第5話 スキル【金属操作】

 どこからかなんて、分かってる。絶賛配信中の『華神一刀流道場』だ。


「ライド、今のって……」


 視線を画面に移すと、信じられない光景が映ってた。

 あのシルバー・サムライが――倒れてる。

 うつぶせになって、ぴくりとも動かない。ダンジョン探索用に調整されたらしい撮影用ドローンだけが、倒れた彼女を無音で配信し続けている。


「ライド、おい! どうなってんだよ、これ!?」

『倒れた瞬間を巻き戻して再生してみたが、モンスターの姿は見えなかった。どこからか奇襲された可能性が高いが、恐らくこれは……』


 聞いておいてなんだけど、ライドの話を俺は途中から耳に入ってこなかった。

 画面の中には、倒れ伏した女の子。


 “え?”

 “急に倒れた?”

 “誰か助けてやれ!”


 連なるのは彼女の身を案じるコメント。

 だけど、コメントで命が助かるなら世話はない。

 このまま目を覚まさないなら、あの熟練者でもきっと――モンスターに食い殺される。


『黒鋼――』


 ライドが何かしらの結論を出すよりも先に、俺の答えは決まってた。


「――助けないと! ライド、彼女の居場所が分かるか!?」


 気づけば俺は、自分らしくないほどにカッコつけた言葉を口に出してたんだ。

 自分が深層を探索するのにふさわしい実力者じゃないってのは知ってる。

 だけど、それはシルバー・サムライを放っておく理由にならないだろ!


『……了解した。彼女の居場所まで急行しよう』


 幸い、ライドは俺の提案をあっさりと呑んでくれた。というより、こいつにしてみれば今すぐにでも彼女のところに行きたかっただろうし、願ったり叶ったりってわけか。


「ここからあまり遠くないといいんだけどな。もしも遠すぎたら俺が到着するまでにモンスターが来ちまう!」

『距離的には近いと言えないが、問題ない。僕の能力を見せる機会だ』


 あ、そうだ。すっかりライドの能力のことを忘れてた。


「能力って、あれか? 俺を操るとか言ってた、あの?」

『君達の言葉を借りるなら、『スキル』と言うべきかもしれない。ただ厳密には別のものになるし、僕の場合はパッチを貼る必要もない。こうして説明するだけでは動画映えしないので、ひとまず君にスキルを付与することにしようか』

「ちょ、おい!」


 散々喋り続けたライドに俺が問い返す間もなく、体の中を何かが通り抜けた。

 ぬるりとして、冷たい何か。痛みはないし、不快感もない。むしろ体が軽くなった気さえするそれの正体が、俺にはちっとも分からなかった。


「ライド、何をしたんだ?」

『気にするな、黒鋼。僕の体の一部を体内に流し込んだだけだ』

「気にするわ!」


 聞かなきゃよかった。こいつ、俺の体になんてもんを流し込んでるんだ!


『スキル名を冠するなら【金属操作】としておこうか。僕は僕自身を含めたあらゆる金属を操る。それが付着したもの、内蔵されたものすべてを操り、作り出す。例えば――』


 それ以上ツッコませる余裕もなく、俺の体が意志に反してぐん、と沈み込む。

 自然に息が荒くなり、目が見開き、みしみしと体が鳴る音が響き――。




『――人間を超えた力を、君に付与するっ!』


 俺の体が、信じられない速度で駆け出した。


「う、お、わあああああっ!?」


 周囲の風景やモンスターが連なって見えるほど早く、俺は走る。妙な言いぶりになってるのは、俺自身の意思で走ってるわけじゃなくて、体が勝手に動いてるからだ。


『君の体を内側からコーティングして支配した。時速に換算すれば120キロは出ているが、肉体は超硬質金属アダマンタイトで保護しているから自壊の心配はないよ。どうだい、これなら誰の配信に映っても話題をかっさらうだろう?』

「んなこと言ってる場合か! 未知の経験過ぎて怖すぎる……」


 そう言いかけて、俺は言葉を押し込んだ。

 すべてがぐにゃりと曲がって見える。人間が肉体だけでは体験できない速さ。

 これが怖いかと言えば、答えはノー。心臓の奥から、興奮の方が沸き上がってくる!


「……いいや、最高だ! ライド、このスキルで何ができるか教えてくれ!」


 未知の力を得た俺のテンションの上がりっぷりに、向こうも気づいたみたいだ。


『僕の能力は金属を操るだけじゃない。金属を地面から集め、武器を創造する。ダンジョンの金属で作った武器だ、モンスターにも効果てきめんになるだろう』

「武器って、ナイフとか剣とか、銃とか?」

『構造ならインターネットで知識を得た。君の望む武器なら、何でもだ』

「じゃあ、蛇腹剣とかは?」

『映える武器だ、いい提案だな』


 ライドが耳の奥で笑ったかと思うと、俺は自分の意志の外で地面に手を翳した。

 地面の中から、真っ黒な金属の粒が集まってくる。

 疾走する俺の掌を包むようにたちまち籠手が生成され、先端にいくつもの刃が連なった剣――蛇腹剣が完成した。真っ黒に煌めく刃の鋭さは、先端に触れた地面が音もなく斬れていく様を見ればよくわかる。

 シルバー・サムライを助ける時に何と遭遇するか、あるいはなにも遭遇しないかもしれないけど、この武器とスキルがあればどうにかなるはずだ。


『そろそろ彼女の元に着くぞ、黒鋼。ついでにモンスターが3匹迫っている』


 武器を作って正解だった。やっぱり、モンスターが出現してたんだ。


「倒せそうか?」

『等級(モンスターの危険性を示すランク)は高い。だが、僕と君なら余裕だろう』

「そう言ってくれたなら、一安心だ!」


 いつの間にか意気投合したライドの仮面のモニターに、アイコンが三つ点滅する。

 モンスターの所在を示すそれと、俺達を示すアイコンが重なった時――。


『――行くぞ、黒鋼! 僕達の初陣だ!』

「おう! まずは先制攻撃――ぶっかますっ!」


 ライドの雄叫びとともに、視界に映ったモンスターに向かって蛇腹剣を薙いだ。

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