第8話 お祖父様とは……?

「ごめん。僕はその疑問に答えることができないんだ」

「そう、ですよね」


 いくらヴィクトル様に似ているといっても、ユベールという名前に聞き覚えはなかった。

 幼い頃からマニフィカ公爵家で育った私は、いずれ公爵夫人となるため、主だった貴族の名前や特徴などを覚えさせられた。それと共に、マニフィカ公爵家の親戚たちのことも。


 やはり身内ということもあり、似た名前や特徴に、苦労した記憶がある。勿論、その中にはヴィクトル様に似た容姿の方もいらっしゃった。


 しかし、ユベールという名前は知らない。


 魔術が一向に進展しなかった私は、せめて暗記だけは、と頑張った。

 魔術書は勿論のこと、貴族名鑑や先生に言われたことも。故に公爵夫妻や、使用人たちの言葉さえもすぐに忘れることはできなかったのだ。


 だから、ユベールの言っていることは正しい。でも、と浮かんだ疑問を口にした。


「私がリゼットかどうか、確認したのは何故ですか?」

「それは……えっと、お祖父様の遺言で君を探していたんだ」

「お祖父様?」


 ユベールは私を抱え直して、テーブルの方へ歩き出した。


「うん。僕は末の孫だから、生まれる前に亡くなったんだけど……」

「それは……何と言いますか、ご愁傷様です」

「聞いていた通り、優しいんだね。ありがとう。でも、僕はあまりお祖父様のことを知らないから、ピンとこないかな」

「で、でも、私を探したのは、その方の遺言だと、そう言っていたではありませんか」


 思い入れがあるから従ったのではなかったの?


 ユベールは私をテーブルに置かず、抱えたまま椅子に座った。


「それは僕が孤児だからかな」

「え?」

「突然、両親を同時に亡くして、生きる目的が欲しかったんだ。誰も見向きもしなくなった、お祖父様の遺言でも何でも」


 生きる、目的……? 死を願った私を?


「両親と僕を繋ぐ、何かが欲しくて。そういうのに君を、リゼットを利用したんだ。ごめん」

「いいえ。少しでも誰かの、ユベールの役に立ったのなら嬉しいです。私はずっと……期待に応えられなかったので」

「……誰の?」


 体がまだ、上手く動かせないのに、肩がビクッと跳ねたような気がした。


「ヴィ……かつての婚約者、です。役立たずだから、婚約を破棄されて、それから……」

「それから?」

「サビーナ先生に会って……何か聞いたような」


 でも思い出せない。この姿になってしまった理由が、そこにあるような気がするのに。


「思い出せないのなら、無理には聞かないよ。ただちょっと気になっただけだから。お祖父様が何故、リゼットを探してほしい、と遺言に書いたのか、をね」

「そうですね。私もそこは気になります。どうしてユベールのお祖父様が私を? というのが」


 面識もないのに。


「しかも私を探し出したとしても、ユベールのお祖父様には会えないというのに……」

「う〜ん。そこは追々分かるんじゃないかな」

「分かる、とは?」

「秘密。今はリゼットを見つけられたこと、目を覚ましたことを祝おうよ」


 ね、と笑顔を向けられると、反論できなかった。何故なら笑うと、幼き頃に見たヴィクトル様を、余計に彷彿させるからだ。


 私は昔から、この顔に弱い。いけないことでも、笑顔を向けられると許してしまうし、曇らせたくなくて頷いてしまう。


 だから今も、私の返事は決まっていた。


「はい」


 すると案の定、ユベールは嬉しそうな顔を私に向けてくれた。



 ***



 祝いをしたいと言ったユベールは、私をテーブルではなく、元いた棚のところに座らせる。それからバタバタと、室内を忙しく動き始めたのだ。


 何か手伝い、と思っても、今の私は満足に体を動かせない。ユベールの動きをただただ眺めては、ぼーっと室内を見回すことしかできなかった。

 けれどそのお陰で、ユベールの置かれた状況が、少しだけ分かったような気がした。


 先ほどまでユベールが座っていた椅子の近くには、同じ形をした椅子が他に三つ。テーブルの大きさを見ても、四人掛けだと、すぐに察しがついた。


 両親を亡くして孤児になったと言っていたけれど、そんなに日は浅くないのだろう。面倒見が良さそうな雰囲気から、孤児院にいたのかも、と思ったけれど、それは違うようだった。


「いたっ!」

「っ! ユベール!?」

「大丈夫! ちょっとぶつけただけだから」


 大したことじゃないような口調で言うユベール。けれど、声を出したいほどの痛みだと思うと、気になった。何せ、ただ座っている身。色々と頭を巡らせてしまうのだ。


 そう、せめてその傷を魔法で癒せたら、私でもユベールの役に立てるのに。


「……魔法」


 この姿でも使えるのかな。


 唯一、誰にも負けないと自負できるものが、魔力量だった。こんな小さな体になっても、たとえ本来の魔力量が少なくなっても、他の人よりかはあるはずだ。


 私は自分の両手を見た。まるで紅葉のような、小さな手。そこに向けて意識を集中させた。魔力を水のようにイメージして、手のひらに注ぎ込む。


 私は昔から大きな魔法は苦手だったけれど、治癒魔法はどちらかというと得意な方だった。


 だから、やれる。きっと、できる。

 ユベールの傷を治したいから。

 私を生きる目的にしてくれた、彼のために。


「あっ!」

「わっ! な、何?」


 突然、私から赤い光が飛び出し、室内を染め上げる。遠くにいたユベールも驚いて駆け寄って来た。


「り、リゼット!? 何、やっているの?」

「えっと、魔法を使おうとしたら突然……」


 どうしたらいいの? と聞こうとした途端、赤い光が小さくなっていき、私の胸元にある宝石に集約された。まるで、私の魔力を吸い取ったような、不思議な感じがしたのだ。


 仄かに赤く光る宝石。


「これは……魔石?」

「いや、普通の宝石だよ。ある人から、リゼットを探すならあげる、と言って貰ったんだ。資金源として」

「資金?」

「誰かの手に渡っていたら、譲ってもらう必要があるから、そのための、ね。可愛い人形だから、きっと誰かが所持しているはずだからって」


 か、可愛いって一体誰が……。


 それよりも、ヴィクトル様と似た顔で可愛いって言われると、嬉しさと共に胸が締めつけられた。

 ヴィクトル様に言われて一番嬉しい言葉だったから、余計に。


 会いたい……。拒絶されたのに、どうしてそう思うんだろう。きっと、ユベールの顔が、幼き頃のヴィクトル様を彷彿させているからだ。

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