第9話 エントリ川
マルンバ町の商店で小麦袋のうち半数を売りに出した。
これは一昨年の収穫のもので古い。
かわりに新しい小麦袋を補充しておく。
「これ一昨年の古い麦なんだけど」
「もちろん、買取いたします!」
「助かるよ」
「デミトル男爵様といえば、伝説のラールル村の救世主じゃないですかぁ」
「まあ、そうなんだけどね」
ラールル村の救世主というのは局地的豪雨で鉄砲水が出て麦畑が壊滅した村があったのだ。
たまたまわりと近くまで来ていた私の両親と私の三人はすぐに救援に向かった。
そこで麦の無償譲渡を締結、なんとか無事、ラールル村は冬を越せたというわけ。
もちろん領主や国からの保証金もあった。
しかしいち早く支援に向かった私たちを村人は称えてくれてこうして「吹聴」して回った。
そのためメールド内の大商店では私の家『デミトル男爵』はかなり有名だった。
事件自体はもう何年も前で私も小さかったからほとんど覚えていない。
ただ無残にも真っ黒の泥だらけになってなぎ倒された一面の麦畑はなんとなく記憶がある。
あれは恐ろしい風景だと思う。
「買い取り額は、相場の半額でいいかな?」
「そうですね。それくらいですと、大変助かります」
麦の買い取り額は相場の半額。
しかしそれでいいんだ。他で儲けているし。
安い古い麦は貧しい人たちの食糧として無料配布されたり、教会経由で寄付されたりとわりあい使い道がある。
これも慈善事業みたいなものだ。
私たちは放浪貴族なので、こういうところで活躍しないと出番がないのだ。
何かしらの実績を上げておかないと、国に居つかない貴族なんて爵位を取り上げられてしまう。
男爵でも、これはこれで既得権益が美味しいので、手放したくはない。
ちなみに両親は東隣りの国、ミッドランド王国の王都ミッドシルトに定住している。
はずなんだけど、よく昔の癖が抜けないのか、周辺の村町をふらふらしている。
さて、このマルンバ町と王都エントリアの近くにはエントリ川が流れているので見学に行く。
馬車に乗り込んで川も見る。
「エントリ川ですか?」
「うん」
「普通の川ですよね」
「そうだね」
南西から北東に向かって流れているが、こちらの東岸側は町が発達している。
西岸は小さな村が点在していて麦畑があるくらい。
理由の一つとしてはあまり橋が架かっていないので、往来が不便なのだった。
さて川岸へと降りて観察する。
「お水、いっぱいありますね」
「うん」
カモが数羽、なだらかな流れの水面に着地する。
「カモですか?」
「そうだね」
●カモ
中型の魔獣、魔鳥。
メスは茶色、オスはカラフルな羽毛を持つ。
首が長いわけでもないし、大きくも小さくもない。
スタンダードな鳥だろう。
羽根を集めて布団の綿にすることがある。
カモは鍋などにするとおいしい。
一年中、メールドには生息している。
川などの水辺を好み、魚はもちろん草など雑食性。
これを家畜化したものがアヒルだ。
優雅にカモが泳いでいくが……。
バシャン!
いちなり大きな口を開けた何者かが水中から飛び出してカモを丸飲みにする。
カモはあっという間に水中に引きずりこまれていって、そのままだった。
他のカモは慌てて飛んでいく。
「なっ、なんですか! 今の」
「あれがエントラガーっていう魔魚」
●エントラガー
大型の魔魚。二メートル前後。
アリゲーターガーというワニのような魚に近い。
硬い鱗を持つ魚。大きな口にするどい歯が特徴。
一度咥えたら離さないという。
表面は濃い灰色で水面に降りてくる鳥を水中から狙い、主食としている。
普通は鳥が魚を捕食するものだが、この生き物の場合は逆だ。
捕るのは難しいものの、鋭い槍で突いたりすることはできる。
白身で臭みもなく、食べると美味しい。
ただしあまり捕獲されないので、珍味とされる。
「すごいです。すごい」
「でしょ。私も最初に鳥を食べるところを見たときにはびっくりした」
「ですよね。あの、船の人とかは大丈夫なんですか」
「まあ、たぶん、大丈夫、なんじゃない?」
「何だか不安です」
このエントリ川はマルンバ町のすぐ近くまで続いている。
そして川幅は広く少し深いので、船の往来ができる。
海からもほど近いため、ここまで貨物船が上がってくるのだ。
「桟橋もあるし、普通に仕事してるみたいだから平気なんじゃないの」
「そっか、そうですよね。よかったです」
そっと胸をなでおろす。優しい子だ。
桟橋のあるところまで移動して、荷物の上げ下げを見学する。
ここでもジャイアント族さんの奴隷作業員の人たちが何人かいて仕事をしていた。
普通の人間もロープを掛けたりする仕事はしていて、共同作業なのだろう。
力仕事はジャイアント族さんに。細かい手作業はヒューマン種が、という風に分担しているように見える。
逆にジャイアント族さんは細々した手先の仕事は向かないようだった。
そっか、手も大きいもんね。
桟橋横のハンバーガーショップへ寄る。
「わわ、フィッシュバーガーです」
「うん。海から魚が届いてるんだね」
「食べたいです」
ということでお昼は、ここでフィッシュバーガーをもぐもぐした。
さっぱりしたハンバーガーはなかなかにして美味しい。
特にタルタルソースがマヨネーズと酸っぱいピクルスとで完璧だった。
感心して見学を終え、私たちは王都エントリアへと向かった。
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