第10話 田中、スタイリッシュ退職する

「馬鹿、な……!」


 スーツの女性に罪状を読み上げられて、須田は愕然とした表情を浮かべる。

 一連の行動と言動はばっちりカメラで配信されている、言い訳をするのは不可能だ。むしろなんであれを見られて自分が大丈夫だと思ったんだろうか。


 今まで社員に行っていた横暴な振る舞いが見過ごされていたから勘違いしてたってとこか。まあでもこれでこいつの天下も終わりだな。


「ま、待て! 捕まえるなら田中も一緒だろうが! あいつは守るべき市民である俺に暴力を働いたんだぞ!」

「確かに『覚醒者特別法』により、覚醒者はその力をダンジョン外で無許可に行使することを禁じられています。一般人相手に振るうことは特に」


 覚醒者というのは、ダンジョンが出現して特殊な力が目覚めた人のことだ。

 なんでもダンジョン内にある『魔素』って物が体内に入ることで覚醒は起きるらしい。その強くなり方には個人差があって、覚醒するかしないかもその人の体質次第だ。


 一度目覚めてしまえば、その力はダンジョンの外でも振るうことが出来る。だから覚醒者は『覚醒者特別法』でその力の使用を制限されているんだ。


「だろ!? 俺は被害者なんだ、あの恩知らずを捕まえてくれよ!」

「勘違いしないでください。彼の行動は『正当防衛』の範疇です。もし貴方が覚醒者でないなら過剰防衛に当たったかもしれませんが、今回のケースでは両者共に覚醒者。先に手を出し、武器まで使った貴方の方が圧倒的に責は大きい」

「なん、だって……!?」


 そうだ、須田も昔は探索者。こいつも覚醒者なんだ。

 だから覚醒者特別法で俺がしょっぴかれることもないってわけだ。須田が覚醒してくれてて助かった。


 そう安心していると、スーツの女性が俺の方を振り返る。

 艷やかな長い黒髪に、切れ長の目。思わず見入ってしまうほどの美人だった。

 体は引き締まっていているが、胸は大きく、思わずそちらにも目がいってしまう。


「……とはいえ、貴方にも役所まで来ていただきます。よろしいですね、田中誠」


 鋭く冷たい眼差しを向けながら彼女は言う。

 げっ、役所に行かないといけないのか。面倒くさいな……ん? この顔、見覚えがあるぞ?



「まさかお前、天月あまつきか?」

「……今頃気がつきましたか」


 俺が天月と呼んだ女性は呆れたように言う。

 会うのが久しぶりだったから全く気が付かなかった。立派に成長したもんだと感心する。


 するとその会話を聞いていた須田が驚いたように声を上げる。


「天月って……天月あまつきかなでか!? な、なんで討伐一課の課長がこんな所に来てんだよ!」


 討伐一課というのは、魔物対策省の内部部局、魔物討伐局のエリート課だ。

 所属する全員が凄腕の覚醒者で、街にモンスターが現れた時にそれの対処をしたり、覚醒者の犯罪者を逮捕する時に活躍している。


 彼女、天月奏はその討伐一課の課長、つまりトップなのだ。


「違反者が覚醒者の場合、討伐課の者も同行することになっています。逃走された場合、普通の人間では追うことも確保することも出来ませんので」

「それは分かるが……なんであんたみたいなトップが出張って来てんだよ! 俺はそんなに悪いことしてねえだろ!」


 須田は咆える。

 いや、悪いことはしていると思うけど……確かに須田みたいな小物に天月が出てくるのは不思議な話だ。


 強くて頭もよく、おまけにとんでもない美人の天月は、魔物対策省の出世頭だ。俺より歳下なのに討伐一課の課長を務めていることからもその能力の高さが分かる。


 昔は一緒にダンジョンに潜ったりしてて、そこそこ仲も良かったんだけどなあ。

 片やエリート、片や社畜。どうしてここまで俺と差がついてしまったのか。悲しい。


「私が来たことに深い意味はありません。手が空いていただけです」


 天月はかなり忙しいはずだけど、本当か?

 誰かに会いに来たのかなあなどと考えていると、強い視線を天月の方から感じる。そっちを向いて見るとバッと天月から目をそらされる。

 あれ、もしかして嫌われてる?


「貴方たち、須田それを連行しなさい」


 天月が部下に命じると、スーツ姿の彼らは迅速に須田を連行していく。

 無駄がなく、統率の取れた動きだ。普段から訓練をしているのが見て取れる。


「は、離せッ! 俺は社長だぞ! おい田中ァ! 俺にこんなことをしてただで済むと思うなよ!」


 最後の最後まで咆えながら、須田は連行されていった。

 これでようやく俺の退職騒ぎも一件落着ってわけだ。


「田中誠。貴方も話を聞かせてもらいますよ。任意同行という形にはなりますが」

「あー、それは後でもいいか? ここ数週間ロクに寝てないからもう限界なんだ」

「え、いや、ですが」


 困惑する天月をよそに、俺は建物の窓枠に足をかける。

 知らない役人だったら同行しただろうけど、天月なら多少甘えても大丈夫だろう。


「話はするから、ここに連絡してくれ。じゃあな」


 俺はそう言って名刺をピン、と投げ渡すと、ビルの窓から外に跳躍する。ここは七階、普通の人間なら死ぬけど覚醒者なら関係ない。

 跳んだ俺はそのままスタイリッシュ退社……いや退職を決め込む。


 ビルから出た瞬間、「せっかく会いに来たのに!」と聞こえた気がするけど、まあ気のせいだろう。天月はもう遠い存在、昔みたいに一緒にダンジョンに潜ることはもうないだろうな。


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