第8話 テンプレは、やはりテンプレでした
門の前では二人の衛兵が、出入りする人々の身分証を確認していた。
「よし、次……ん、ガキが一人か? お前、誰かと一緒に来たのか?」
「いや、一人です。ラトス村から来ました」
俺の番が来て、二メートル近い大男を見上げながら答えた。
「ほお、あんな山奥から来たのか。親族がこの街にいるのか?」
「いいえ、いません。口減らしのために村を出ました。この街で働くつもりです」
大男の衛兵は、なんとも言えない表情になり、鼻を触りながら何度か咳払いをした。
「そうか……ああ、じゃあ、身分証は持ってないな。いいか、この国では身分証がないと、奴隷に売られたり、ちゃんとした仕事には雇ってもらえないからな。街に入ったら必ず身分証を作ってもらうんだ」
「はい、分かりました」
「ああ。身分証は、仕事の雇い主に契約書を書いてもらって、それを役所に持っていけば発行してもらえる。他には、ギルドで登録すればカードがもらえるから、それが身分証の代わりになる。まあ、その年じゃあ、冒険者も商人も無理だろうからな。早く、良い店を探して雇ってもらうことだ」
「わかりました。いろいろ教えていただいて感謝します」
「おう、頑張れよ。ところで、身分証がない者には銀貨三枚を払ってもらうことになっているんだが……持っているか?」
俺は、この時のために貯めていた金を皮袋の中から取り出した。四枚の銀貨のうち三枚を取り出して、大男の手のひらに載せた。
「うん、確かに。名前は何というんだ?」
大男は銀貨を受け取ると、紙の束を挟んだボードを取り出して俺に尋ねた。
「トーマです」
「トーマか。よし、記録した。いいか、トーマ、身分証ができたらここに持って来い。この銀貨はその時返してやる。ただし、一週間過ぎると無効になるから、なるべく早く身分証を作るんだぞ」
「はい、分かりました。いろいろありがとうございました」
深く頭を下げてから去って行く少年を見送りながら、大男はもう一度大きな鼻を触った。
「トーマ、頑張って生き残るんだぞ……」
大男はかつての自分を思い出しながら、小さな声でつぶやくのだった。
初めて見る大きな街の様子に目移りしながら、大通りを人の波について行く。まさにそこは、映画やアニメで見るような中世ヨーロッパの街並みそのままだった。レンガと木を組み合わせた二階建て、三階建ての家が多かったが、大きな店などは石造りのどっしりとした構えのものもあった。
『マスター、身分証を作らないといけませんね』
(ああ、そうだな)
『作るとするなら、当然あそこですね』
(ああ、行こうぜ『(冒険者ギルド)ですね』)
パルトスの冒険者ギルドは、街のほぼ中央、広い公園を囲んだ建物群の一角にあった。両側に隣接した付属の建物を含めると、その敷地面積は優にサッカーコートがすっぽりと収まるくらいはある。石造りの重厚な建物だ。
俺はかなりドキドキしながら、その建物の大きな扉を押して中に入った。
だだっ広いホールの中には、大勢の冒険者がたむろし、片側のラウンジで酒を飲んだり、談笑をしたり、あるいは依頼書が張ってあるボードの前で相談したりしていた。
(登録する前に、魔石を買い取ってもらえるか聞いてみよう。手続きに金がかかるだろうからな)
『そうですね。あそこに〈買い取り専用〉と書かれたカウンターがありますよ』
俺は、ナビが教えてくれた奥の方のカウンターに向かった。
「すみません」
カウンターにいた二十前後と思われる受付嬢は、少し驚いたように俺を見た。
「はい、何でしょう? ここは素材やアイテムを買い取る受付ですが……」
「はい、魔石を買い取ってもらえますか?」
「魔石? 君が持っているの?」
「はい……これです」
俺は背中に担いでいた麻袋を下ろして、中から魔石を両手にいっぱい掴んでカウンターの上に置いた。
受付嬢はさらに驚いて、いくつかの魔石を観察した後、俺を見つめた。
「これ、全部あなたが魔物を倒して手に入れたの?」
「はい。三年間、村の自警団の人たちと一緒に倒して、もらった分け前を貯めました」
「なるほど……分かりました。査定をするから少し待ってくださいね」
受付嬢はそう言うと、魔石を持っていったん奥の部屋に入っていった。
『マスター、後ろからよからぬ気配が近づいてきます』
ナビの声に振り向こうとした途端、背後から男の声が聞こえてきた。
「おいおい、ここはいつから盗人のガキが換金できるようになったんだ?」
おっ、これはあれか? モヒカン頭のマッチョ脳筋バカが、主人公の強さを知らずに絡んで、返り討ちに合うっていう、あのテンプレの中のテンプレってやつか?
……と、ワクワクしながら振り返って見ると、モヒカンじゃなく、長髪だった。しかも、マッチョではあるが、整った顔のイケメン男だ。ただし、性格の悪さが顔に表れてはいたが……。
「お待たせしま……っ! ギャランさん、何か御用ですか?」
ちょうどイケメン男が俺の側まで来たとき、奥から受付嬢が戻って来て、急激に不快な表情になった。
「やあ、ミレーヌちゃん、そんな怖い顔するなよ。君と俺の仲じゃないか」
「そんな仲になった覚えはありません。何度もギルマスから注意していますよね? 今度迷惑を掛けたらBランクの降格もあるって」
へえ、こいつBランクなのか。そんな上位ランクの冒険者が何で俺に絡んでくるんだ?
「ああ、分かってるって……ただな、盗人が平気で金をちょろまかそうとしているのを、黙って見過ごせなくてな。これも、上位ランク者の責任感ってやつさ」
「盗人? まさか、この子が?」
おいおい、受付嬢さんや。あんたまで俺を疑い始めたのか?
「ねえ、君。この魔石は、本当にまっとうな手段で手に入れた物なのよね?」
「はい、そうですよ」
「はっ、おい、ぬけぬけと嘘つくんじゃねえ。おめえみてえなガキがどうやって魔物を倒せるって言うんだ? おおかた魔物にやられた冒険者から盗んできたんだろうがっ」
「ふむ。まあ、疑われるのは仕方ありませんね。覚悟はしていましたよ。では、こうしましょう、俺とあなたで決闘をしましょう」
俺の言葉にギルド内がざわめいた。
「なっ! このガキっ、舐めやがって」
「おっと、ここでケンカ沙汰を起こしたら、まずいんじゃないですか?」
殴りかかろうとしたイケメン男を手で制してそう言うと、奴は振り上げたこぶしを悔し気に引っ込めた。
「よし、受けてやる。死んでも文句は言わせねえ」
「ちょ、ちょっと、君、なんてことを……早く謝って、今ならまだ間に合うから」
「はあ? 何? 盗んだとでも言えっていうの? あんたも俺を疑ってるよね? 俺にはこれしか自分の潔白を証明する方法がないんだよ。そうだろう?」
「っ! そ、それは……」
受付嬢は急激に青ざめた顔色になって言葉を失くした。
「何をやってるっ、早く来やがれ、くそガキ!」
「ああ、今行く……じゃあ、立ち合いお願いします」
俺は受付嬢を睨みながら、冷ややかな声でそう言った。
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