第45話  そういえばエルは?

 まあ、5本の指どころの話じゃないよなあ…こいつは…。


 ヴィーも、内心では先ほどの衛兵の紹介には疑問があったのは確かだ。

 妖精の村から外の世界に出て、そう時は経ってはいないが、目の前のこの馬がとてつもない名馬であるという事は理解できる。

 しかも、どうもこの馬は人の言葉を理解しているようにも見える。


「王妃殿下がヴィー殿の為に北の地より特別に譲り受けられたとかで、スヴァジルファリという馬の子孫にあたるとか…まあ、眉唾物ですが…」


 衛兵の説明では、どうやら北の地から来たスヴァジルファリという馬の子孫だという事は理解できたのだが、そもそもスヴァジルファリその物を、ヴィーは知らない。


「ええっと…つまりは、すごい名馬である…と?」


 さっぱり馬の凄さが理解できないヴィーがそう問うと、

 

「ああ、はい。それで良いのではないでしょうか。まあ、私もこの馬の出自に関すしては、実ははっきり言って分かりませんし…」


 この馬に関しては、連れてきた衛兵もさっぱり分からないらしい。


 まあ、取りあえずは馬車を牽いてくれる馬がこいつという事で良いか。

 ちょっと凄い馬すぎるけど…と、目の前の馬の首を何故ながら、ヴィーは軽くため息を吐いた。


「ああ、そう言えば王妃様より、ヴィー殿に言伝が…」

「僕に? 言伝とは、何でしょうか?」


 ヴィーが首を傾げていると、


「えっと…非常に言い難いのですが…。王妃様より、この馬の名前に関してなのですが…」

「ああ、なるほど。これは失念しておりました。確かにこれほどの名馬なら名前があっても不思議ではありませんね。それで名前は…」

「はい。この馬の名前は‟プリンセス・アメリア号”です」

「は?」

「えっと…。日々、その名前を使い続ければ、きっと王女殿下の名も呼び易くなるだろう…とか何とか王妃様が仰っておられまして…」

「…」

「そのぉ…何かすみません…」

「……」


 申し訳なさそうにそう伝える衛兵に罪がないという事は、ヴィーにも理解できる。

 だが、それとこれとは別問題だ。

 何故に名馬とはいえ、自分の娘…王女様の名前を付けたのか?

 と言うか、王女様の名を呼び易くって、一体どういう意図があるのか?

 ヴィーには、ジェーン王妃が何を考えているのか、さっぱり理解出来なかった。


『王妃様、ちょっと強引すぎませんかねぇ…』


 まあ、周囲の衛兵達には、口には出さなかったが、しっかりと王妃様の考えは伝わっていた様ではあるが、肝心のヴィーには伝わっていなかった。


 馬の名前に関しては追々考えるとして、妖精女王を通して頼んでおいた物資は一通りそろった。

 残るはこの先の情報だけであり、ヴィーは最後に衛兵達と会話をする事で、必要な知識を仕入れる事にした。

 


 さて、この王都に来てからというもの、実はエルはヴィーと別行動をしている。

 いや、王都に入る前から別行動と言った方が正確か。


 実は、エルは王都近郊に広がる深い森の中へと調査に赴いていたのである。

 そもそもエルとヴィーは、離れていても会話が出来るという、特殊な能力を持っているのだから、意思疎通のために常時一緒に居なければならないという事は無い。


 ヴィーが国王との謁見と頼んでいた書類や手続き、馬車などの手配といった、面倒そうなことをしている間、エルはその超速飛翔を生かしてこの王都周辺の森の中を探りまわっていたのである。


 人の手に余るような獣や以前王都を群れで襲った大グモの様な魔物が生息していないかの確認と、はぐれ妖精が隠れていないか…を、エルは調査しに行っていた。


 取り立ててヴィーやエルが力を貸さねばならぬ様な獣も魔物も確認できず、妖精狩りや、追い立てられたような妖精の姿も気配も無く、王都周辺はいたって平穏である事が、このエルの調査で確認出来た。


 とはいえ、妖精たちが姿を隠すという事は、気配も妖力も隠しているという事。

 よほど注意深く探さない限り、たとえエルであってもそれを感じることは至難。

 本当は同じ妖精族の事を考えれば、エルも時間をかけて探したい所ではあるが、それよりも今現在も危機に陥っている離れた妖精の村の救援の方が先である。

 妖精狩りの気配も姿も無かったので、エルはこの近隣に妖精が居ないと判断して、調査を切り上げた。



『ヴィー! 用意できた?』

『ああ、準備できたぞ? そっちは?』

『大丈夫みたい!』

『そっか』


  実は、ヴィーとエルの間には、常時軽度の術が掛かっている。

 それを2人はリンクと呼んでいるが、効果は単に遠距離であっても思念で会話が出来る程度の効果であり、本来のリンクという呪術とは別物なので、敢えてそれに名は付けていない。

 実際、どれほどの距離まで会話できるかは定かではないのだが、王都とその周辺程度は十分に思念が届くらしい。


『あ、あとあとぉ、ベリーも沢山見つけたよ!』

『それは、エルのおやつ用か?』

『うん!』

『採ってもいいけど、食べきれるだけにしとけよ。腐らせたらもったいないからな』

『りょ!』



 出立の準備を整えていたヴィーは、少し離れた場所にいるエルと、頭の中でそんなやり取りをしてた…のだが、周囲の衛兵達にはヴィーがただ無言で出立の準備をしているようにしか見えなかった。


 寡黙で真面目な王国を救った英雄…と、その姿を見た周囲の者は勝手に解釈していたのだが、その解釈はきっと間違っていると思う。


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