第11話 王子、謹慎処分を受ける


(なぜこんなことに)


 そんなことを思いながら、クリストファーはこぢんまりとした建物を見上げる。

 周囲を森に囲まれた、小さな離宮。裏手には湖もある。

 王都のはずれにあるそこは、景色だけは美しい。ただ、周囲には店も民家も何もなく、不気味なほど静まり返っている。


「いったい何日間、ここで過ごせばいいんだ?」


「私にはなんとも……。陛下のお怒りが鎮まるまででしょうか」


 従者グレアムの言葉に、クリストファーはかろうじて舌打ちをこらえる。

 会うなと言われていた期間中にミレーヌに会ったことを王に知られ、クリストファーは大目玉をくらった。

 しかもミレーヌに会っていたことは、ブラッドフォード侯爵の耳にも入ってしまったのだという。

 王宮にはブラッドフォード家の傍系の者が何人も勤めている。そこから漏れたのだろうと思った。

 そして。

 自らの行動を律することができない者は王宮から離れていてもらうしかない、これ以上ブラッドフォード侯爵との慰謝料をめぐる交渉を邪魔するなと、しばしこの離宮で過ごすよう言い渡された。


「なぜ私がこんな目に」


「国家の財政が厳しい状況ですので、陛下は慰謝料の減額に必死です。さらに侯爵は魔石鉱山を破格の値段で売ることまでチラつかせてきたとのこと」


「つまりこの措置は侯爵の仕業だな。これが娘を捨てられた侯爵の、私への復讐というわけか。くっ……」


「いくら侯爵のご機嫌取りのためであろうと、殿下が何か月もここで過ごすということはないかと思いますので、しばしご辛抱ください」


 グレアムが開けた扉から、離宮の中に入る。

 一応掃除はされているが、しばらくの間誰も使っていなかったためかどこかかび臭い。

 しかも薄暗い上、恐ろしいほどしんとしている。

 今視界に入る使用人は、グレアムを除いてたったの二人。


「なぜこんなに使用人が少ないんだ」


「王宮から離れた離宮ですので、王宮のようにというわけには……」


「……」


 部屋に案内され、ひとまずそこがかび臭くなかったことにほっとする。

 どっかりとソファに座り、ため息をついた。


「この離宮は森の中にある上にしばらく使われていなかったので、外には野生動物などがいます。もちろん離宮の中には入らぬようにはいたしますが、外の散歩などは御身の安全のためにお控えいただきますよう」


「……最悪だな」


「風呂や食事などはご不便のないよういたしますので、どうかご容赦ください」


「そんなのは当然だ」


「ところで、殿下。気になさっていたアレクシア嬢の近況ですが……お聞きになりますか?」


「! あ、ああ」


「アレクシア嬢は現在、ヴァンフィールド辺境伯子息であるレニー卿と婚約するため、辺境伯領に滞在されているようです」


「……!」


 心臓がどくどくと激しく動き出す。

 ブラッドフォード侯爵家ほどの貴族ともなれば縁を結びたい家はごまんとおり、いずれは婚約も決まるものだとわかっていた。

 だが、こんなに早く次の婚約者が見つかるとは思っていなかった。


(私を愛していたわけではなかったのか? いや、貴族の婚約だ、気持ちはどうあれもう十八歳のアレクシアならすぐにでも婚約相手を見つけるのが普通だ。だが……)


「しかし妙なんですよね」


「何がだ?」


「結婚前に婚約者の家に滞在すること自体珍しいですが、さらにはレニー卿との婚約届が提出されていないんです」


「なに……?」


「他の家族もいるとはいえ若い女性が婚約者の家に滞在するわけですから、その時点で傷物と見られてもおかしくはないですよね。それなら正式に婚約届を提出しておかないと、女性にとっては何一ついいことはないと思うのですが……」


 グレアムの言葉に、クリストファーは考え込む。


(どういうことだ? ブラッドフォード侯爵が婚約届の提出などという大事なことをうっかり忘れるはずがない。まさか結婚するつもりがない? いや、それなら辺境伯領に行く意味がわからない。王都がつらくなったのだとしても、領地にでも帰ればいいだけだ)


 もしかしてアレクシアが婚約を渋っているのかと考えたが、彼女に甘いブラッドフォード侯爵が無理強いするとも思えず、なぜそんな中途半端な状態なのかが理解できなかった。

 

「よほどの事情がない限り婚約届を提出してから三か月経たないと結婚できないし、年齢からしても一刻も早く正式に婚約するはずだろう。それなのになぜそんな状態になっているのだろう」


「私にもさっぱりわかりません。ただ、これでは婚約者とは言えませんね」


 いくら考えても理由はわからない。

 だが、まだ正式な婚約者ではないという事実に、クリストファーは安堵とうれしさを感じているのを自覚した。

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