第15話 魔寄せの娘、魔王と勇者の争いを止める

「もうやめろ!」


 ソフィアはナハトとモルゲンに叫ぶが、激しい争いを繰り広げる二人の耳には届かない。

 しかし、止めようにも激しい魔力の奔流に、ソフィアはなかなか近寄れない。

 そこへソフィアを助けてくれるものが現れ、ソフィアは二人の間に無理やり割って入り、モルゲンの正体を暴く――!


 かつての仲間たちを振り切って、ナハトの元へとひた走るソフィア。

 王国騎士団はまだ諦めておらず、彼女を追いかけようとするが、ケロンを始めとした魔族たちが足止めをしてくれている。


 ソフィアが無事に王都の入り口である門にたどり着くと、壁には大きな穴が空いていた。おそらく、魔国の軍勢を連れてきた魔王が最初に放った、脅しとしての魔法の一撃だろうか。

 門を通って王国の外へ出ると、そこはナハトとモルゲンが激闘を繰り広げる戦場であった。

 激しい魔法のぶつかりあいで魔力の奔流が発生しており、誰も近づけない。それはソフィアも例外ではなかった。人間も魔族も争ったあとなのか、そこかしこに倒れているがお互い息はあるようだ。


「ナハト! モルゲン! もうやめろ!」


 どんなにソフィアが叫んでも、魔法の轟音にかき消されて二人には聞こえないようだった。

 否、聞こえたとしても二人はソフィアに注意を向けなかっただろう。どちらか一方が一瞬でもよそ見をすれば、もう一方がその瞬間に相手の首を刎ねていてもおかしくない、そんなハイレベルな戦いだった。神話・伝説の再来である。

 ナハトが手にする黒い大剣は、ナハトが闇をかき混ぜたときの雫から生まれたとされる暗黒の魔剣。

 対するモルゲンの光り輝く剣は、勇者が魔王を打倒するために修行を積んで太陽の光を剣の形に昇華した、白光の聖剣。

 その二つが激突しあい、あたりに火花を散らし、魔力は暴風となってソフィアを吹き飛ばすのではないかと思うほど渦を巻いている。

 このままでは王国の人間も魔族も無事では済まない。止めなければ。


 ソフィアは無理矢理にでもナハトとモルゲンの間に割って入ろうとがむしゃらに歩を進めるが、激しい魔力の奔流はソフィアを寄せ付けない。


「そんな……こんなの、どうすれば……」


 ソフィアは王都の門が崩れていくのを目の当たりにし、途方に暮れてしまった。

 しかし、ここで思わぬ助っ人が現れる。

 急に自分の身体がなにかの影にすっぽり入ったのに気づいたソフィアが振り向くと、巨大なドラゴンが二本足で立っていた。

 驚くソフィアをよそに、ドラゴンは彼女に頭を擦り寄せてくる。それはかつて記憶にあったシーンだ。


「もしかして……ナハトが乗ってたドラゴンか」


 そこでソフィアは名案を思いつく。


「頼む、力を貸してくれ」


 ソフィアの呼びかけに、ドラゴンは応じてくれた。


 ――さて、ナハトとモルゲンの怒涛の剣戟。ふたりとも、むしろ息があっているのではないかと思うほど手数の多いラッシュを繰り広げている。


「そろそろ降参して、首を差し出したらどうだい、魔王様?」


「道化の戯言も大概にしろ。そもそも貴様が俺に何度挑んでも倒せなかった、この現状が答えだろう」


 図星を指されたモルゲンは眉根を寄せてやや不機嫌な表情に変わる。


「なら、闇の住人は光に消えるがいい――!」


「ストーップ!」


 なぜか頭上からソフィアの声が聞こえて、さすがに二人はバッと空を見上げた。

 刹那、巨大なドラゴンがズシンと二人の間に割り込むように着地する。

 ドラゴンは巨躯のうえに魔法にも強い耐性を持っている。魔力の奔流などものともせずにソフィアを乗せ、空中から近づいて落下してきたのである。

 ナハトとモルゲンは驚いて、戦闘はそこで中断された。


「ソフィア! 無事だったか!」


 ナハトが目を輝かせるのを、面白くなさそうな顔でにらみつけるモルゲン。


 そこへ、路地を逃げてきたらしいケロンと魔族、そして彼らを追いかけてきた王国騎士団と冒険者たちが合流してきた。


「王国のみんな、聞いてくれ! ここにいるモルゲンは勇者なんかじゃない! 今まで魔王を散々利用して、自らの罪を被せていたんだ!」


 ソフィアは王国民の前でモルゲンの正体を暴露するが、国民の彼女を見る目は冷ややかなものだった。


「魔王は悪いやつなんだから、利用して当然だ」


「勇者が罪人だなんて、魔王に洗脳されているやつを信じるバカがどこにいる」


 王国の民たちは、全面的にモルゲンを盲信しており、ソフィアの言葉を全く信じてくれない。

 それもそのはず、この国の宗教は「モルゲナ教」と言い、これもモルゲンが語源になっている。その教えによれば、勇者モルゲンを信仰していれば、世界の終わりには再びモルゲンが現れて世界を救ってくれるというのだ。

 つまり、どんなにモルゲンを否定しても、明確な証拠がない限り、モルゲンを信奉している信者たちから信頼を得ることはできない。

 モルゲンは勝ち誇ったような余裕の表情を浮かべていた。


「つまり、証拠があればいいんだな?」


 ナハトは突然、余裕綽々のモルゲンの肩を掴んだ。

 ぎょっとしたモルゲンがナハトから離れる前に、ナハトの手からは黒炎が噴き出し、モルゲンの全身を包んだ。


「以前のように火球をぶつける程度ではない火力だ。これでお前の『化けの皮』は焼き尽くせる!」


「クアァ……! よくも……!」


『化けの皮』が剥がれ落ちたモルゲンの姿に、王国の民たちは悲鳴を上げる。

 その姿は、人間のものではなかった。


「モルゲンも……魔族!?」


「そうでなければ、ニンゲンが何千年も生き続けたり、俺に匹敵するほどの力を持っている説明がつくまい」


 ナハトはフン、と鼻を鳴らす。


「まあ、魔族にしてはその『化けの皮』とかいうスキルも光属性の魔法を操れることも珍しい例ではある。それで正体を隠して自らを勇者に仕立て上げ、ニンゲンに取り入って俺と戦ってきたのだろう」


「ああ……そうとも。光属性を扱う魔族なんて異端扱いされて終わりだ。魔王になろうにも、お前のせいで何千年も魔王に成り上がれなかった。僕は王国にも魔国にも居場所なんてなかったんだ」


 しかし、正体を暴かれてもなお、モルゲンは見苦しく人間に縋る。


「たとえ僕が魔族だとしても、人間のために戦ってきた僕は真の勇者に変わりないだろう!? 僕は王国のために命をかけてきた! 姿が魔族だからって、君たちは僕を否定しないよね!?」


 異形の姿をしたモルゲンは王国民に近寄るが、彼らの目は明らかに怯えていた。

 ソフィアは冷静に指摘した。


「魔族でありながら魔国を裏切ったやつは、いつか今度は王国を裏切る」


 ソフィアの言葉に、「黙って言わせておけばァ……!」とモルゲンが牙を剥いて激昂する。


「ああ、そうかよ。お前らも僕を否定するんだ。なら、真実を知った王国も魔国も、全部消し去ってやる!」


 異形と化したモルゲンは、無差別にその場にいる人間や魔族に襲いかかろうとする。


「させない!」


「ソフィア、アレを放置していてはまずい。ともに討ち滅ぼすぞ。初めての共同作業だな」


「今そういうのいいから!」


 ソフィアとナハトは協力して、モルゲンとの最後の戦いに挑むのであった。


〈続く〉

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