないぞ」
「――!?」
なんか驚いてるけどやっぱりそうだよね。
今なんか「空気読みます」みたいな感じ伝わってきたもん。
ちょっとずつこの女のおかしさが理解できてきたかもしれん。
「手を離すからな、フリじゃないからな」
「……念を押されると逆にフリなんじゃないかと思うからやめてちょうだい。それで、何があったの?」
例えフリだったとしても自分ちの玄関でそんな悪ふざけしねえよ。
「美鈴が来てる」
「ああ、彼女さん」
「元カノだってば」
「一応、同居人には異性を連れ込む前に許可を取るべきだと思うの」
「許可も何もいきなり遊びに来たんだよ。というか美鈴とはもうそんなんじゃないし」
声を殺して囁く俺に合わせて京花も小声で返してくれる。
とりあえず会話をしながら京花の持っている荷物を半分受け取る。
「とりあえず状況は分かったけれど、それでいきなりあんなことをしたのはチャラにはならないわよ?」
あんなことというのは俺が京花の口元に手をあてがったことか。
「デザートにアイスが買ってあります」
「そう。じゃあはやく中へ入りましょうか」
「待って待って」
ずいっと前に踏み出す京花を慌てて引き留める。
取引の結果がおかしいだろ!
「待ったところでどうしたらいいのよ。まさか今日は帰れってこと?」
「うう……さすがにそうは言わないけどさあ。京花だって一緒に暮らしてるなんて学校のやつらに知られたら困るだろ?」
京花と美鈴を鉢合わせてはいけない理由はそもそもが別問題だ。
美鈴は別れたばかりの元カノ。
それがいきなり他の女の子と暮らしていると知られるのは気まずい。
京花は学校ではただのクラスメイト。
家に暮らしていることは他の誰にも話していない。
「別に学校中に知れ渡って面倒なことにならなければいいわよ。ユウくんの知り合いのことはユウくんがどうにかしてくれればいいわ」
「ええ……」
その知り合いの中でいちばん事情を話したくない相手なんだけど……。
「私は別に普通にご挨拶しても構わないわよ。それとも美鈴さんだっけ? その人は誰かれ構わず言いふらすような人なのかしら?」
「それはない」
即答。
美鈴はそんなことをするやつじゃないのは俺がよく知っている。
確かに噂好きというか、恋バナやゴシップネタを女子と話しているところは見たことはあるが、誰かの秘密を言いふらすようなタイプではないのは俺が一番知っている。
「じゃあ、何をそんなに怖がっているの?」
「そりゃあだって……」
「だって?」
言葉に詰まる俺を咎めるように京花が言葉尻を拾う。
これはわかってて言ってるやつか。
「絶対めんど――大変な事になると思うんだ」
「今だってもうこっちは十分困った状況よ。家に入れないんだもの」
「そりゃあ悪いと思ってるけどさ」
「大丈夫よ。私に考えがあるから付いてきなさい」
「あ、ちょっ――」
――にまりと笑みを浮かべた京花の顔に見惚れた一瞬の隙を付いて、地雷の信管を踏みぬいたかのようにラッチがかちゃりと音を鳴らす。
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