第23話 BSS《Sideシルバー・ネイバー》
僕――武井喜一郎が今もこうして生きているのは、姉弟子のおかげだ。
いじめられていた僕を、助けてくれた。
正義感の強い彼女にとっては、多く助けた人々のうちの一人に過ぎない。けど、僕は彼女に憧れて華神一刀流に入門した。
鍛錬を積んだ。日々修業に打ち込んだ。すべては姉弟子、天童子菜々華に振り向いてもらうためだ。僕という人間を、特別な存在として認識してもらうため。
配信が始まって、僕が彼女を補助するたびに評価は上がった。世間の陰じゃあ、もしもシルバー・サムライに恋人ができたならきっとネイバーだともささやかれていた。
けど、いつまで経っても僕はただの隣人止まり。
このままじゃいけない。
僕の存在を特別なものにしてほしい。
だから――
彼女の弱いところを見せて、救出する。誰の邪魔も入らない。
きっとうまくいくと、信じて疑わなかった。
なのに、なのに、なんなんだあの男は!
RKとかいう不純物が、どうして僕と菜々華さんの間に入ってくるんだ!
僕が本来手に入れるべきだったポジションに収まり、菜々華さんの信頼をたった数日で勝ち得るなんてありえない。僕のだ、僕のものなんだぞ――。
「――聞いてるかな、武井くん?」
そんな僕の独白は、目の前にいる菜々華さんに遮られた。
僕がどうして華神一刀流の道場の廊下に立っているのか、彼女と向かい合っているのかも思い出した。僕がRKに決闘を挑み、敗北したからだ。
しかも僕は、決闘以外の場でRKに斬りかかった。その末にシルバー・サムライがスキルを使ってまで、僕を一撃で斬り伏せて、今に至る。
彼女に斬られた。その事実が、僕を半ば放心状態にさせていた。
「武井くん」
「は、はい」
少し怒りを孕んだ彼女の声が、僕を現実に引き戻した。
「どうしてあんなことをしたの? 決闘だけならまだしも、敗北を認めずに斬りつけようとするなんて、華神一刀流のやり方じゃないよ」
「そ、それは……」
言えるはずがない。あなたを奪われたくないからだ、なんて。
「教えられないような理由があるんだね」
本当なら教えたい。貴女を守るためだと。
貴女を愛しているんだと。
「私からも言っておくけど、RKくんは悪い人じゃないよ」
それなのにどうして、貴女はまだRKの話をするんだ。
「彼の闘気は確かに刺々しいけど、言葉に嘘はないの。まだ会って三日も経ってないのに、不思議と信じられちゃうくらい優しくて、明るくて……だから武井くん、キミも心配する必要はない――」
おかしいだろう。
おかしいに決まってる。
僕の方が――僕の方が、先に好きになったんだぞ!
「――どうして貴女は、僕を選んでくれなかったんですか!?」
しまった。
つい、僕は狂ったような声で怒鳴ってしまった。
「……え?」
「僕はずっと貴女を追いかけてきて、支え続けてきた。どうしてかって、貴女をずっと見ていたいからですよ! 貴女の隣に立って、認めてほしかったからです!」
菜々華さんが目を丸くしたのを見ても、もう僕は止まれなかった。今まで溜め込んだ感情が、短いながらも溢れ出すのを止められるはずがない。
僕がどれだけ貴女を愛していたのかを、聞いてほしいと思っていた。
「それをどうして、どうしてあんなぽっと出の男が貴女の心を簡単に支配できるんですか! 何年もそばにいた僕の方を、どうして見てくれないんですか!?」
「武井くん……」
「僕なら姉弟子を、菜々華さんをあんな奴よりずっと幸せに――」
「武井喜一郎っ!」
とうとう彼女の声が諫める意味合いを逸脱して、ようやく僕は口を噤んだ。
憧れのあの人の美しい目には、怒りでも苛立ちでもない、哀憫のような意思があった。
しばらくの沈黙ののち、口を開いたのは菜々華さんの方だ。
「……気持ちは嬉しいよ。けど、受け取れない」
ぴしゃ。がらがら。がらり。
心の片隅から、何かが崩れる音がした。
「今まで武井くんがしてきてくれたことを、もう正しい目では見れないの。あんな手段を取った後でしか本音を言えない人を、私は信じられないから」
僕が積み重ねてきたものすべてが、音を立てて壊れ落ちてゆく。
背中を向ける菜々華さんに、僕は何も言えない。
「……キミとは今まで通りの関係でいるよ。けど、これだけは言っておくね」
振り返った彼女の目には、哀憫も激情もなかった。
ただ、最も見たくない感情――侮蔑だけがあった。
「キミの目に映ってるのは、きっと私じゃない。私を守る、キミ自身だよ」
ぷつん、と僕の中で糸が切れた。
均衡だとか人間性だとか、倫理や道徳を保つための糸が切れた音だ。
廊下をぎしぎしと鳴らして歩き去っていく菜々華さんを引き留めようなんて、もう僕の頭の中にはなかった。
すっかり影も見えなくなってからも立ち尽くす僕の心を埋め尽くした思考は、一つだ。
彼女を手に入れたい。
僕がどれだけ愛していたかを突きつけてやり、独占したい。
好かれているとかそうではないとか、もうどうでもいい。
幸いにも僕は、その手段があった。
偶然にも連絡手段を入れて、シルバー・サムライの危機を演出してくれる手はずを整えた組織。モンスターを連れ出し、毒薬を僕に売ってくれた連中。
危険な奴らだなんて、もう関係ない。
僕はスマートフォンを手に取り、秘密の番号を打ち込み、電話をかけた。
「――僕だ。君達の提案に乗ることにした……条件付きで、シルバー・サムライが敗北する動画を撮らせてやるよ」
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