第17話 死の森
村の入り口に着いた2人は、星空を眺めながらのんびりと歩きながら家を目指す。
家の扉を前して、今日は何もないよな…などとフラグめいた事を考えつつそれを開け、特に異常が無いのを確認した2人は、一日の疲れを取るべく風呂と夕飯の準備を始めた。
ヴィーの家に限らず、ここオーゼン王国では広く一般的に"水石"と呼ばれている石を使って水は賄われている。
その他にも、火は"火石"、明かりは"光石"と、多種多様な霊石と呼ばれる物を利用する事で、生活の利便性を上げている。
霊石は北の鉱山で採掘されており、この鉱石を魔石師が加工して石の力を引き出すことで、色々な"霊石"となる。
余談ではあるが、同じ時、同じ場所で採掘された鉱石に、全く同加工をしたとしても、同じ"石"になるとは限らない。
理由は不明だが、時には水石、時には火石と、仕上がりに幾分のばらつきがある為、各霊石の市場価格は結構上下する。
石の大きさにも因るのだが、一般的な家庭であれば各霊石は1種類を年に1度買えば十分生活出来るので、価格の上下は市民の生活にそれほど大きな影響は無い。
市場価格が低い時に購入しておけばいいのだから。
風呂場でヴィーが水石を起動させる印にそっと触れると、片側に傾斜の付いた形状の浴槽に水がゆっくりと溜まってゆく。
ある程度水が溜まった浴槽の中に起動した火石を入れると、水の過熱が始まる火石を取り出すタイミングさえ間違わなければ、ちょうど良い湯加減となる。
もっとも、起動中の火石を取り出して、その加熱を止めるのには注意が必要である。
起動している火石を下手に素手で触ってしまうと火傷をしてしまうので、金属製の鋏みなどを使用しなければならない。
なので、身体の小さなエルに、この様な作業をさせるわけにはいかないので、エルの仕事はもっぱらお湯の温度番だ。
風呂場から、エルの『お湯沸いた~』との知らせを受けたヴィーは、湯船の中なら火石をそっと取り出した。
まだ夕飯の準備中で会ったヴィーが、先に風呂へと入る様にエルに促すと、一緒に入ろうという。
小さな妖精エルだが、性別は紛れもなく女である。
だからといって何も事故や事件は起きないが、さすがにお年頃のヴィーは恥ずかしいので断るのだが、『昔は一緒に入ってた!』だの、『冷たくなった!』だの、『私の事は遊びだったの!?』などと散々に言われたりするが、そこだけはきちんとお断りをしておく。
もしエルと一緒に風呂に入った…などと妖精女王の耳に入ろうものなら…想像するのが怖い。
なので、エル専用の風呂桶に湯を汲んでやり、エルが服を脱ぎだす前に風呂場を退散する。
簡単なサラだとスープではあるが、夕飯の準備も出来たヴィーは、日課の武器の手入れをしながら、エルが風呂から出るのを待つのだった。
風呂場から漏れ聞こえる小さなエルの鼻歌の声を聞きながら、ヴィーは小さくため息を付く。
「ホント、色々考えて欲しいよ…」
実は、内心女性に興味深々だが、大胆になれず意外とむっつり気味なヴィーであった。
◇
大型の獣討伐や、アホの子勇者の突然の来訪、妖精狩りの討伐と連行などでバタバタした数日を過ごしたヴィー。
今日は特にする事もなく日課の朝の見回りを終えた後は、村長にこの後数日村を留守にする旨の断りを入れた。
そして、着替えなどを手早くまとめたヴィーとエルは、昼前に村を出るとそのまま高い樹々が生い茂る森へと向かった。
もちろん、例の面倒な女王との約束を守る為である。
森に入り、辺りに誰も居ないのを確認したヴィーは、力を溜めると一気に地面を蹴り木の枝へと飛び上がった。
そして、そのまま勢いを落とす事無く、次々に木の枝や幹を蹴り森の樹々の上を跳んで行く。
そんなヴィーのすぐ横を、虹色の光跡を曳いたエルが付き従う様に飛んでいた。
どれぐらいの時が過ぎただろう、茶色い幹と緑の葉を生やした良く目にする樹木の森から、幹が真っ白で長く鋭い葉を付けた木々へと森が様相を変えた。
跳んで来た森と幹の白い木々とのちょうど境に着地したヴィーは、首から下げた紐を引き上げると、その先に付いていた複雑な文様の書かれた小さな袋から、虹色に輝く親指大の石を取り出した。
虹色に輝く石を掌にのせ、白い幹の木々の生い茂る森に向かってヴィーは大きな声で語りかけた。
「妖精の女王が子、ヴィーだ。長老がいたら取り次いでもらいたい」
少し待つと、奥からギシギシと何かが擦れるような軋むような音と共に、真っ白な幹の立派な巨木が、器用にその根を使って近づいてきた。
ヴィーの目の前で止まったその木が小さくぶるりと震えると、ヴィーの背丈ほどの所がゆっくりと裂けて目と口が出来た。
《ヒサシブリジャナ、ヴィーヨ、キョウハナニヨウジャ?》
耳にはギシギシとしか聞こえないが、虹色の石が長老の言葉を翻訳してくれるため、ヴィーと会話が成り立っていた。
ちなみに白い幹の木々は、人間の言葉を理解できるらしい。
「妖精女王に呼ばれて来た。虹の花園まで通していただきたい」
《ヨカロウ、トオルガヨイ。ダガヨルガクルマエニトオリヌケヨ》
長老の言葉に「感謝する」と、ヴィーは小さく頭を下げて礼をした後、長老の横を通り白の森へと真っすぐに足を踏み入れた。
この白の森は、別名死の森と呼ばれている。
視界全体に広がる森の白い幹の木々は全て命を持っており、燃えず水に浮かばぬ白き幹を持つ樹々。
鉄のナイフより鋭く硬い葉や枝で、森に迷い込んだものを攻撃するだけでなく、昼なお暗い森深くまで入り込んだ者を、まるで惑わすように木々が移動し方向感覚を狂わしてしまう恐ろしい森である。
彼等の正体は、人種に樹人と呼ばれる事もある、樹木の精霊だ。
それほどまでに強靭な樹木の精霊ではあるが、その動きは非常に遅い。
樹木の精霊は人種を嫌う。
それは彼等の強靭な幹や枝葉といった素材が、一時的とはいえ過去に乱獲された事によるものだ。
なので、普通の人種であれば、問答無用で彼等は攻撃を開始するのだが、妖精に関してだけは別である。
人種とは違う妖精という種族は、この世界に数多存在する精霊種と起源を同じくする者だからだ。
エルがこの白の森を通り抜けようとしたところで、樹木の精霊が動く事は無い。
ヴィーは人種であるから、普通であれば精霊に攻撃されてもおかしくは無い。
しかし、ヴィーが妖精種の女王の息子と認識され、その証明もなされいるので、森が通してくれるのだ。
ちなみに、日が暮れると、如何なる理由があろうとも、ヴィーも攻撃をされる。
樹木の精霊のお目こぼしがあるのは、陽が昇っている間だけなのである。
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