第27話

 自転車を駅前の駐輪場に停めて、京花と二人揃って改札のICカード読み取り機に定期券をタッチする。


 京花とは互いの食べられないものを話すなどして時間を潰しながら歩く。

 京花は俺の顔色を見て自然と横だったり後ろだったり斜め後ろだったりと、まるで「すれ違う人や物を避けているだけ」というかのように時折場所を変えてくれているのがわかる。


 そしてその居心地の良さは、いつも俺の手や腕を取って隣にいた女の子とはまた別のあたたかさを感じる。


「ほら。この時間なら座れるでしょ」


「確かに座れたけどさあ」


 これまで俺が乗っていたよりも三本は早い電車に乗り込み、適当な空いた座席に並んで座る。

 隣同士ではあるが、空いているので少しだけ余裕のある距離感。


 京花のスカートの裾が俺の制服に当たるかどうか程度の距離。


「そういえば渡すの忘れてたわね」


 そういって鞄をごそごそとあさった京花が取り出したのは俺のスマホ。

 今日は京花とは別々に帰ることになるので連絡用にはあった方がいい。


「サンキュ」


 たいして遊んでもいないソシャゲのログインボーナスでも受け取っておくか、とスマホを受け取り電源ボタンを押す。


「電池ねーわ」


 帰ってから殆ど放っておいたので仕方ないが、昨日は特別スマホで誰かと連絡を取り合ったりゲームを起動していたわけではないので少しくらいはバッテリーが残っていると思っていたんだが。


「さすがにそこまでは気が回らなかったわ」


「ああいや、京花のせいじゃないから」


 充電ケーブルに繋いでいなかったのは俺なのに、気遣って申し訳なさそうにしてくれる京花に慌てて首を振る。


「良かったら、モバイルバッテリー貸すわよ」


「マジ? ありがとう」


 再び鞄の中をごそごそとあさり、手渡してくれたモバイルバッテリーを拝借し、ケーブルを繋ぐ。


「借りちゃってそっちは平気?」


「私はちゃんと部屋で充電してきたから大丈夫よ」


 むしろそれ俺の充電ケーブルだよね?

 なぜ、この女は素直に感謝の気持ちを示させてくれないのだろうか。


「……」


 まだ起動できるほどの充電が済んでいない真っ黒なスマホの画面を見つめる。


「どうしたの?」


「……いや、なんか引っかかるような」


「ちゃんとバッテリー貸してあげたじゃない」


 そこもまだ引っかかってるけど。

 そうじゃなくて。


「そっちじゃなくて」


「そっちって?」


 首を傾げるのは自覚が無いからか。

 とはいえこちらも何が引っかかるのか思い出せないので「なんでもない」と頭を振る。


 そして電車の窓から見飽きるほど見てきた景色が、いつもよりも早い朝日の色に染められていることに関心を抱いているうちに、幾度目かの電車のドアの開閉。


 スマホの画面に起動可能になったアイコンが表示される。


 OSが立ち上がりロック画面が起動、認証、待機画面が表示される。


 ログインをしていなかったゲームのスタミナ回復を報せる可愛らしい美少女キャラクターのアイコンによるメッセージに紛れて流れていく通知。


 美鈴:未読3件

 美鈴:不在着信2件


 表示されるのはメッセージアプリの未読通知と通話アプリの着信通知。


 ――――「……!! あとでメッセ送るね!」――――


 フラッシュバックする暗がりでの会話。

 美鈴との別れ際の言葉。

 その後のみっともなく京花に泣きついた自分の姿。


「どうかした?」


 顔にでも出してしまっていたのか、それとも知らないうちに体がぴくりとでも緊張していたか。

 何かを察した京花がこちらの顔色を窺うように覗き込む。


「元カノから連絡きてた」


 言うかどうか少し迷い、どうせ京花には全て知られてしまっているのだからと話してしまう。


「なんて?」


「まだ見てない」


 短い会話。

 京花はきっと俺の顔を窺っていて、俺はスマホの画面を見つめている。


「私は恋愛なんてしたことないからアドバイスはできないけれど、辛いなら見なくてもいいんじゃない?」


 京花のいう通り、正直に言えばあまり見たくない。

 何が書いてあるかはわからないけれど、もしもそれがどんな内容だとしても昨日振り切ったはずの過去に追い付かれてしまいそうで。


「いや、見る」


「そう」


 何が追い付かれそうで、だ。

 なるべく普通に振舞える努力をしよう。

 そう決めた癖にさっそく目を背ければ何も変わりはしない。


 痛くとも、受け止めよう。

 そう決めて返事をした俺に、こちらを窺っていた京花が通路を挟んだ反対側の窓の外へと視線を逸らす。


 それはメッセージを盗み見するつもりはないという意思表示か、俺がどんな顔をしても見ていないという意味か。


 どうしてそういうところだけ気が使えるのに家じゃあんなに奔放なんだよ、と心の中でくすりと笑い、スマホのメッセージアプリをタップする。


 1件目。

 21:45


『今日はいきなり家に行ってごめんね。その……あたしもいろいろと勘繰っちゃって。ユウが浮気なんてするわけないのに。ヒドいこと言っちゃって。本当は言うつもりなんてなかったのに…………本当にごめんね。でも、今日ちゃんとユウと二人で話せてよかった。あたしたち、これからもよね?』


 2件目。

 22:17


『いっぱい言いたいことあって、考えてるうちにメッセ送るの遅くなっちゃった。ごめんね、もう寝ちゃってるかな? 明日、学校いつも通り行くよね?』


 不在着信1件目。

 22:23


 不在着信2件目。

 22:38


 3件目。

 6:57


『おはよ。昨日は遅くにごめんね。とっくに寝ちゃってたよね! 今日、いつもの時間に駅で待ってるね!』


 それは俺が京花と二人で語り合っていた時間。

 それは俺が京花とドタバタと朝の支度をしていた時間。


 そして、恐らく電車に乗っている俺。


 ふと、顔を上げた窓の外の景色は既に見慣れた色をしていた。


 ああ、あの建物が見えたってことはもうすぐ次の駅のホームだ。


 そんなことを考えている間に景色は流れ、電車は俺の大嫌いな音をたてながら速度を落としていく。


「ひとりで大丈夫?」


 幾度目かのドアが開き、立ち上がった俺の背中に京花が問いかける。


「バッテリーあとで返すわ」

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