第13話 魔寄せの娘、思わぬ人物の正体を知る

 ――ソフィアは、ある人物に対して、疑問があった。


 それはとても小さな違和感で、注意していないと気付かないほど些細なことで。


 しかし、その不審感の正体に気付いてしまえば、もう戻れない。


 ――魔国マーガは、激戦区になっていた。

 魔王ナハトと、フィロの率いる『魔国攻略部隊』の熾烈を極める戦い。


「ニンゲン、か弱き者共! ソフィアを返せ!」


 ナハトの力は強大で、魔力で黒い雷を起こし、辺り一帯の攻略部隊を焼き尽くした。


「ナハト、もうやめろ! これ以上、お前が人間を傷つけるのはダメだ!」


 ソフィアの叫びは激昂したナハトの耳には届かず、近くにいるフィロもあえて無視をしているように思えた。

 やがて攻略部隊は全滅し、ナハトは「最後はお前だけだ」とフィロに剣を向ける。


「よせ、ナハト! フィロさんは剣も握れない身体……で……?」


 ここでようやく、ソフィアは違和感の正体に気付いてしまった。


「……フィロさん。さっき、私の手を引いて、ここまで走って逃げてきましたよね?」


 フィロは買い物のときだって、ソフィアが手を引いてやらなければ握力もなかったはずなのに。


「それに、あのとき……私が宿屋を逃げ出したきっかけになった揉め事のときにも、パーティーの仲間の手首を握ってた……」


 ソフィアはだんだん、自分の中で抱えていた違和感、パズルのピースがはまっていくような感覚に囚われた。


「そうだ、そいつは嘘をついている。そいつにはもう俺の呪いが残っていない。いや、そもそもお前、呪いが効く体質なのか?」


 ナハトはフィロに剣を突きつけたまま、真正面から彼を見据えた。


「答えろ、得体のしれない剣士よ。お前は何者だ?」


 フィロは少しうつむいたあと、「あはは」と顔を上げて笑った。


「あーあ、変なところでボロを出しちゃったなあ……」


 彼は爽やかに苦笑いを浮かべていた。まるでいたずらがバレた子供のようだったが、それすらもソフィアには不気味に見えた。


「ふぃ、フィロさん……あなたは……『何』なんですか……?」


 怯えるソフィアに、フィロは微笑みを崩さない。


「僕はそこの魔王の対になる存在だよ」


「対になるだと……? ではお前も何千年も前に『発生』した個体か?」


 ナハトはフィロの言葉に怪訝な表情を浮かべる。


 魔王ナハトは何千年も前に『発生』し、その悪行は遥か昔からあらゆる歴史書、神話、伝説に名を残している。

 フィロの言葉を信じるなら、彼もまた、魔王と同時期に『発生』した神話上、伝説上の存在なのだ。


「だが、おかしい。俺はお前を全く知らない」


 そう、神話や伝説でフィロのことが書かれた記述はない。


「そんなことはないさ。ただ僕は、『化けの皮』で姿かたちを変えて何度も君の前に立ちはだかってきた。『勇者』としてね」


 勇者。魔王ナハトが出てくる神話や伝説で、魔王に抵抗し、そのたびに王国に平和をもたらしてきた人物。

 それは人間とされてきたことから、複数人存在すると思われていたが、まさかそのすべてがフィロだというのか?


「だって、魔王に勝てる人間なんて僕くらいしかいないだろう?」


 フィロはクスッと笑う。


「覚えておくといい、魔王ナハト。僕の真の名はモルゲン。君の侵略を何度でも防ぐ男の名だ」


「モルゲン……。ああ、その名は聞いたことがある。『日の出の守護者』とか呼ばれていた勇者か」


 ナハトは忌々しそうに目を細め、フィロ――いや、モルゲンを見つめる。


「だが、なるほど。お前が存在することで、俺もわかったことがある」


「なんだい?」


「お前、俺に罪を上乗せしていただろう」


 ソフィアは意味が理解できず、ナハトとモルゲンを交互に見やる。モルゲンは何も言わず、微笑むのみである。


「おかしいとは思っていた。俺は確かに暴虐を振るったとも。だが、勇者から突きつけられた俺の罪状は、俺が犯した過ちよりも遥かに大きかった」


 襲った村や街の数。殺された人々の数。略奪されたという宝物の量は、ナハトの記憶していたものよりもさらに水増しされていたという。


「そのときはてっきり、ニンゲンが俺憎さに罪を上乗せしていたのかと思ったが、そうかそうか。お前が犯した罪も俺に着せていたんだな」


 勇者とて強盗を殺すことはあろう。必要なお金が足りずに王の威光を借りて人々から巻き上げた財もあるだろう。

 しかし、モルゲンはそれらの責任の所在を、すべてナハトになすりつけていたのだ。

 モルゲンとナハトは敵対する関係ではない。むしろ、モルゲンがナハトを利用する関係だったのだ。

 そして、モルゲンは今回もナハトを利用することにした――魔寄せの娘を餌にして、魔国に攻め入り、滅ぼす大義名分を作ったのである。


「そんな……私まで利用していたなんて……」


「勇者……相変わらずいけ好かぬやり口だな」


 怒りに打ち震えるソフィアとナハト。

 そこへ、魔国の門の方向からときの声が聞こえてきた。


「ああ、王国からの援軍がようやく到着か。じゃあ、あとは彼らに任せればいいね」


 にこやかに、モルゲンはソフィアの手首を掴む。


「なにを……! 離してください!」


「はいはい、抵抗しない。僕は君を颯爽と救い出して王国からの報奨をもらう手はずになっているんだから」


「貴様ァ! ソフィアに触れるな!」


 ナハトは激昂する。


「お得意の魔法で僕を焼き尽くしてもいいけど、ソフィアも巻き添えにしていいのかい?」


「くっ……」


 ナハトは手出しができず歯噛みする。これではまるで人質だ。

 ソフィアはあっという間に無理やり馬車に乗せられ、馬車は王国までソフィアを連れ帰るため、疾走を始める。


「ナハト! ナハトー!」


「ソフィア!」


 ソフィアは何度もナハトの名を呼ぶが、それもむなしく、馬車はナハトを置いて走り去ってしまうのだった。


〈続く〉

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