第5話

「あ、はい」マシーンの朝は早い。


 駅から離れた立地の関係上、どうしても通学に時間がかかるので早めに起床。

 自分の部屋の窓を開け、他の部屋のドアを開けながら一階へ降りて最後にリビングの窓を開いて空気を入れ替える。


 他にやってくれるひとがいないので地味な作業だが両親が残してくれた家なのでなんとなく毎日繰り返しているルーティンのひとつ。


 そのまま朝の冷たい空気にぶるぶる震えながら歯磨きを済ませて軽くシャワーを浴びる。

 ドライヤーで軽く乾かしてあとはヘアワックス頼りに適当にわしわしやって制服を着たら身支度良し。


 朝飯に買い置きしてあった適当なパンと湯沸かし器からお湯を注いだだけのインスタントコーヒーで簡単な朝食を済ませて、マグカップを洗って戸締りをしたら朝のルーティンは「はい終了」という感じ。


 そこまで平静を装いながら目を背け続けていたスマホを妙に汗ばむ手で起動する。


 メッセージアプリのバッジに表示される赤丸に白字の数字は2。


「2、ってことはスルーしたから俺じゃないと思ってくれたかな? それともまさか美鈴から返事か?」


 不安と期待が入り混じりながら俺はスマホのアプリをタップする。


 日高京花・未読2件。


「うわあ」


 圧倒的な不安側の勝利に気が滅入りつつ、俺は一応美鈴のトーク画面を開いて既読がついてないかを先にチェックするがこちらは相変わらず未読のまま。


 日高さんからの着信が2件、美鈴は未読スルー。


 昨日のことが悪い夢だった可能性がこれで潰えた訳だ。


 観念して日高さんのトーク画面をタップする。


 ひとつ目は昨晩の内に来ていたようで『羽佐間くんじゃないの? 羽佐間くんだよね?』という日高さんには悪いが地雷臭が凄まじいものだった。


 さらにその下、受信時間は今から5分程前。


『15分後に駅の改札前に集合』


「はあっ!?」


 うちから駅まで30分かかるんだけど。

 というかもう残り時間10分だし完全に無理ゲー。


『日高さんおはよう。何の用かはわからないけどうちから歩いて駅まで30分かかるから15分は無理。っていうか今読んだところだし』


 昨夜の件は知らぬ存ぜぬで誤魔化しながら返信する。


『自転車なら間に合うでしょ? 持ってないの?』


 高校で新しい友達ができたときには良く聞かれた質問だけど随分久しぶりにこんなこと聞かれたなあ。


『ごめん。俺、。だから待たせちゃ悪いしどうせ学校で会うんだから先に行くなり好きにしちゃってよ』


 いつも俺が教室に着く頃には既に自分の席に着席しているのだから日高さんは普段からこういうペースで生活しているんだろうけど、さすがに何の事前連絡もなしに合わせるのは厳しい。


『了解。それじゃあそうさせてもらうわね』


『気を付けてね』


 まあこんなに早い時間なら電車もそう混んでないだろうから大丈夫だろうけど一応交流を持ったばかりの相手なので社交辞令程度に道中の安全くらい祈っておこう。


 そしてメッセージのやり取りが終わったところでスマホの待機画面に大きく表示される時刻を確認。

 今から出ても10分じゃ駅には行けっこない。


「だけど、今から出れば美鈴とは電車で会わなくても済むか」


 本当ならいつも駅前で待ち合わせをして一緒に通学していたのだが、さすがに昨日の今日で俺も失恋の痛みを痛感し、取り繕う顔も言葉も準備ができていないまま美鈴に会うのはなんだか気まずい。


「じゃあ、今日も学校行ってきます」


 最後にもう一度戸締りを確認し、一階の和室で両親に手を合わせてから玄関の鍵を回す。


 いつもより早い時間の駅までの道のりは気持ち人が少ないような気がしないでもないが、むしろそれよりも急ぎ足の人の方が多く見えるのが不思議だ。


 遠くの会社に出勤するのかな、とか厳しい会社なのかな。

 とか周囲を見渡して間違い探しのように普段と違う風景を探しながらすぐにフラッシュバックしそうな近い記憶を追い出し続けることしばらく。


 もう慣れたとはいえ、大分足がくたびれた頃に駅のロータリーの二階部分と駅舎に取り付けられた駅名の看板が目に映り、足が止まる。


「やべえ。どうやって電車に乗るんだ俺」


 両親が事故で亡くなってからの乗り物恐怖症。

 中学は歩いて行ける距離だったから問題なかった。

 高校は美鈴と一緒のところに進学していつも一緒に居てくれたから乗れていた。


「美鈴いないじゃん」


 頭の中から失恋の記憶を追い出し続けてきた結果が駅に到着してからのこれだ。

 なんとも情けない。


 ばくばくと心音が激しくなるのを感じながら改札に向かい、ICカードの読み取り機に定期券をタッチする。


 甲高い車輪とレールが擦れる音、通過する快速電車の警笛。

 それらが響くホームに降りるのを階段の前で立ち止まり躊躇う。


「そんなところに突っ立って何をしているの? 後ろの人の妨げになっているわよ」


「うわっ! ひ、日高さん!?」


 不意に背後から肩を引かれて素っ頓狂な声を上げる。


「私の顔を見て悲鳴をあげるなんて酷くないかしら? 改札前で待ってたのにすたすた歩いてったから追いかけてみればなんか震えてるし、羽佐間くん何か変よ?」


「ごめん。いきなり声を掛けられたからつい。あ、あと日高さんの顔を見て悲鳴上げたとしてもそれは綺麗だったからで……」


「へ、へえ? そうなの……そうなの?」


「あ、いや、違う、じゃないそうです!」


「違うじゃないそうですって誰視点よ」


「ていうか日高さん、先行ったんじゃなかったの?」


 複雑な心境とまさかの遭遇に余計なことが口から滑り落ちそうで慌てて話題を逸らす。


「羽佐間くんが好きにしていいって言ったじゃない」


「言ったっけ?」


「ほら」と見せられるスマホのトーク画面。


「本当だ、言ってた」


 でも、だからって待ってたの?

 あの後戸締り確認したり鞄の中身確認したりでなんだかんだ40分以上は待たせたと思うんだけど……。


 などと昨日から過労死寸前の頭の中で色んな疑問と返答をぐるぐると巡らせていると、日高さんがとんでもないことを呟いた。


「羽佐間くんを好きにしちゃっていい権利をもらったのに先に行っちゃったら勿体ないじゃない」


 そういう受け取り方してたの!?

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