第29話 カンピージョス国際ピアノコンクール・中

 コンクール当日、私はドレスに着替えていた。

 お祖母ばあちゃんの着物をリメイクしたドレスは目立つと思うの。

 頭は花魁風に盛りまくり花が咲き誇ってるよ。

 この衣装にしたのは容子まさこさんだ。目立ってこいって事なんだろうなぁ。

 「燈由ひよりちゃん、目を閉じてね。」

 真由美さんの言葉に従い目を閉じる。

 それにしても 海外遠征こんな時まで付いて来てくれる真由美さんは女神だと思う。

 「燈由ひよりちゃんの演奏とっても楽しみにしてるわね。」

 うふふ♡と楽しそうな真由美さんに

 「容子まさこさんからチケット貰ったんですか?」

チケット渡したっけ?と思い確認してみる。

 「うん、スペインまで付いて来るお礼だって!ホテルにも無料ただで泊まれるし、燈由ひよりちゃん様々だよ!演奏する曲は何にしたの?」

 「課題曲がベートーヴェン『ピアノソナタ』第11番 変ロ長調で、自由曲はベートベン交響曲 No 5『運命』だよ。」

 「ベートーベンの運命かぁ~てっきり月光を選ぶのかと思った。」

 そーっすね、私の代表作と言っても過言ではないもの。容子まさこさんの反対を押し切って『運命』にしたのには訳がある。

 世間的の私のイメージは清楚な大和撫子やまとなでしこらしい。『月光』なんてそのイメージにピッタリではないか!!

 高校卒業してもズルズルと芸能界に足止めされる可能性があるからイメチェンをしたいと思ってる。

 激しい曲調だって奏でられる所を見せ付けねば!!

 「あら?燈由ひよりちゃん、凄く綺麗になったわね。」

 様子を見に来ていた容子まさこさんのお世辞に

 「真由美さんの腕が良いのよ。何で花魁なの?」

疑問をぶつけてみた。

 「日本って感じがするし、私は此処よ!!ってアピール出来て一石二鳥でしょ?」

 あ、やっぱり目立ってこいと言う意図は合ってたんだね。

 「頭が重いけどね。」

 「良いパフォーマンスを期待してるわよ。」

 頭が重いって言う私の苦言は無視スルーですか……そうですか――…




 ピリっと緊張感に包まれる会場にどんな音色を奏でてくれるのか楽しみだ。

 私はカンピージョス国際ピアノコンクールの審査員をしている。

 毎年、この場で才能を花開かせる者達の音楽を聴くのが私の楽しみでもあった。

 そんな私が注目しているのは、東洋の真珠と謳われる少女だ。

 彼女はよわい12歳でプロピアニストとして日本で活躍しているという。そしてこのコンクールが初の国際コンクール出場という晴れ舞台になるのだ。

 彼女のCDを聴いたが、とても12歳が奏でる曲とは思えないほど人の心に訴え掛ける物があった。

 「私は今年の審査員になれて幸運だな。」

 ポツリと零した独り言がマテオに聞かれてしまったようだ。

 「目ぼしい奴でもいたのかい?」

 マテオは自分にも他人にも厳しい奴だからこそ、甘っちょろい演奏が流れると不機嫌になる困った奴だ。

 「君は知らないかもしれないけど、東洋の真珠と呼ばれる少女だよ。」

 「東洋の真珠ぅ?」

 胡散臭そうな表情かおをしないで貰いたい。

 「彼女の実力は私が保障しても良い。どんな演奏をしてくれるのか今から楽しみなんだ。」

 「甘い採点してるんじゃないだろうな?」

 胡散うろん気に私を見るマテオに

 「そこまで耄碌もうろくしちゃいないさ。さてそろそろ始まるぞ。」

私は書類に目を落とした。

 出場する者達の技量は他のコンクールよりも高いのが解る。

 「次は私の最推しの子の番だよ。」

 マテオにパチンとウィンクをすれば溜息を吐かれてしまった。

 登場した彼女は東洋のお姫様とした恰好をしていた。

 「此処はお遊戯会じゃないんだぞ。」

 憮然とした表情かおをするマテオに

 「日本の遊女の恰好だね。確か…花魁と言ったかな。ふふ、日本だと大和撫子やまとなでしこと言われているけれど――…どういう意図なのだろうね?」

 彼女が椅子に座り鍵盤に指を這わせる。

 彼女の自由曲はベートベンの交響曲No 5『運命』だった。彼女の代表作と言えば月光だが――…

 力強いピアノの音の奔流は室内に荒れ狂う。テクニックも申し分ない。

 彼女の弾く『運命』に私の意識はのめり込んで行く。

 運命がドアを叩く音というベートベンの意思を反映したように力強くも美しい音色が私の心を揺さぶった。

 CDで彼女の曲を聴いていたが、生で聴くのでは大違いだ。

 彼女のような素晴らしいピアニストに出会えて私は感動して涙を流してしまった。

 まさに彼女が選曲した『運命』は神が与えたもう奇跡の一つだと思ってしまう。

 うっとりと彼女の曲を聴き入っていたが終わりは来るもので、彼女は最後の一音まで丁寧に弾きこなしたのだった。

 「あぁ――…何て素晴らしいんだ……」

 隣から彼女への賛辞が聞こえて嬉しくなる。

 国際コンクールという場所に出た彼女は、今まで以上にピアノを奏でてくれるだろう。

 彼女の後に演奏する者達を哀れに思ってしまう。

 今、この瞬間から秋月あきつき燈由ひよりが演奏の基準となってしまったのだから――…

 


 優勝?それは勿論、秋月燈由東洋の真珠だよ。

 あぁ――…是非、私ともセッションしてくれないだろうか?

 コンクールが終われば、一緒にコンサートしたいと事務所に依頼を出すのも良い。

 彼女のような人を虜にするピアノと連弾してみたいものだ。

 ダニエル・ド・カロは夢想するのであった。

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