第14話 マドンナからの頼み事

「――すごーいっ! 仮面を被って強くなるなんて、漫画のヒーローみたいだねっ!」

「ちょ、声が大きいって! 門下生さんに聞かれたらヤバいから!」


 数分後、俺の前では菜々華が目をキラキラと輝かせていた。

 俺は彼女に、RKとして活動するようになった経緯やライドについて、すべてを話した。それこそ、スキルに似た能力からスマホの正体に至るまで、すべてだ。


 全部を話し終えて気が付くと、菜々華の顔がすぐ間近に迫ってた。

 相手は興奮してあんまり気づいてないみたいだけど、ガチ恋距離です。

 いろいろ当たりかねない危ない距離です、というか揺れてて当たります。


「ねえねえ、ライドくんは他に何ができるの?」


 紳士に接するように頑張る俺の努力を無視して、菜々華はライドに顔を寄せてきた。

 助けてくれ、ライド。膝に乗っちゃう、直撃しちゃうから。


『スマートフォンにできることに加えて、ダンジョン内でのあらゆるサポートに精通している。モンスターの探索から階層間のマッピングまでお手のものだ』

「すごいよ、ライドくん! そういうアイテムって普通なら結構お金を出さないと手に入らないのに、スマホ1つでできるなんて!」


 俺の視線なんてまったく気づいていないらしいスマホの中で、ライドの顔が蕩けた。


『ハハハ、そうか。僕はすごいか、いや、分かってはいたが、すごいか、ハハハ』

「スマホのくせに照れてんじゃねえよ」


 俺がようやく冷静になってツッコむと、菜々華の顔がすっと離れた。

 一安心した俺を見る彼女の表情は、さっきまでの興奮が薄れてるみたいだった。


「……そっか。やっぱり、黒鋼くん達がRKだったんだ」


 まるで、喜びと悲しみが同居しているような顔だ。いくら彼女いない歴がイコール年齢の俺でも、女性がこういった様子を見せる時に何を言いたいかは、分かってるつもりだ。


「……実はね、本当に話したいほしいことは別にあるの……でも……」


 だろうな。

 俺の正体を知ってハイ終わりなら、わざわざ巨大おにぎりを振る舞うこともない。屋上でサクッと聞いて終わればいい。そうしなかったのは、別件があるからだ。

 それも、恐らく人に頼み込むには気が引けるくらい、むつかしい用事だ。

 ただ、今の俺が断るわけがない。


「菜々華、俺が言うのもなんだけどさ、もう名前で呼び合った上に一番デカい秘密を共有し合った仲なんだ。さっきも言ったけど、俺なんかでよけりゃ、何でも力になるよ」


 あのシルバー・サムライだとか、学校のマドンナだとかは関係ない。

 女の子が困ってるって時に何もしないで黙ってるようなやつが、登録者100万人の人気配信者になれるわけがない。そもそも、そうでなくたって断るわけがない。

 なんせ俺は、自他ライドともに認めるお人好しだからな。


『女性と急接近して距離感が不明瞭になって見栄を張るのは、もてない男が勘違いした時の典型例だぞ。ほどほどにしておいた方がいい』

「真っ二つにへし折るぞ、お前」


 そのライドが話の腰を折るのを聞いて、俺は口を尖らせた。

 ちょっとカッコつけてみたのを見抜かれるのは、誰だって恥ずかしいのだ。


「黒鋼くん……ありがとう。やっぱり、配信の時よりもキミはずっとかっこいいんだね」

「ん?」


 俺とライドが目を向けると、菜々華は少しだけ力ない笑顔を見せてくれた。

 ライドの液晶画面をどうやって粉砕するかばかりを考えてたから、菜々華が何を言ったのかは聞こえなかった。でも、聞き直す暇はなかった。


「あの、2人の力を見込んで、改めてお願いさせて! 『アンダーグラウンド・エンターテインメント』を見つけ出して、私と一緒に戦ってほしいの!」


 彼女の真剣なまなざしが、俺達を捉えた。

 その名前を聞いてからじゃ、話題を逸らす気にはとてもなれなかった。


「『アンダーグラウンド・エンターテインメント』について検索した。黒鋼は彼らについて知っているか?」


 スマホの画面がネットのとあるページに移り変わるのを見て、俺は頷いた。


「うわさだけは聞いたことがあるよ……モンスターじゃなくて探索者を襲う、悪質な配信者集団だ。存在しないとも言われてるな」


 いつの世も、配信となれば他人に迷惑をかけてでもバズりたがるやつが現れる。

 ダンジョンが現れてからはそれが一層過激に、危険になった。

 配信に映り込んで邪魔をするとか、放送禁止用語を連発するのは序の口。他の配信者を攻撃したり、住所を特定して地上の方で嫌がらせをしたりと、やり口はますます過激化して、そういうのを見て喜んだりスパチャを投げるバカのせいで悪化していく。


 その末に生まれたのが――『アンダーグラウンド・エンターテインメント』。

 こいつらはなんと、探索者を殺害、もしくは死ぬよりもひどい目に遭わせる瞬間をダーク・ウェブでだけ配信をするらしい。

 らしい、って言ったのは、そいつらの動画を見たことがないから。


「ううん、実在するよ。だって――」


 けど、菜々華は首を横に振った。


「――昨日の配信で私を倒したのが、彼らだから」


 そして、恐ろしい事実を俺に告げた。

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