19 味見

 私は砂糖と酒とみりんと醤油と、さっきとは違う、容器に入った顆粒出汁を取り出して、調理台に並べる。


「これらが基本の調味料です。家にみりんがない場合は、砂糖と酒を多くして代用したりします」

「代用……」

「あ、それは今深く考えなくていいからね。で、まず、調味料を測っておきます」


 神妙な顔になった私に、セイも真剣な顔になる。私はまた中くらいのボウルと、ある物を手に取って、


「これ、なんだか分かる?」


 スプーンのようなそれを、セイに見せ、渡す。


「? ……三つの……? ……その、柄の先が繋がってますね……? 匙の先がそれぞれ違って、大中小とある……あ」


 それを矯めつ眇めつしていたセイの目が、見開かれた。


「十五、五、二・五……これ、あの、言ってた、大さじ小さじってやつですか……?!」

「正解」

「あれ? でも、全部で三つありますよね……?」

「十五が大さじ一で、十五CC。五は小さじ一で、五CC。で、二・五は小さじの半分。二・五のほうはほとんど使わないんだけどね」

「はあ……」

「でね、いつもは調味料も目分量でやっちゃうんだけど、今日は少し丁寧にやります」


 私はそれぞれ、どれがどれだけとか、すりきりとか説明しながら調味料をボウルに入れていく。で、最後に。


「ここに水を入れます」

「へ」

「肉じゃがって煮込むでしょ? そのための水」


 私はラックから計量カップを取って、水を測ってボウルへ入れた。


「で、用意ができたので、深めのフライパンに油を引いて、肉を炒めていきます」


 私はそのフライパンを取り出し、下の棚からサラダ油を取り出して、その蓋を開けようとした時、一瞬頭にあることがよぎり、動きを止めた。


「……セイさ」

「はい」

「知ってたらごめんなんだけど、サラダ油って、知ってる? これなんだけど」


 大きなボトルを見せる。


「………………名前、だけは」

「そっか。よく炒め物とかの料理に使うんだよ、コレ。今はほかにもいろんなオイルがあるから、一概には言えないけどね」


 で、私はまた作業に戻った。

 フライパンにオイルを入れ、温め、フライパンを回し、馴染ませる。


「で、お肉を投入しまーす」


 牛乳パックからドサドサと入れた肉は、すぐにジュウジュウと音を立て始める。私は上の棚に引っ掛けていた菜箸を取り、肉をほぐしながら炒めていく。


「ほらさ、肉の色、変わってきたでしょ? で、これが肉に火が通った合図で、全体がこの色になってきたら」


 ボウルに入れていた玉ねぎを投入。


「で、また炒めます。油が少ないなと思ったら足します。全体に油が回ったな、と思ったところで、人参とじゃがいもを入れます。同じように炒めて、玉ねぎの白い色が少し薄くなったら」


 私は調味料の液が入ったボウルを持って、かき混ぜ、フライパンへ投入。


「で、またこの汁をお肉やじゃがいもとかへ馴染ませていきます。まあ要するに、煮てるんだけど」


 言いながら肉じゃがのフライパンに蓋をして、くつくつさせている間に、シンクのゴミだの調理台の上のものだのを片付ける。


「……そろそろいいかな」


 竹串を一本出し、フライパンの蓋を取り、じゃがいもと人参に刺す。すっと通った。


「うん、火、通ってる。あ、味見する?」


 火を止めながら、セイへ顔を向け、言ってみる。


「……え? あ、はい。してみたいです」


 じ……っとこっちを見ていたらしいセイは、ハッとして頷いた。


「じゃ、ちょっと待っててね」


 私は食器棚から小皿を出し、菜箸がかかっていた場所の隣にぶら下がっているお玉を取って、肉じゃがの汁を少し掬って小皿に入れた。


「はいどうぞ。あ、熱いだろうから気をつけてね」

「い、いただきます……」


 セイが小皿に口をつける。そして口をすぐに離し、私へ顔を向け、


「美味しいです……!」

「良かった」


 その感想にほっと息をついて、なんだか初めてそれを食べたような口ぶりに笑いそうになって、けどそれは流石に失礼だろうなと、軽く微笑むにとどめた。


「じゃ、その小皿、味噌汁の味見にも使うからちょっと返して欲しいな……、? セイ?」


 あれ、固まってる。


「おーい。再起動してくれー」


 セイの手から小皿を抜きながら言うけど、そしてセイの目は私に向くけど、まだ動かない。

 小皿とお玉を調理台に置いて、これなら動くかなと、両頬をムニッと掴んでみた。うわぁ、柔らかぁ。何回も顔合わせたから分かってたけど、肌もすごい綺麗で羨ましい……。

 とか、思っていると。


「……え」

「あ、再起動した」


 ので、手を離した。


「え、……え?」


 セイが後退していく。


「ごめん。痛かったかな」

「い、え、そ、では、なく……え、……と……」


 わあ、セイの顔が真っ赤になってく。


「うん、なんかごめん。休んでていいよ。あとは味噌汁だけだから」

「そ……ですか……では、その、すみませんが、少し……」


 セイは足早にキッチンから出たけど、どこへ行こうかと右往左往している様子だったので、


「ソファ座ってていいよ」


 と声をかけたら、一瞬足を止めたけど、リビングに向かっていってソファに座ってくれた。だけど、なんか気落ちしてる感じで。

 ほっぺを掴むのはやりすぎたかなぁと思いながら、私はワカメと豆腐の味噌汁への作業を始めた。



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