第41話 無理(SIDE:空)

「勇者も、聖女も、今まで何人も見てきた。我の力の前では所詮ザコよ」


 リオナの目が赤く光り、彼女の手の剣はさらに大きくなっていく。どうやら、血を吸うほどに強化されていくらしい。


「そんなザコと私たちを、一緒くたにされては困りますね……」


 シエルも自身の魔力を結晶化させた虹色の剣を構えた。


「お前の相手は俺だ! こっちを見ろーっ!!」


 さっきまで、リオナの背後で膝をついていたはずのゼクスが立ち上がって叫んだ。腹部から出血していたはずだが、今はその傷は完全に回復していた。


(ゼクス……あの森で腕を切断された時も、一瞬で回復していたわね……)


 彼が回復魔法を使ったわけではないのは、魔力の動きに敏感なシエルはわかっていた。となれば、ゼクスの体そのものが、すさまじい速度で自己再生しているということ。


(だったら、私は自分の回復と、攻撃に専念すればいいわねっ!)


 リオナがゼクスを振り返り、二人の剣がぶつかり合う。剣戟によって生じた衝撃波が放射状に広がり、シエルの髪をなびかせた。


(大聖女ですって? ぷっ、まんまと騙されたようねっ! 世界最強の魔女の力、見せてあげるわっ!!)


 剣を強く握ったシエルの体が、虹色の残像を残しながら一瞬でリオナとの距離を詰める。


 ――『虹魔法・伍式・改・天魔竜衝斬』


 放たれた虹色の斬撃が七つに分裂し、それぞれがドラゴンの姿になってリオナの体に襲い掛かる。


「ぬるいわっ!」


 刹那、リオナの体から幾筋もの赤い糸が飛び出し、格子状になって体を守るように包み込んだ。

 光のドラゴンが赤い糸に触れ、次々と爆発する。


(ちっ、防がれた!!)


 リオナが振り返り、シエルに向かって剣を振った時。


「うおおおおお!!」


 ゼクスが咆哮を上げ、漆黒のオーラをまとった拳が赤い糸の壁を貫き、リオナの胸に突き刺さった。

 ゼクスの目が青白い光を放つ。


「つかんだぞッ!!」


 彼の黒い腕がシエルの心臓を掴んで体から引き出し、グシャァッ、という音を立てて握りつぶした。


「ぐっ! おのれ!」


 リオナが血を吐いて、剣が止まった瞬間――すかさずシエルはその剣を払い、返す刃で斬撃を放つ。


「今度こそ死ねえええっ!!」


 金色に輝く剣が、リオナの首を切断した。

 だが、宙を舞ったその首は、ニタニタと不気味な笑いを浮かべていた。


「面白い、他のザコとは違うようじゃな。ならば、我も少しばかり本気を出すとしよう!」


 瞬間、シエルは全身の血が逆流したかのような恐怖を感じた。

 首を失ったリオナの体から、今まで感じたことがないレベルのすさまじい魔力がみなぎったのだ。


(ゲッ、まずい!!)


 シエルはとっさに防御魔法を発動した。


 ――『虹魔法・四式・極光障壁』


 それとほぼ同時に、リオナの体が大爆発して、灼熱の炎が竜巻のようになって吹き荒れた。


「うわああああっ!!」

「あっちっちぃーっ!!」


 それまでその異次元の戦いを見守っていた鬼兵士たちが叫びながら逃げ惑った。


 爆発によって壁や天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。


(あんにゃろ~っ! 滅茶苦茶やってくれるわねっ!)


 シエルは爆風の中、ゼクスの腕を掴んで疾風魔法で飛行して、廊下の先に向かった。


「シエル、また守ってくれたんだな……ありがとう」


 ゼクスが申し訳なさそうにうつむく。


(もう~、そんな顔しないでよ! ゼクスらしくないんだから!)


「当然です。勇者を守るのが、大聖女である私の役目ですからね!」


 安全な場所まで来ると、シエルは着地した。


 魔王城の中は迷路のように入り組んでいて、今どのあたりなのかは検討もつかなかったが、相変わらず不死者がうじゃうじゃと大量にさまよっている。

 二人はそれらを片っ端から焼き払いながら、廊下の先に進んでいく。


(それにしても、あのリオナって奴……まさか、私たちで二人がかりでも倒せないなんて……あれ? 一人で何回もアイツの首を斬ってたスズって、実はめっちゃ強い……? いや、あんな野蛮人が、最強の魔女の私より強いはずがないでしょ! 大体、あのリオナって奴、不死者のくせに、太陽の剣で首を斬っても死なないってどうなってるのよ! 不死身すぎるし、完全にチートじゃないの!?)


『今から倒そうとしている敵は、逸脱した存在。まるで常識が通用しない相手です。あなたたちでは、絶対にソレを殺すことはできません』


 そんな、オルルカの言葉が脳裏によみがえる。


(もう、逸脱どころじゃないっての……アイツ、こうなることを知ってたなら、ちゃんと教えてよねっ!)


「シエル、見ろ!」


 ゼクスの声に振り返ると、彼は廊下の脇を入った、少し広めになった空間を指差していた。


 その指差す先には、地下に通じる階段があり、そこからまがまがしい瘴気が溢れ出すと同時に、次々と不死者が這い出してくる。


「なるほど……この魔王都の大惨事の元凶はここみたいですね」


(魔王都……?)


 シエルは、自分で言ったその言葉に、違和感を覚えた。


 そして、魔法関係の本を読んでいた時に見た、勇者の伝説を思い出す。


(そうか……20年前に魔王を倒した勇者は、赤の魔剣……『冥府の魔剣』を使っていたと言われているわ。そして、魔王を倒した直後、転生者だった勇者は元の世界に帰った。となれば、残された魔剣はどこに……?)


 彼女は確信を得たように、目を光らせた。


(冥府の魔剣は、存在そのものに攻撃する『存在破壊』の剣……たとえリオナが不死身だったとしても、存在自体を破壊すれば、倒す事ができるかもしれない……だったら、今は一旦、逃げて、まずは魔剣を探して……)


「まだ戦いは終わっておらんぞ?」


 いつの間にか背後の廊下にリオナが立って笑っていた。さっき首を斬ったはずなのに、完全に再生して、傷一つなくなっている。


「さあ、もっと我を楽しませてみろ。死にたくなければな」


(まずい、まずい、今はまずいって!!)


「シエル、下がっていろ。こいつは俺が倒す」


 ゼクスが大剣を両手で構え、シエルの前に出る。


(いや、倒すって言っても……こいつは不死身なのよ? 二人がかりでも倒せなかったのに、どうやって一人で倒すっていうのよ!? まさか、私を守って死ぬ気なの!? そんなの……絶対イヤなんだけど!!)


「ゼクス――」


 逃げよう、と言いかけた時。


 地下へと続く階段から、突然黒い影が飛び出し、ものすごい速さでリオナに飛び掛かった。


 ガギィン、と金属がぶつかるような音が響いた時、シエルはその黒い影の正体に気づいて目を見開いた。


「スズ!?」


 しかも、彼女の持っている、歪な形をした赤い剣。そこから漂う、独特の不気味な魔力は――。


(まさか、冥府の魔剣!? スズ……こいつ、マジでヤバイ!! 私、こんな奴を殺そうとしてたなんて! 危な過ぎでしょ!!)


 シエルは青ざめて、震える手で口元を抑えた。


(私がコイツを殺すなんて無理よ! こんな化け物みたいな奴……私が勝てるわけがない。殺せるわけがない。でも……味方だったら、こんなに頼もしい奴はいないわ! 化け物同士、スズだったら……あの不死身の化け物を倒す事ができるはず!!)


「ククク……待っておったぞ、スズ!」

「へへへ、お待たせ~」


 リオナが嬉しそうに目を見開いてニヤリと笑い、スズも笑みを浮かべて瞳を輝かせた。


「さあ、生きるか死ぬかの戦いだ。本気を見せてよ、リオナ!!」

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