第27話 姿と魔法

 ユベールが赤毛の少女と何か話している。よく聞こえなかったけれど、それを見ているだけで胸がモヤッとした。


 私も人間の姿だったら、堂々と二人の間に割って入るのに……。それができなくて、もどかしかった。


 すると突然、赤毛の少女が笑い出す。松明を振り上げて、家を燃やそうとしていたのだ。


「そうよ、無くなっちゃえば。無くなっちゃえばいいのよ。そうすれば……!」

「望みが叶うんですか?」


 思わず口に出ていた。呟きにも似た、小さな声で。だからまさか、赤毛の少女に届いていたとは思わなかったのだ。


 身を隠していたし、草という壁で聞こえるはずがない。その安心感から出た言葉だったのに。私はさらに身を縮めた。


「出て来なさいよ!」「卑怯者!」


 次々に浴びせられる罵倒に、体が震えた。フラッシュバックのように、幻の使用人たちの姿が私を囲む。


 怖い……ユベール……!


 するとユベールは赤毛の少女の手を取っている。私ではなく、彼女の……!


「やめて!」


 途端、燃え上がる炎。


「え?」


 何で? どうして?


「キャャャャャャャャャャャャーーー!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」


 二人の悲鳴にハッとなった。


「ユベール!」


 けれど炎は、それに呼応するかのように勢いを増していった。

 赤く、高く燃え広がる炎。背の高い草にまで引火して、その奥にある家が見えなくなってしまった。すると次第に灰色の煙がもくもくと現れて、行く手を阻む。


「どうしたら……水……水……そうだ。火には水。水で消さないと」


 広域魔法は苦手だけど、これなら……!


「アクアスプラッシュ!」


 両手を前に出し、炎に向けて大量の水を飛ばした。しかし、炎の勢いが強過ぎて、すぐに消えてはくれなかった。

 だから何度も何度も水をぶつける。


「こんな時まで役立たずだなんて……」


 けれどどんなに水魔法をぶつけても、炎の勢いは止まらない。


 何で? どうして? 消えてよ! お願いだから……!


「アクアスプラッシュ! アクアスプラッシュ!」


 バサッ!


「はぁはぁはぁはぁ」


 風魔法で体を浮かせながら、水魔法を使っていたからだろう。体が草の上に落ちた。


 倒れている場合でも、休んでいる暇もないのに。早く火を消さないとユベールが……ユベールが……死んじゃう!


 私は立ち上がって、燃え盛る炎を見上げた。


「助けなきゃ……」


 力が、力があるんじゃないの!? だからヴィクトル様のところに行ったんじゃなかったの!


 この力で竜を倒すって。人々を守るために。


 それなのに失うの? また自分のせいで、たくさんの人を悲しませて……傷つけて……。


 嫌、嫌だよ……。ユベール……。


『僕にはリゼットしかいないんだ……』


「私だって、私だってユベールしかいないのに……!」


 ギュッと胸元の魔石を握り締めた。途端、赤く光り出した。炎よりも赤い、鮮やかな色をした光が、強く辺りを照らし出す。


 その中を私は一歩、一歩、炎に向かって歩いて行った。力が溢れているからなのか、怖さを感じない。むしろ、行かなきゃならない衝動に駆られていた。


 そう、ユベールを助けるために。


「どこにいるの?」


 炎の中を歩きながら、私はユベールを探した。ユベールが私を探してくれたように、今度は私が。


 その歩みはゆっくりだというのに、いつもより早く感じる。目の高さも、いつもと違う感じがした。風魔法で体を浮かせていないのに。


 けれどそんな疑問は、すぐに搔き消されてしまう。体中、炎に包まれたユベールを発見したからだ。


「ゆ、ユベール……」


 立っているのがやっとな姿に涙が止まらない。私の方に伸びた手を、両手で包み込んだ。その手が炎でただれていて痛々しい。

 早く治さなければ、手を遅れになりそうなほど、ユベールの体もまた酷かった。


 私は祈るように、その手に顔を近づける。


「お願い、ユベールを助けて」


 もう失いたくないの!


「私だって一人になりたくない!」


 そう叫んだ瞬間、私を包み込んでいた赤い光が大きくなり、辺り一面に広がり始めた。左右は勿論のこと、上にも向かって、すべてを包み込んでいく。


 それは禍々しく燃え盛っていた炎も例外ではなかった。

 私の赤い光が、炎をも飲み込むように掻き消していく。ユベールの体に付いていた炎も、ただれた肌も。焦げた銀髪さえも、私の望み通りに治っていた。


 そっとユベールの頬に触れる。


「良かった」


 温かい。さらに抱き締めると、心臓の音が聞こえた。


 トクン、トクン。


 規則正しい音と安堵感から、私はユベールを抱き締めたまま、草の上に倒れ込んだ。いつの間にか、人間の姿に戻っていることにも気がつかずに。

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