第70話 地下の秘密 1
ワイバーンの肉を串にさして、塩だけの味付けで焼いて食べたが、驚くほど美味しかった。鶏肉に似て淡白で、しかも脂が上質で全く臭みも無かった。今後、ワイバーンを狩る楽しみができたな。
さて、夕食後、俺はたき火の側に座って《ロイド・メンデスの手記》を読み始めた。ゾンビに変えた存在について、何か書かれているかもしれないと考えたからだ。
手記は日記形式で書かれていた。最初の日付は何年前のものか、ロードス王国の暦が分からないので不明だが、紙の劣化具合から見て三年以上前だと思われる。
『王国歴855年 7月4日
いよいよ今日から本格的な地下遺跡の調査が始まる。二か月前、地下への入り口が見つかって、騎士団を中心に予備調査がおこなわれたが、遺跡の周囲にはかなりの数の魔物がいたらしい。ただ、幸いなことに地下には今のところ魔物は発見されていない。むしろ、心配なのは、バルロ法王を中心とする国教派の妨害だ。まあ、それは宰相が何とかしてくれるだろう。
7月6日
第一層部分の調査が終わった。中央にある大広間は、宗教関係の儀式が行われた場所のようだ。祭壇の上には四本の手を持つ女神像が鎮座し、その手には赤、青、黄、紫の四つの宝玉を持っていた。今まで文献で見たことのない女神像だ。かつてここに栄えたという、ジャミール国で信仰されていた女神だろうか。明日からの第二層の調査が楽しみだ』
こんな感じで、最初の方は発見物や考察などが書かれていて、ゾンビやそれを使役する者のことは何もでてこない。だが、7月13日の日付のページに、初めて異常な事態が起きていたことが分かる記述が見られた。
『7月13日
三層目の調査二日目だ……(中略)……また、レスターが奇妙なことを言い始めた。我々が地下に入ってからずっと、何者かに監視されている、というのだ。彼は昨日も同じことを……(後略)』
その後の手記には、調査隊が数々の原因不明のアクシデントに見舞われたことが書かれていた。後の方になると、他の隊員たちもレスターのように何か不吉な存在を信じる空気になっていったようだ。
そして、ついに調査隊にとってのXデーとも言うべき日が突然訪れた。7月18日、手記の字は初めから乱れ、殴り書きのような感じで切れ切れの文が連ねられていた。
『7月18日
まさかあの二人が裏切り者だったなんて ああ、もう時間がない すべては奴らの陰謀だった 神よ』
♢♢♢
俺は、ため息を吐きながら手記を閉じた。彼らに何が起こったのか、具体的なことは分からない。だが、この手記がはっきり教えてくれたことがある。
(彼らをあんな姿にしたのは、魔物じゃないな。まず、間違いなく人間だ。そして、その人間は、この国の宗教関係者だろうな)
『はい。手記に出てくる法王バルロ、彼の手の者の可能性が高いです』
(なあ、人間を殺した後、ゾンビにして使役する魔法ってあるのか?)
『あります。死の直後の魂を補足、闇属性を付与して従属させた後、死体に戻し、使役します。その闇の魔術を使う魔法使いを〈ネクロマンシー〉と呼びます』
そうか、ネクロマンサー(シーか)って、魔物じゃなく、生きた人間の魔法使いだったんだな。
(なぜ、調査隊をゾンビにする必要があったんだろう?)
『あくまでも推測ですが、地下二層、三層に秘密があるのではないでしょうか? その秘密を守るために、彼らを殺し、しかもこの遺跡を守るための兵隊にした、そう考えた方が合理的です』
(ああ、胸糞悪くなるが、納得できる筋書きだな。さて、どうするか……)
『地下二層、三層に何があるか、調べましょう。それで、我々の手に負えない、あるいは何の得にもならない物だったら、退散しましょう』
(うん、そうだな。調査隊の仇を討ってやりたいが、わざわざ国家のもめ事に首を突っ込みたくはない。よし、じゃあ明日は正式な入口から入って、地下を調べよう)
俺はそう心に決めると、すでに星が瞬き始めた外へ出て草原で用を足した。トイレは明日の調査次第で、作り直すかどうか考えることにしよう。
洞穴の中は暗いせいか、翌朝、日が高くなっても俺は目を覚まさなかった。ようやく目が覚めたのは強い尿意を覚えたからだ。俺は起き上がると、明るい外界へ出て行った。森の近くまで行って、土魔法で穴を開け用を足した後、水魔法できれいに洗い、また土魔法で穴を埋める。魔法は本当に便利だ。
ねぐらへ帰って、ワイバーンの肉を焼き、パンにはさんで食べた。朝食後、俺は予定通り、周囲を探索しながら、正式な入口を探した。そして、それはすぐに見つかった。俺のねぐらのちょうど反対側、大量の石の瓦礫の山の下にあった。一応大きな石材で塞がれていたが、気を付けてみればそこが入り口だとひと目で分かった。
俺は、石材を一人分入れるくらいに少しずらして、中に潜り込んだ。当然真っ暗だったので、すぐにライトの魔法で明かりを灯した。
入口から少し入った所に、下へ行く階段があった。恐らくゾンビにさせられた調査員たちは、この階段の下辺りで侵入者を襲うように指示されていたのだろう。
昨日、俺が天井を突き破った音を聞いて、わらわらとそちらへ移動していったに違いない。
階段を下りて少し行くと、案の定、通路は左に曲がっている。そこをさらに進むと、地面に天井の瓦礫が積もっている場所があった。俺が昨日下りた場所だ。
『っ! マスター、入り口の方にかなりの数の人の気配が』
(ああ、サーチに捕えた。十人ほどか……)
俺の視界に透明なボードのようなものが浮かび、その中に青い点が十個ほど蠢いていた。青い点は、まだ敵か味方か分からない存在だということだ。少なくとも、現時点で、俺に対する敵意はない。まあ、そりゃそうだろう。まだ俺たちは会ったことすらないんだからな。顔を合わせれば、間違いなく、この青い点は赤に変わるはずだ。
俺は急いで床の瓦礫を〈ルーム〉に収納して、昨日見つけた集会所のような場所へ走った。
(捜索隊か、法王の手先か、はたまた盗賊の類か……どれなんだろうな?)
『どれも可能性はあります。まずは身を隠して様子を見ましょう』
俺は、ドーム型のホールに入ると、昨日と同じ祭壇の後ろに身を隠した。ライトも消して、真っ暗闇になった空間で息をひそめてじっとしていた。
長く感じる五分ほどが経過して、通路の向こうから微かな光と人の話し声が聞こえてきた。
「レイナ様、通路に多量の衣類が落ちています」
「ああ、あいつら、いないと思ったら、誰かに浄化されちまったようだね。これはあいつらが着ていた服に間違いない。ふふん、どうやらネズミが迷い込んだようだね」
かすかに聞こえてきた女の声に、俺はしまったという反省と共に、ゾッと背中に寒気が走るのを感じた。
昨日、貴金属類にばかり気を取られ、ゾンビたちが着ていた服を片付けるのを忘れていたのだ。これで、ゾンビたちを消滅させた存在に奴らは気づいてしまった。
そして、女の言葉から、今ここに近づいているのは、調査隊をゾンビに変えた存在、法王の手先であり、闇属性魔法使い〈ネクロマンシー〉たちだと分かった。
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