第21話 初めてダンジョンに挑戦してみた
パンフレットによると、このダンジョンは第一層には、三つの転移陣が配置されているらしい。つまり最初に三か所に振り分けられ、そこから第二層を目指すわけだ。二層への階段は一つだけで、その階段の脇には入り口へ戻る転移陣の小部屋がある。以下の層も同じで、下へ降りる階段は一つ、その脇に転移陣の小部屋という構造らしい。
「ようし、夕飯を賭けた勝負、負けるわけにはいかないぜ」
『……』
俺は石の通路を駆け出した。索敵を二百メートルの範囲まで広げ、身体強化で罠があっても無視して走り抜ける、これが俺のやり方だ。
「おっと、この先に最初の魔物だな」
一つ目の曲がり角を曲がったところで、索敵に複数の反応が掛かった。
「やっぱりゴブリンだったか。行くぜ!」
愛用のメイスを構えて突進する。五匹程度のゴブリンであれば三回メイスを振る間に殲滅は終了する。
パンフレットに書かれた通り、一層の魔物はゴブリン、スライム、スケルトンの三種類で、俺は手当たり次第に魔物を倒し、魔石やドロップアイテムを拾って、いくつかの宝箱の中身もゲットした。
外界の魔物とダンジョンの魔物の違いは、ダンジョンの魔物は倒すと消滅して魔素に戻ることと、ある確率でドロップアイテムを落とすことだ。
まあ、一層の魔物が落とすドロップアイテムは薬草、素材、質の悪いポーション、よくて銀貨二、三枚といったところだが。
まだ一時間経たないうちに、俺は二層への階段を見つけて、さっそく下りていった。
二層の魔物はゴブリン、スケルトン、スライムそれぞれの上位種に、トレント、コボルト、時にオークなどが混じってくる。まだ魔法を使えない俺には、倒すのに少し手間がかかる。
「とうっ、そりゃっ、こなくそっ……」
まあ、手間が少しかかるくらいで、大体の奴は二回叩くか、突き刺せば倒せるんだけどね。
『マスター、後方から魔法、来ます!』
(ああ、了解!)
とうっ……、スキル〈跳躍〉でファイヤーボールを躱し、ゴブリンたちの群れを飛び越え、魔法を放ったゴブリンメイジにそのまま飛び蹴りを喰らわせる。ついでに、側にいたゴブリンナイトにもメイスの一撃を与えて潰しておいた。
「ふう、これで五十匹は超えたかな? まだ時間はあるし、もう少し先に行ってみるか」
俺は二層のまだ入っていない通路を探索しながら、三層への階段を探した。
そして、俺がT字路に突き当たり、どっちへ行こうか迷っている時だった。
(ん? 右の通路の奥に何人かの人の気配があるな)
『はい。ただ、雰囲気がよくありません。あまり関わらない方が良いかもしれません』
(そうか……しかし、右奥に魔物の気配があるんだよな。しかも、数が多い)
俺はしばし考えてから、やはり右への通路を行くことにした。
「おいっ、グズグズするなと何度言ったら分かるんだっ!」
「す、すみません」
「けっ、使えねえ奴隷だぜ」
二十メートルほど先を進む冒険者の一団があった。四人組のパーティだが、三人の男たちが前を歩き、その後ろから大きなリュックサックがよたよたとついて行く。よく見ると、リュックの下から、わずかに泥だらけで傷だらけの小さな足がのぞいていた。
『奴隷ですね。まだ小さな子どものようです』
ああ、また嫌な異世界テンプレに遭遇してしまった。この世界には奴隷制度がある。それは知っていたが、現実に奴隷を見るのは初めてだ。やはりショックだった。
俺は胸がむかむかするのを、ため息でまぎらわせながら、近づかないように後ろを歩いていった。
(ああ、その先に魔物がいるんですけど……まったく気づいてないようだな)
その直後、男たちの悲鳴が聞こえてきた。
「うわああっ」
「ひいいっ、オ、オークの集団!」
「お、おい、てめえら、逃げるなっ! 俺が魔法の詠唱を終えるまで持ちこたえろっ!」
「む、無理だって、相手は五匹以上いるんだ、逃げるしかねえ」
「ああ、ガンツの言う通りだ、ここは逃げるぞ、ブラッド」
「ちっ、しかたねえ。おいっ、愚図っ、お前、ここであいつらを足止めしろっ」
「えっ、そ、そんな。どうか、一緒に連れて行ってください、お願いします」
「うるせえっ! ご主人を助けるのが奴隷だろうがっ!」
ドカッ、という鈍い音がして、大きなリュックが床を転がるのが見えた。そして、三人の男たちが、必死の形相で俺のいる方へ走って来る。
俺は壁のくぼみに身を寄せて、男たちをやり過ごした。男たちの中の一人が、俺に気づいて驚いたような、何か言いたそうな顔で俺を見つめながら走り去っていった。
「あ、あ、ああ、いやあああっ……」
『マスター!』
ナビの声が終わらないうちに、俺は一気に加速して、奴隷の子どもを取り囲んだオークの群れに突っ込んでいった。
ブギャアァァ!!
跳躍でオークたちの頭上を飛び越えながら、一匹のオークの頭をメイスで叩き潰した。飛び散る青い血しぶきを浴びながら、驚きに茫然となったのはオークたちだけではなかった。
「おいっ、できるだけ向こうに離れていろ!」
俺は奴隷の子どもとオークを挟んで反対側に着地した後、倒れたまま目を丸くしてこっちを見ている奴隷の子どもに叫んだ。
(一応声は掛けたぞ。あとは何とか自分の力で生き延びろよ)
「さあ、来やがれっ、醜いブタども」
プガァッ、プガ、プガ……。
オークたちは、口々に怒りの声を発しながら、俺の方に迫って来た。奴らは何とか俺を取り囲もうとしたが、狭い通路ではそれもままならない。
俺は近づいてくる奴から順番に、少しずつ打撃や突き技でダメージを与えていった。オークたちは入れ代わり立ち代わり攻撃してくるが、次第に傷やダメージが増えていく。
プガアアアッ!
そして、ついに一定のダメージを受けた一匹が〈憤怒〉のスキルを発動すると、他の四匹も次々に〈憤怒〉を発動して、真っ赤な体になった。
「よし、それを待っていたんだ」
俺はニヤリとほくそ笑んだ。
〈憤怒〉を発動したオークは確かにパワーが増し、痛みを感じなくなるようだ。バーサーカーに近い能力なのだろう。しかし、逆に力に任せて、攻撃が単調で大きくなる。俊敏性に特化した俺にとって、実に相性の良い相手になるのだ。
プギャアアアッ!
ついに、一匹目が側頭部を殴られて断末魔の悲鳴を上げ、倒れ込んだ。残りの三匹は仲間の死体を踏みながら向かってくる。
ブンッ、と音を立てて横薙ぎにフラれる斧を跳躍で躱し、落下する勢いでそいつの頭にメイスを叩きつけようとした。が、その時、後ろの一匹が空中にいる俺に向かって棍棒を突き出した。
「グハッ」
衝撃で三メートルほど飛ばされ、地面に転がる。だが、〈物理耐性〉ランク3は伊達ではない。ダメージはほとんど受けなかった。
オークたちはここぞとばかりに追い打ちをかけて迫って来た。先頭の奴が、斧を大きく振りかぶった一瞬の隙に、跳躍して喉にメイスを突き刺す。
その後は、俺の一方的な蹂躙になった。〈憤怒〉も時間切れとなったオークたちは、数回の打撃でHPをゼロにされ、魔素の霧となって消えていった。
♢♢♢
オークの魔石とドロップアイテムを拾い終えた俺は、そのまま右奥の方へ歩き出した。
「あ、あの……」
例の奴隷の子が、側まで来ていることは知っていたが、関わる気はなかった。
「ああ、お礼ならいらないぞ。魔石やドロップ品がもらえたからな。早くご主人様を追いかけろよ。まだ、追いつけるはずだ」
俺は振り向かずにそう言ったが、奴隷の子はその場に立ち止まったまま動こうとしない。
(ああ、もう……だから、面倒ごとは嫌なんだよ。早く、どこかへ行けよ)
『マスター、このままでは九割以上の確率で、この奴隷は死にます』
(だからって、俺にどうしろと……はあぁ……はいはい、わかったよ、ったく……)
俺は仕方なく体の向きを変えて、奴隷の子に歩み寄った。
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