第19話 到着
妖精という種族に男は居ない。
現在の妖精達は、この妖精の村の最奥にある"生命の樹"から生れてくる。
遠い遠い昔、まだ妖精種に男がいた時には、男女間の行為で生まれてくる者も少数はいたという。
だが長い年月の間に妖精種の男子の出生率は徐々に落ちていき、とうとう妖精種は女だけの種族となってしまった。
この男女間の営みから生れてくる妖精のみが王や女王となる事が出来、人種と同じ大きさまで成長する。
王や女王は人種程まで大きくなるが、その代償として羽は持っていても空を飛ぶ事は出来なくなる。
対して、生命の花から生まれた者、または王や女王でない者は、大きくなっても森を渡ってくる鳥ほどの大きさにしかならない。
だが王や女王とは違い、羽を使って空を飛ぶことが出来るのだ。
王や女王となる者は、その体重を妖精の薄い羽根と纏う妖力だけではとても支える事が出来ない。
その為、人種と同じく地上でのみ生活するようになる。
だが飛べない代わりに非常に強力な妖力を持つ事が出来、そに力で妖精の村を文字通り支える事が出来る。
一例としては、村を守護する結界の綻びを修復したり、その莫大な妖力をもってして敵を攻撃する…など。
ヴィーの故郷たるこの妖精の村は、湖の底に位置しているが、大樹の結界によってその大量の水を支えている。
天井が水であるので、太陽の恵みも受けることが出来、なお且つ侵入者を拒むことも出来る。
妖精の花園にある秘密のトンネル以外に、この村に通ずる道はない。
つまりは、このトンネルの出入り口さえ守りきれば、如何なるものであろうとも侵入できない場所なのである。
◇
紆余曲折あったが、人種の赤子は妖精の村で育てることになった。
赤子は1歳程度だろう。
乳飲み子でなかったので、妖精の国で作られている麦等をどろどろになるまで煮込み、ほんの少しの塩で味付けした麦粥や、果物をしぼった果汁などを与えて育てた。
村に連れ帰った時からくっついて離れなかったエルが、『ゔぃ~ゔぃ~』と、変顔をしながらあやしていた為、やがてそれが妖精達の口癖となり、赤子はヴィーと名付けられた。
ちなみに、女王以下全ての妖精達は、ヴィーに名づけの由来を聞かれた時は、『エルに聞いて』…と誤魔化しているそうだ。
ちょっとヴィーが不憫である。
泣いても誰も咎めまい。
女王は交流のある人種のオーゼン国の王に赤子を拾った事を伝えた。
もしも親がいるようなら教えてほしいと依頼した。
無論、女王はヴィーを返すつもりなどさらさら無く、もしも親が見つかったとしても正式に養子にする気満々で、後々誘拐などと疑いを掛けられて揉めないようにという配慮? の為のだが。
とは言え、王国内でグリフィンに連れ去られた赤子を持つ親は見つからなかった。
結局、女王の願い通り正式養子となったヴィーは、妖精の村で同胞として迎えられた。
女王とエルが狂喜乱舞したのは言うまでもない。
◇
ヴィーとエルは、暗いトンネルの中を光石を手に進んだ。
妖精の花園から妖精の村へと繋がるこのトンネルは、湖の中に向かって伸びているだけあって、少しだけ下り坂だ。
基本的に妖精が行き来してはいるものの、トンネルの中の道は踏み固められていたりはしない。
当たり前だが、妖精は飛ぶのだから、歩くなどという事はない。
なので、道に付いている足跡も、ヴィーの物だけだ。
少しだけ湿った足元に注意しながら、ヴィーはゆっくりとトンネルの中を下って行った。
ほんの四半刻ほど歩くと、2人は漸く明るい出口が見える所に出た。
出口が見えると、自然とヴィーの頬も緩む。
狭いトンネルの中では邪魔になっていた、担いでいた弓を左手に持ち直して出口に向かうと、そこは広い空間になっていた。
右手でトンネル付近に並び生えている木々の隙間を縫う様にしながら、妖精の村へと向かった。
もう日はすっかり傾いたのか、ゆらゆらと揺れる天井を見上げると、それは朱色が差していた。
妖精の村の大樹の力によって湖の水から作られているその天井は、あちこちにばら撒かれた置かれた光石の淡い光を反射して映している。
これが夜の帳が下りた時には、まるで夜空の星の如く美しいのだが、今はまだその時では無い。
何とは無しに点を見上げながらそんな空間へと足を踏み入れた2人を待っていたものは、当然の事ながら例の女王だった。
『ヴィーく~ん!遅いよぉぉ!』
木々の合間を抜けたヴィーに勢い良く抱きついてきたのは、ヴィーの予想通り妖精女王であり、予想外だったのはそのタイミングと勢いだった。
胸に飛び込んできた女王の背丈は、ヴィーよりほんの少し低いし体重も軽い。
しかし何の心構えも体勢も整えられないまま、妖精女王が体全体で両手を目いっぱい広げ飛び込んで来たのなら、結果は予想出来よう。
ヴィーは女王を受け止めたまではいいが見事に転倒し、強かに背を地面に打ち付けてしまった。
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