第二章:要塞都市プルートを奪還せよ!

第14話 『野営』

 かつては人間族にとって守りのかなめだった『要塞都市プルート』は、魔王軍に占拠されたことにより、一変して人類最大の脅威になった――。


 まあ、その魔王軍が占拠する時に一番活躍したのが私なんだけど(笑)


 ゲイルフォン率いる魔王軍の部隊は、プルートで私を待ち構えているはずだ。

 まさか、今度は勇者パーティとして、攻めることになるなんてね。


「これが、一粒で二度おいしいってやつか」

「何がおいしいって?」


 一人でニヤニヤしていた私に、ゼクスが声をかけてきた。


「別に、なんでもないけど」

「そっか。ところでスズ、もう暗くなってきたし、そろそろ野営をしないか? お腹も空いたし」


 たしかに彼が言う通り、もう空には月が浮かんでいた。

 右手に広がる大陸最大の湖『紅の海』の水面はキラキラとした夜空を反射して、幻想的な景色が広がっている。


「あっしもゼクスの兄貴に賛成です。スズ様。俺たちが湖で魚を釣りますから、ここで食事にしましょう」


 うしろを歩いていた鬼兵士が提案した。

 ああ、そういえば全然、ご飯食べてなかったなぁ。

 そう思うと、私は急に空腹をおぼえて、お腹がグゥ、と音を立てた。


「スズ、お腹が鳴ってるじゃないか」

「本当だ、皆の衆、スズ様のお腹の音でござるぞ!!」

「アホか!」


 私は二人をギロリと睨んだ。もう、仕方ないなぁ。


「まあ、どうせプルートまではまだ一日かかるからね。じゃあ、ここでキャンプとしようか」

「「「「やったー」」」」


 ゼクスを含め、私以外のほぼ全員がバンザイをした。ゼクスと鬼兵士にいたってはハイタッチまでしている。コイツら、いつの間に仲良くなったんだろう。


「兄貴~またあとで、スズ様の昔の武勇伝を聞かせてくださいね」

「ああ、まだまだ面白い話がたくさんあるぞ」


 うん!? なんでゼクスが私の昔の話なんか知ってるんだよ!


「ゼクス、ちょっと来い!」


 私はゼクスの腕を引っ張った。

 そのうしろで鬼たちは、魚釣り、キノコ拾い、テント設営、調理の4チームに分かれて行動開始していた。びっくりするくらい連携がとれている。


 集団から十分距離をとったところで、私は彼の腕を離した。


「ゼクス。あんた、あいつらに一体どんな話をしたんだ?」

「どんなって……たいした話はしてないぞ。お前が小学校の時に、中学校に乗り込んで男子をボコボコにした話とか、中学の時に隣町の男子高校に乗り込んで番長グループをボコボコにした話くらいだよ」

「……」


 まったく意味が分からない。『バンチョウ』ってなんだよ。コイツ、顔だけは超絶イケメンなのに、中身はマジでやべぇ奴じゃん。


「あのさぁ、いい加減にしてくれる? そんな記憶、私にはないし、あんたが知ってる『スズ』って奴と私は、まったくの別人なのよ」

「スズ……そっか、そうだよな……」


 ゼクスは目をウルウルさせて、コクコクと頷いた。やっと理解できたか。


「女の子だし、あんな黒歴史は記憶から消したいって思ってたんだな」

「いや、なんでだよ!」


 勘違い野郎もここまで来るとすがすがしいくらいだ。すがすがしくないけど。


 私はため息をついて、湖のほとりに腰を下ろした。


「あんた、前に『この世界』って言ってたけど、もしかして本当に、異世界からこの世界に転生してきたの?」


 一応、伝説では聞いたことがある。


 神に選ばれた『勇者』という存在は、元は異世界の住人であり、向こうの世界で死んだ人間の中で神に選ばれた者だけが、この世界に転生するって。


 たしか、20年前に魔王を倒した『伝説の勇者』も、異世界からの転生者だったのでは、って言われてるんだよね。当時のことはよく知らないけど。


「そうだよ。俺は新宿でお前と別れてから、帰り道で猫がトラックにひかれそうになっているのを見て、助けようとしたら、逆に俺がひかれて死んでしまったんだ」

「なにその最高にダサい死に方……前も言ってたけど、『トラック』って何?」

「ああ、荷物を運ぶ乗り物、って感じかな。というかスズ、トラックもわからないなんて……本当に、向こうの世界の記憶は一切、ないのかよ?」

「いや、だから。何回も言うけど、あんたが知ってる奴と私は別人なんだって」

「ええっ……だって、顔も性格もそっくりなのに……名前も同じだし……まあ、髪の色と目の色は変わってしまってるけど……それは異世界転生にはよくあることだと思うし……」


 ゼクスは腕を組んで、ボソボソとうわ言みたいに呟いた。

 髪の色と目の色が違ったら、もうそれは別人のような気もするけど。


 そもそも生まれた時から親の顔も知らず、孤児院を脱走して盗賊になった私は、生粋きっすいのこの世界の住人だ。勇者でもなければ、転生者でもない。だからって、いちいち私の過去の話なんて、コイツにする気はないけどさ。


「まあでも、名前が同じで、見た目まで似てるってことは、何かしら私に関係はあるのかもしれないね。ちなみに、ソイツとあんたは、どういう関係だったの?」

「恋人同士だ」

「こっ……!」


 なんとなく、そうだろうとは予想していたけど、いざハッキリ言われると焦るなぁ。めっちゃ真顔だし。


 私は湖に映った星空を見ながら、ポリポリと頬をかいた。


「じゃあ、あんたはその人のことが好きだったんだね」

「だった、じゃない。今でも好きだ」

「……。で、でも、その人は向こうの世界で生きてるんでしょ? 生きてる人間が転生はしないよね」

「それは……」


 珍しく、ゼクスは言葉に詰まった。彼は何かを言いかけて、少し考えていたみたいだったけど、結局、言うのをやめたらしい。


 彼は私の隣に座って、私と同じように水面の星空に目を向けた。


「もし、お前が言うように、俺の知ってるスズとお前が別人だったとしても、俺はお前のことを守りたい――いや、絶対に守るって決めたんだ。この世界で、お前と最初に会った時に」

「私を、守る……?」


 私は横目で、彼の整った横顔を盗み見た。


 やれやれ、あんたに守られるほど、私はか弱い女の子じゃないんだよなぁ。まあ、気持ちは少しだけ、うれしいけどさぁ……迷惑なほうが大きいけど。


「おーい、スズ様ぁ、兄貴ぃ、メシができましたよ~!」


 鬼兵士が向こうで叫んだ。そういえば、さっきから魚とキノコが焼ける、いい匂いが漂ってきていた。


「やったぁ~。あ、そうそう、ゼクス」


 私は立ち上がってから、彼をジロリと見た。大事なこと言うの忘れてた。


「あんたの知ってるスズが私とは別人ってのはハッキリしたわけだし、勝手に変な武勇伝をアイツらに言いふらさないように!」

「えーっ、マジか。面白いのに……」


 しょんぼりしてついてくる彼を見て、私は思わずクスっと笑ってしまった。


「まっ、そんなに誰かに話したいなら、私が聞いてあげてもいいよ。暇だったらね~」

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