第2話 私は女優
まず、タイトルについて。
私の職業ではないことを先に伝えておく。
世の中には、ついて良い嘘と悪い嘘がある。
前者は、人を幸せにするものや、傷つけない面白いもの。
後者は、誰かを傷つけたり、犯罪につながるようなものだ。
私の夫は、結婚前から他の女性の影が消えない人だった。
女たらし、というのとは少し違う。
グイグイ来られると断れない、優柔不断。
夫は、いつだったか…自分の浮気の話になり、『自分からはサヨナラ出来ない。誰かを傷つけるのが苦手だ』と言っていたことがあり、さらに面倒なのが【博愛主義】を掲げていた。でも、そんな話をして、私を傷付けていることは全くと言って良いほど気付いていなかった。
他所の女性との恋愛で悲恋に酔っている時の夫には、普段以上に何を言っても通じないのだが、まだ新婚と呼ばれる時期で、ダメージは相当キツかったからか、泣いてキレたことを思い出す。
今思うと、だいぶ、私は青かった。
昨今、三組に一組が離婚すると言われている日本。私の周りには、友人・親戚含め、離婚率が高い。御多分に洩れず、私も結婚直後から早々その仲間入りをすると思っていたが、それは未だに実現してはいない。
その理由は、私自身の性格にある。
私は、元々は熱しやすく冷めやすい。
そのレベルは超がつくほど極端で、イメトレや事前準備には抜かりがない。本の虫だったことも相まって、読み込める量が半端なかった。
そのせいか、一旦何かを始めると、どんなことも僅かな期間で結構なレベルに到達し、結果を出せた。
よく、学生時代に、その分野を長くやっている子が皆の手本になることはあるが、私は、そういう子を差し置いて手本になることも多かった。
故に、全校集会などでの表彰の回数も多種にわたり、両手では足りないくらいあったが、必ず、ちょっとしたことで面倒くさくなり、やめてしまう…これが私のルーティン。
いつしか周りは、大成しない私に【器用貧乏】というあだ名をつけ、笑うようになった。
そんな性格故、結婚生活も長く続けられないのではないかと思い、離婚という二文字にずっと怯えていた。どうにか、離婚だけは留まろう、と必死だった。今思うと、大分馬鹿げているが。
ある日、娘に読み聞かせをしていた時のこと。
内容は【北風と太陽】だった。
ざっくり話すと、北風と太陽が、歩いている旅人の衣類を脱がせたら勝ち、という力比べをすることになった。最初は帽子。北風はあっという間に帽子を吹き飛ばし、太陽に勝ったが、二回目は服。北風は、服が飛ぶほどの強風で迫ったが、旅人は脱ぐことはなく、逆に、太陽が、日差しでじっくり攻めていくと、熱くなりすぎて服を脱ぎ水浴びをした。だから、力づくでどうなるものでもなく、何事にも適切な手段がある、というもの。
そんな時、ふと気が付いた。
人間は、後ろめたい時や、責められるようなことをした時、激しく口撃されるよりも、穏やかに接して来られる方が怖いし、反省するよな、って。
そこから、私は夫に何かを言うのをやめてしまった。
その後から、私が使う言葉は、
「ありがとう」
「行ってらっしゃい」
「頑張って」
「すごいね」
あたりのポジティブワードばかり。
何か嫌味を言われても、
「教えてくれてありがとう」
女性のところに行く時でも、
「気をつけて行ってらっしゃい」
子どもの世話をしたら、
「ありがとう。娘が喜んでたよ、すごいね」
無断外泊から帰ってきたら、
「おかえり。何か遭って帰って来られないかと思って心配してたけど、無事で良かった」
これらを、呪文のように繰り返した。
それまで、夫は件の女性と画策し、私と離婚しようとしていた。私が鬱になるようなワードをバンバン投げてきたが、ポジティブワードで私が散々かわしたので、女性の方の心が折れ、別れたのだろう。
そこから、ピタッと暴言が無くなった。
夫は学習能力がない人なので、女性が変わるたびに私に同じことをされ、自滅していくのだが、私自身、泣いてキレていた時よりも、心の波が立たなくなった。
もちろん、悲しいことは悲しい。
でも、これを繰り返しているうちに、自分の悲しみは他人事のように見えてきた。
なぜなら、このポジティブワードを使う時、心にもないことを言う=自分が女優になった気分で会話をしていたからだ。
自分事に見えなくなると、心に波が立たなくなり、本当に日々の生活が安定する。それをひたすら繰り返しているうちに、夫が出て行っても、何にも思わなくなってしまったのだ。清々したとかいう、疎ましい気持ちはなく、びっくりするほどフラットなのだ。
こんな私たちも、約束をしている訳ではないが、娘が独り立ちしたら、私は『◯◯家解散』を宣言し、離婚をするだろう。
正直、持病のある娘と暮らす上で金銭的不安があり、離婚を避けてきた部分もあるので、娘が自活できるようになれば、私の責務は果たしたに等しくなり、金銭的不安からは大きく解放される。そうなったら、私は、宮沢賢治の【アメニモマケズ】のような食生活で十分だ。
私は、一緒の墓には入りたくない。
一度も連れて行ってもらったことのない、どこにあるかもわからない先祖の墓に、一緒に埋められたくはない。そんなことされるなら、私の遺灰は燃えるゴミに出してもらった方がマシだ。
(法律が許さないだろうが。)
散々外にいて、老後になったら介護を…なんてしたくない。そんなのは、そばにいる女性に任せれば良い。
私の老後は、近所に人のいないような田舎に中古の平家を買い、昼は日本アルプスが見え、夜は星が見えるところで、静かに天体観測をしながら静かに暮らし、ある日ぽっくり死にたいのだ。
だから、毎日会わなくても、一緒に住んでいなくても、メッセージをするたびに女優になる。
夫がもし、私よりこの内容を知らずに先に死んだら、この世で一番幸せかも知れない。
私は妻ではなく、【妻役】として、夫が望む生活をずっとさせてあげていたのだから。
今日も、どこにいるか、誰といるかわからない夫に言う。
『体に気をつけて、頑張ってね。いつもありがとう』
※次回は、夫の話以外のことを書こうと思ってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます