13 悪魔除けと悪魔祓い

「うん、それは大丈夫。じゃあ、あとは日程だね。いつがいい?」


 言いながら地図アプリを閉じ、スケジュールアプリを開く。


「えっと……そうですね……」


 セイは顎に手をやって、難しい顔で自分のスマホに視線を落とした。


「明後日は地方公演がありますし、次の日は撮影が二本があって、その次はリハーサルがあって……えっと……」


 予定はぎゅうぎゅうのようである。


「……じゃ、空いてるの、明日?」

「そう……ですね……でも、急な日程に……」

「私は構わないけど」

「……大丈夫ですか……?」

「うん」


 頷けば、セイはなんだか、ホッとしたような顔になった。


「では、明日、伺います」

「分かった。何時頃来る?」

「逆に、いつ頃お伺いするのが良いでしょうか」

「ん、そうだな……明日は丸一日在宅の日だし、会議とかも入ってないし……いつでも大丈夫だね」


 アプリの、明日の日付のところをタップしながら言う。


「……えぇと、では、お昼頃お伺いします」

「了解」


 予定表の昼辺りに、セイが来ることを入力して。


「じゃあ、何食べたい?」


 と、顔をセイに向け直した。


「え」

「リクエスト。大仰なものは作れないけどね」

「リクエスト……」


 その目がまた、ウロウロと彷徨い始める。


「思いつかないならいいよ。こっちで決めるから。あ、でも、予算的に庶民的なものになっちゃうけど」


 すると、セイは


「……そうでした、予算……。お幾ら出せばいいでしょうか?」

「そうだね。作ってみないと正確なところは分かんないけど……二人分で、二千円かからないくらいかな」

「それは、お安くないですか?」

「近くに安いスーパーがあるんだよ。だから、これくらいでも結構買える」

「じゃあ、それに、作る時間とガス代と水道費と……」

「あ」


 ちょっと良いこと、思いついた。


「?」

「セイ、また一緒に作らない?」

「え?」

「これを期に、セイの料理能力もアップを図るんだよ。料理は出来て損はないし。どう?」


 そう提案すれば、セイはぽかんとしたあと、不安そうな顔をする。


「……出来るでしょうか……」

「出来ると思うよ? この前だって、おにぎり作れたじゃない」

「けど、その……僕の料理下手は五百年ものなので……」


 ……そう聞くと、重みが出るな。


「……まあ、出来なかったらその時はその時だよ。気楽に行こう。……どう?」


 セイは、一瞬考え込んで。


「……では、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 ペコリと頭を下げる。


「いや、そんな固くならなくていいから」

「いえ、お時間をいただくだけでなく、教えてまでくださるんですから。……あ」


 そこで、セイは何かを思い出したように目を瞬いた。


「ナツキさん。つかぬことを伺いますが……悪魔に、出遭ったことはありますか?」

「はい?」


 話の急な方向転換とその内容に、脳みその対応が一瞬遅れた。


「……悪魔?」

「ええ、悪魔です。比喩とかではなく、本物の悪魔です」


 とても真剣な顔つきになったセイに、悪魔っているんだ、という感想を飲み込んだ。

 なんだか、大変な話になりそうで。


「……見たこと、ないと思うけど」

「そうですか。それは良かった」


 セイはホッと息を吐き、でもまたすぐに、真剣な顔に戻る。


「ナツキさんは、悪霊をぶっ飛ばせるとは聞きましたが、悪魔には、物理的な攻撃はあまり有効打にはならないので。……もしもを、少し、考えまして」

「もしもって、なにを」

「悪魔に遭遇した時に、あなたを、守る方法です」


 そう言うと、セイは鞄、もとい異空間から、なにか小さなものを取り出し、テーブルに置いた。


「……これは?」


 それは、小さな紺色の箱だった。


「これは、悪魔避けと悪魔祓いの両方の力を持つものです」


 言いながら、セイが箱の蓋を開ける。

 中にあったのは、金が交じる濃い青から透明へとグラデーションになっている、親指の爪ほどの……たぶん、石。形はティアドロップ。


「これを、出来れば身につけていてほしいんです。あなたには三体の守護霊がいますが、もしもを考えると、かけられる保険はかけておくべきかと」


 ……これは。


「一応聞くけど、お幾ら?」

「いえ、お代は要りません」


 あれ。


「これは、僕が勝手に作ったものですので。出来れば身につけていてほしいですが、鞄に入れておくなどでも、それなりに効力を発揮してくれます。……押し付けがましいかとは思いますが……」

「いや、そこはいいんだけど」


 私は腕を組み、彼の目を、表情を、全身を観察するようにしながら、問いかける。


「……こんな凄そうなもの用意してくれて、しかもタダとか。キミは何を考えて、私にこうしてくれるの?」


 何か裏とかあるんじゃないのって、勘ぐってしまうよ?


「……それは……」


 セイは、言い淀む。私はそれをじっと見つめる。


「その……」

「その? ……?」


 セイは私から目をそらし、顔を赤くさせた。


「セイ?」

「いえ、その。……気まぐれと、思っていただければ……」

「気まぐれ」

「はい……」


 ……絶対気まぐれじゃないよね。

 と、言いたかったけど、言うと、なんか、あれな方向に進みそうで。


「分かった。ありがと。それじゃ、ご厚意に甘えて、有り難く頂戴します」


 言いながら、箱を引き寄せると。

「あ、待ってください。石だけですと、身につけるのに何かと不便だと思いますので」


 顔色が普通に戻ったセイは、石を右手でひょいとつまむ。


「少し、加工します。どのように身につけますか? 僕としては、肌に近い、ネックレスやブレスレットなどにしていただきたいのですが。あ、でも、それがお嫌でしたら、バッグチャームでも全然大丈夫です」


 ネックレス、ブレスレット、バッグチャーム、ねぇ……。


「肌に近い、のが良いんだよね?」

「はい。出来れば」

「なら、チェーンが長めのネックレスがいいかな。服の下になって見えなくなるし、社内でもつけられるから」

「分かりました」


 セイはそう言うと、ティアドロップ型の石の、尖っている方に左手の人差し指を滑らせる。

 すると、そこが。


「……光った」

「構築してるんです」


 指先の光はそのままに、空中に指を滑らせるセイ。光は消えず、セイが人差し指の腹を親指でこすると、光の線はパッと指から離れ、光の輪となった。

 そして、だんだん光は収束し、チャラリ、とプラチナ色の細いチェーンが現れた。


「……これは?」


 チェーンはきちんと、石の先端に留められている。


「てか、なに? 今の」

「これはネックレスのチェーンですね。金属アレルギー対策に、プラチナで構築してみました。作る過程のあれは、魔法です」


 微笑むセイに、天を仰ぎたくなる。

 マジモンのプラチナかよ。そんでそうかと思ってはいたけど、魔法かよ。


「……そもそも、その石は何製?」

「ああ、これは、ラピスラズリと水晶です。中に破魔の紋様が刻まれてて、僕の魔力を馴染ませてあります。オニキスにしようかとも考えたんですが、真っ黒は、装飾品としては、使いづらいかなと」

「……ねえ、これ本当に、タダでもらっていいの?」


 ラピスラズリに水晶にプラチナ。そんなに高くない石だとは聞いたことあるけど、でも、この綺麗なカッティングもあるから、結構なお値段になりそうなんだけど? それに、紋様が刻まれてるとか、魔力を馴染ませてるとか、言ったね?


「ええ、僕が勝手に作ったものですから。お気に召さないのでしたら、今度はちゃんと、デザインなどお聞きしてから作りますよ」

「いや、いい。これ以上は、いい」


 私は眉間を揉みながら、


「これ貰うんじゃ、料理の予算なんて貰えないよ……」

「いえ、それはお支払いします。これは、その、プレゼントの類と、思っていただければ……」

「そっか……」


 会って二週間もしないのに、大層なプレゼントだよ。


「……やっぱり、ご迷惑でしたかね……」


 だから、その哀しそうな顔をやめろ。


「いや、大丈夫。色々なことに驚いただけだから。うん、じゃ、改めて、貰うね。そのネックレス」

「……はい。ありがとうございます」


 嬉しそうな顔もやめろ。いや、もう、私の脳内は混乱状態だよ。

 で、セイからネックレスを受け取って、箱に仕舞おうとして、手を止める。


「あ、身につけたほうがいいんだっけ」

「ああ、はい」

「じゃ、失礼して」


 私はチェーンの留め具を外し、首に回して留め直す。

 おお、チェーンの長さもちょうどいいね。これなら中に仕舞っちゃえば、就業中も着けてられる。


「ありがとう、セイ」


 はにかみながら言えば、


「……セイ?」


 セイは、動きを止めていた。


「セイ? セイさん? セイくん?」

「……あっ、いえ、なんでも。……受け取っていただけて、良かったです」



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