第49話  「………はぁ」

 本来、馬を使っての長距離移動で、最も荷物となる物は飼葉と水の二点である。

 多くの物語等で馬を使った移動が描かれたりすることは多いのだが、案外この二点が描かれることは少ない。

 

 かく言うヴィー達も、王都を出立する際には馬車の荷台には一見して何も載せていないように見える。

 無論、二重底となっている荷台の床下にはいくばくかの食料や水が隠されてはいるが、それはヴィーの分(少量だがエルも)である。


 では、ヴィー達の乗る荷馬車を牽くこのプリンセス・アメリア号の飼葉と水はどうするのか? 当然ではあるが、そこはヴィーもきちんと考えていた。


 まずは水の問題であるが、通常馬は一日で人の15~20倍の水を必要とする。

 とは言っても常時必要かと言うとそうでもない。

 馬が移動できる日中に3~4回休憩をさせ、その時に水を飲ませるのである。

 普通はそれを考慮して移動ルートを考えるのだが、オーゼン王国と目的地であるハーデリー皇国を繋ぐ街道は、ほぼ河川と平行に敷設されている。

 無論、そうではない場所もあるが、そこではなるべく休憩をせずに通り過ぎるようにしている。

 なのでこの街道を行き来する商人などの馬車も、ほぼ水で悩まされることはない。


 では飼葉はどうか? こちらも水と同様に、街道のあちらこちらに拾い草原があるため、そこで馬に草を食ませるのである。

 馬の食事はとてもゆっくりとしたものなので、あまり馬の好き勝手にさせていると半日ほど食べ続けてしまうが、そこは上手く御さねばならない。

 

 少し食べさせては移動し、水を飲ませては移動し、そうやってヴィーは馬に無理をさせず、ゆっくりと確実に街道を進む予定なのである。


 まあ、街道の左右に妖精が隠れることが出来るような場所を見つけては、行ったり来たりと忙しいエルが居るのだから、進む速度が遅くなっても仕方がない。



 王都を発ってから三日目の朝。

 地図の上では、本日は広い草原を通り過ぎ、深い森を抜けた所の河川の岸辺で野営する予定だ。

 

 さすがに見渡すほど広い草原では、妖精が隠れられそうな場所もなく、エルも荷台に放り投げているヴィーのズタ袋の中でお昼寝をしている。

 

 日陰もない草原の真ん中の街道ではあるが、じりじりと陽の光で焼かれるようなこともなく、さりとて肌寒い様な気温でもないので、とても過ごしやすい。

 草原で少しばかり馬が居休憩を取りつつ、ヴィーはプリンセス・アメリア号に草を食べさせていた。

 無論、未だにエルはお昼寝中である。

 ヴィーも干し肉を齧り腹を満たすと、深い森へと続く街道へとカッポカッポと馬車を歩ませた。



 やがてやがて草原は途切れ、鬱蒼と木々が茂る森の中へと街道は続く。

 森の中へと続く街道は、少しばかり泥濘で木の根も所々顔を出している

 当然ではあるが、馬も先ほどまでの様なしっかりとした足元ではないため歩き難くそうであるし、ヴィーの尻に伝わる振動も、小さくガタゴトとしたものから、何やらぬるっとしたり大きく弾んだりと変化していた。


「…何か来るな…」


 そう御者台のヴィーが呟くと、それに答えるかのように、ブルル…とプリンセス・アメリア号も小さく嘶く。ついでにズタ袋の中のエルも、もぞもぞと動いた。


 やがて頭上まで枝が伸び、日の光を遮るほどに深い森の中に進んだ馬車は、野太い男の声でその歩みを緩める事となった。


「おい、そこの馬車とまれ!」


 ヴィーが手綱を引き馬を止めると、今まで隠れていたのだろう、辺りから馬車を取り囲むようにぞろぞろと男達が姿を見せた。


 ぞろぞろと姿を現した身なりの悪い…有体に言えば小汚い男たちのその声に、ほんの一瞬だけヴィーは視線を向けたが、


「おい、止まれ! 止まれって言ってんだろーが!」


 まるで何事も無かったかの様に、プリンセス・アメリア号を止めずに進めた。


「おい、こら! 聞こえてんのかよ! ってか、俺たちが見えねーのかよ!」


 先刻より大声で喚いているのは1人ではあったが、その他に剣を鞘から抜いている男や、槍や弓を構えている男達が、ざっと見えるだけでも10人程はいる。


「………はぁ」


 長い沈黙の後、ヴィーは漸く手綱を引きプリンセス・アメリア号を止めると、ゆっくりと街道へと降り立った。


「何だ、聞こえてたんじゃねーか?」

「いやいや、俺達の人数見てびびっちまったんだよ」

「貧相ななりだが、馬は立派じゃねーか!」

「なんだ、ガキじゃねーか! 金目の物は持って無さそうだがな」


 御者をしていた少年を見た男達…つまりは野盗共が、かなり下品に笑いながら口々にそう言うが、


「…面倒くさいな」


 下卑た嘲笑の中心に立つヴィーは、そうぽつりと呟く。


「あぁん?」


 その言葉に、周囲を取り囲む野盗達の表情が怪訝なものへと変わった。



 

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