毎朝、同じ車両で居合わすだけ

私犀ペナ

痴漢

 二日酔いで頭がぼんやりする中、ガタガタと揺れる電車は最悪だ。

 おまけに少し寝坊して慌てて起きたから身体に負担がかかっている。


 そんな私、橋島真星はしじままほは、現在大学二年。

 毎日お酒を飲むことを日課としているため、今まさに襲いくる吐き気と闘っていた。

 おまけに、朝の通勤や通学ラッシュで電車内の真ん中で押しつぶされる苦しい状況に身を置いている。


 今日は午前中で帰って、それから少し寝て、夜にお酒を飲もう。

 友達からは中毒じゃないのかと心配されているけれど、私自身も同じことを思ってる。


 うぅ、頭がクラクラする……授業中に寝そうだな。

 今頃、浩多こうたはぐっすり寝てるんだろうな。

 通信制とはいえ、流石にぐうたらしすぎじゃないのかと思うよ。

 ちなみに浩多とは私の弟だ。


 なんてことを考えていると電車がトンネル内に入った。

 

 反射するドアの窓が近くにいる人たちの顔を映し出す。

 そんな中で、一人の女の子と目が合った。

 たまたまかと思ったけど、私のことを窓の反射を利用して見つめてきている。


 それもずっと私のことを見つめ続けている。


 あれ、なんか……。


 窓に映ってる女の子の表情がどこか苦しそうに見えた。

 助けを求めてるような視線。


 もしかして。


 そう感じた時には、窓の外が急に明るくなり、電車はトンネルを通過していた。


 私は「すみません、すみません」と人の間を縫って行き、ドアに向かい合って立つ女の子のもとへ向かう。

 といっても人が多すぎてそこまで近づけなかったが、少し背伸びすると見えた。

 女の子のお尻に誰かの手が当たってる。


 痴漢だ。今時する人いるんだ。

 されたことはあるけど、傍からだとああ見えるんだ。

 助けたいけどこれ以上近づけない。


 彼女は制服を身にまとった高校生で、吊り革に手が届かないほど小柄で、黒髪のショートボブの女の子だった。

 純粋そうな、まだ何色にも染まってない清楚感の漂う女の子が痴漢の魔の手に怯えている。

 

 助けなくては。


 ガタガタと揺れる電車内。


 くそ、もどかしい。

 こうなったら強行突破するか。


 謝りつつ知らない人の肩や背中にぶつかりなが無理矢理にに道を押し広げていく。

 どこからか「は?」や「ちっ」という声が聞こえるけど知らないふりをする。


 今から仕事の人、学生は授業があって、朝の電車内はピリついてる。

 そんなに苛立たなくてもね。

 こっちは痴漢に遭ってるか弱い女の子を助けるために、二日酔いでも頑張ってる。


 まぁ、だからと言って他人にぶつかっていい理由にはならないよね。

 今の私にはこれしか考え付かないので、ぶつかってしまった方々、本当にごめんなさい。


 などと考えつつも女の子の隣までなんとか来れた。

 手に持った鞄をサッと女の子のお尻の辺りに持っていき、痴漢の魔の手から遮る。


「おはよ~」

 

 私の凄いところは人見知りしないこと。

 浩多は人見知りするけど、私はしたことがない。

 知らない人に普通に話しかけれるし、私から話しかけて仲良くなった友達がほとんど。


「髪綺麗だね、羨ましい」


 そう和ませようとしたけど、女の子はそれどころじゃないらしい。


「あ、あの……」


 女の子は怯えた様子でぱくぱくと口を動かして何かを訴えてくる。


「わかってるよ。お姉さんの側にいな」


 怯えてる子には余裕のある大人を演じる。

 ドンっと構えていれば、少しくらいは心細さが紛れるんじゃないかな。

 私も痴漢に遭った時には、誰も助けてくれなくて心細かったのを覚えてる。

 きっとこの女の子もそうに違いない。


「……はい」


 女の子は震えた声でそう返事すると、静かに私にくっついてきた。

 こんな状況で悪いけど、めっちゃ可愛いと心打たれてしまった。

 小動物みたいで守ってあげたくなる可愛さ。

 ここが満員電車じゃなかったら抱きしめてる。


 それから揺られること数分。

 本来なら私が降りなければならない駅に到着したが、こんな弱々しい女の子を一人にすることはできない。けど、寝坊したお陰で遅刻しそうなんだよね。


『ドアが開きます』


 後ろのドアが開いたけど、結局、私は降りれなかった。

 というのも、女の子が寂しそうな顔をして私の服の袖を小さく掴んできたのだ。

 

 仕方がない。こんな顔されたら放っておけないし、何よりちょっと遠慮がちに袖掴んでるところが愛らしくて涎が垂れそうだった。


 そして、さらにしばらく揺らされる。

 二日酔いには少々長く苦しい揺れだ。

 ただでさえ電車やバスは三半規管がバグると言うのに。


「あの、私、次で降ります……」


 上目遣いで女の子は言ってきた。

 私の方が頭一つ分くらい背が高いから自然とそうなるだけなんだが、この子、妹にほしい。


「じゃあ一緒に降りよっか」

「いいんですか……?」

「おっけいよ」


 そして、次の花楓かえで駅に到着した。

 ドアが開き、ぞろぞろと学生服を着た人たちが出て行く。

 中には女の子と同じ制服の子も見かけた。


 駅のホーム。

 後ろで人の往来が激しい中、女の子に深々と頭を下げられる私。


「気にしないで。それより大丈夫だった?」

「はい、お姉さんが居てくれてる間は何もされませんでした」

「それは良かった」


 私が鞄でガードしてたからね。

 それを押しのけてまでしてきたら大したものだよ。


「君、名前は?」

波崎はさき高校一年の愛野示堀あいのしほと言います」


 名前を訊いたんだけど、律義に通ってる高校まで。

 なんか尊い。


「しほちゃんね。私は橋島真星」

「まほさん……」


 上目遣いで名前を呼ばれる。

 ほんとこの子の上目遣いは反則級に可愛いな。

 まぁ、私の方が頭一つ分くらい背が(以下略)。

 これは私も痴漢したくなるかも。冗談だけど。


「遅刻しちゃいけないからもう行きな」


 私も急がないと遅刻する。


「じゃあね、しほちゃん。また会えばいいね」


 必ずしも同じ時間、同じ車両に乗り合わせることは稀。だって今までしほちゃんに会ったことないし。

 ここでお別れはちょっぴり寂しい。それに、また痴漢に遭うかもしれないと思うと心配だ。

 できれば一緒に居られたら。


「あのっ」


 私が背を向けて歩き出そうとした時、しほちゃんに呼び止められた。

 振り向くと、小さな手で私の服の裾を掴んでいた。

 この子は、その掴むの可愛いから止めてからないかな。


「どうしたの?」


 まだ怯えてる様子。

 あの時、助けてほしそうにしていた目と同じ気がする。


「何かあるならお姉さんに言ってみ」


 安心させるのにしほちゃんの頭を優しく撫でる。

 撫でた後で髪の毛が少しクシャッとなって、あ、やばい、もし数時間かけてセットしてたら申し訳ないことをした。なんて考えてすぐに撫でるのを止める。


 しほちゃんは気にした様子はなく、それよりも何か言いたげで言えないでいる感じだった。


「ここで会ったのも何かの縁。話してほしいな、お姉さんに」


 そこでようやくしほちゃんが口を開ける。


「私、よく痴漢されてて、同じ人なのかは怖くて見れなかったからわからないんですけど……最近、電車に乗るのが怖くて」

「それは辛かったね」


 この子は痴漢されやすいのかもしれない。 

 見ていてちょっと意地悪してみようかなっていう嗜虐心がくすぐられる感じ、ちょっとある。

 あ、私が変態なだけか。

 じゃなくて、この子はまだ助けを求めてる。


「それで、お姉さんが一緒に居てくれたら……ううん、ごめんない、やっぱり迷惑だと思うので忘れてください……」

「迷惑だなんて思わないよ。ただ、一緒がちょっと難しくてね」


 私にも授業の時間があるし、バイトだってある。それに、今日はたまたま寝坊していつもより乗る時間が遅れてる。そして今とてもピンチ。

 だから毎日この子の時間に合わせるのは厳しい。

 でも、しょんぼりする顔を見てしまうと何かしてあげたくなってくる。


「もし、しほちゃんが迷惑じゃなければ、ボディーガードをつけようか?」

「ボディーガード、ですか?」

「そう、一人だけめちゃくちゃ暇な奴がいるからしてくれると思う」


 いつも引き籠ってばかりだから朝日を浴びるのにちょうどいいだろう。

 あいつはもっと外に出るべきだ。

 あのままだと社会に出られなくなる。


 ちなみにボディーガード候補は弟の浩多である。


「その人が迷惑じゃなかったら……」

「大丈夫大丈夫、そんなこと言ったら腹パンだから」

「え……」

「それじゃあ、一応ライン交換しとこうか。待ち合わせするのにね」

「はい」


 まさか現役女子高生のラインをゲットしてしまうとは。

 酔った勢いで連絡しないように気をつけないと。

 こうしてライン交換をし、しほちゃんとは別れた。

 別れ際に何度も頭を下げられて、悪いことしてないはずなのにこっちが申し訳なくなってしまった。


 それから私は急いで反対側のホームへ行き、電車に乗った。

 まぁ、遅刻したんだけどね。

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