第12話 白髪の美少女(SIDE:空)

 人間が魔王軍の侵攻を防いだ翌日。

 壊れた城壁が改修される様子を、石段に座って眺めながら、シエルはパンをむしゃむしゃ食べていた。


 「いやぁ、さすがは勇者様が率いる騎士団だよなぁ。魔王軍を返り討ちになさるなんて」


 商人風の男が二人、飲食店の店先で話している。


 「そうだな。下手したら、今頃はこの王都も滅びていたかもしれないからな」

 「おい、不吉なこと言うなよ。そんなのは、言わないだけで、みんなわかってるんだからさ……」

 「ああ、悪い。そうだ、お前は知ってるか? 昨日、魔王軍を返り討ちにしたのは、騎士団じゃないって噂」

 「えっ、なんだよ、その面白そうな噂。騎士団じゃなかったら、誰だっていうんだ?」

 「正体はわからないけど、謎の白髪はくはつの美少女が敵のボスを倒したって噂だぞ」

 「えっ、マジで? なんだよ、その絵本みたいな話。ぜってー嘘だろ」


 その会話を聞くともなしに聞いていたシエルの眉が、ピクリと反応する。


 (白髪の美少女? 確かに、中二病のキモオタが書くラノベの主人公みたいな奴ね。そんなのが実在するとは思えないけど。あ、そういえば、あのスズってヤツも白髪だったわね。美少女とは程遠いマウンテンゴリラだけど~)


 「なんでも、勇者様がピンチになった時に彗星のごとく現れて、そのピンチを救ったとか……まるで天使みたいだよな」

 「確かに、それが事実なら、神の使いなのかもしれないな。そんなに強いなら、魔王もぶっ殺してくれたらいいんだけどなぁ……」

 「ああ、意外とそれ、現実になるかもしれないぞ。噂だと、勇者様は魔王軍を追ってプルートのほうに向かって行ったらしいからな」


 (え?)


 シエルは、その言葉を聞いて、ハッと顔を上げた。


 (そういえば、昨日のアレから、ゼクスの姿を見てないわね。騎士たちに聞いたら、戦いのあとだから休息しているって話だったけど……よくよく考えたら、あのクソ真面目なゼクスが、そんなに休むとも思えないし……まさか!?)


 彼女は急に立ち上がり、疾風魔法で街を駆け抜け、騎士団の訓練所に向かった。


 訓練所では、『岩石戦士』の二つ名を持つ、三銃士の一人、ロッキーがちょうど部下たちに訓練指導しているところだった。


 「ロッキーさん、少しお時間よろしいでしょうか?」


 シエルが空気も読まずにいきなりそう声をかけると、ロッキーは律義に敬礼をしてから頷いた。


 「これは大聖女様。もちろん大丈夫です。どのようなご用件でしょうか?」


 二人は訓練所から出て、前庭の広場に移動した。


 「昨日から、ゼクスの姿が見えないですね。あなたなら、彼がどこにいるのか知っているのではないですか?」


 彼女がそう尋ねると、一瞬、ロッキーの眉間に陰がさした。


 「ゼクス様は、しばらく休養されるそうです。なので、そのあいだは、私とアクセルが騎士団長代理として、何かあれば対応します」

 「……ロッキーさん、質問の答えになっていませんね」


 シエルは、女神のような微笑をロッキーに向け、首を傾げた。


 (この木偶の坊がっ! ゼクスがどこにいるか教えろって言ってんのに、よくも話をはぐらかしてくれたわね! これは明らかに怪しいわ……)


 「ロッキーさん、単刀直入に聞きますが、ゼクスは魔王軍を追って、城壁の外に出て行ったのではないですか?」


 核心をつく質問に、ロッキーは観念したようにため息をついた。


 「さすが大聖女様、お気づきになられていたのですね。確かにゼクス様は、魔王軍を追って行かれました。私は引き止めたのですが『愛する人を守るためだ』と言われてしまっては、それ以上は何も言えませんでした。私も、その気持ちは痛いほどわかりますから」


 彼は首から下げたロケット首飾りを大事そうに握りしめた。


 「愛する人、ですか……」


 そう呟いて、シエルは頬を赤らめた。


 (もう、ゼクスったらぁ~。そんなこと言っちゃったら、私たちの『勇者と大聖女の禁断の恋』がバレバレになっちゃうじゃないのよぉ。でも、そっかぁ……あなたは私を守るために、魔王軍を滅ぼす旅に出たということね。その気持ち、すごくうれしいよ……でゅふふ)


 コクコクと頷いてから、彼女はふと、さっきの商人たちの噂話を思い出した。


 「そういえばロッキーさん、街で妙な噂を耳にしたのですが、昨日の戦いの際に、白髪の――少女が敵を倒したと。あなたは何かご存じですか?」

 「あ、はい! 実は恥ずかしながら、私は敵の大型ゴブリンの攻撃で気を失ってしまったのですが、気がつくと目の前で、白髪の美少女がそのゴブリンと戦っていたのです」


 ロッキーは、急に目をキラキラと輝かせた。


 (この人まで美少女って言っちゃうんだ……というか何者なんだろ、そいつ)


 「そして、圧倒的な力で敵を打ち倒した。あの美少女はきっと神の使い……いや、勇者様を勝利に導く、勝利の女神なのかもしれません!」

 「は、はぁ……」


 (なんかすごい高評価ね。むしろ、その評価は私にこそ相応しいと思うんだけど?)


 「本当に強く、気高く、美しい。私もあと20歳、若かったら……おっと、こんなことを言ったら、妻や娘に半殺しにされますね、ハハハ。ともかく、本当に奇跡のような存在ですよ、あのスズ様は」

 「えっ……はあ!?」


 (スズって、あのスズ? なんであんな、野蛮なオランウータンみたいな奴がそんなに高評価なのよっ!)


 「というわけで、ゼクス様が一人で行かれるということでしたら、私は死んでも行かせませんでしたが、スズ様も一緒ということでしたら、きっと大丈夫だろうと思いましたので」

 「えっ? ゼクスと一緒に、その、スズも一緒に魔王軍を追って行ったの?」

 「はい。ですので、ゼクス様はきっと無事ですから、ご安心ください!」


 (安心できるわけねーだろ、バカ野郎! なんでそれをさっさと言わないのよ!)


 シエルはロッキーを無視して全力で駆け出した。


 (あのクソ女……私とゼクスの仲を引き裂いて、横取りしようって作戦ね。そっちがその気なら、こっちも容赦しないわよ!!)

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