第162話 突如現る取れ高①

 時は流れ、夏の暑さも既に遠のいて涼しい秋の風。冬はもうすぐと言ったある日に、茶葉こと私は毎度のごとくSunLive.の東京本社へと出勤していた。今日の仕事はマネジメント業務をしている個人勢の子とのコラボ配信で、偶然にも出社してしなければならない仕事があったためにオフコラボ配信という運びになった。

 なおその子は関東近郊に住んでおり、事務所に来てのコラボを快諾してくれた。ありがとう。なお、配信内容はホラゲー配信である。1人でやるのは心細いというところで、せっかくならSunLive.所属Vとコラボをしようという話になったらしい。

 他人のするホラゲーを見ているときほど愉快なものはない。今日は傍観者として楽しませて貰う所存だ。


 とまあ説明はここまでにして、出社して行うべき仕事をこなして、今はコンビニで買った抹茶オレを飲みながらスタジオの外の椅子でくつろいでいる。コラボ相手の到着までまだ時間があるからだ。

 ちなみに、出社して行うべき仕事とやらはなんなんだとの質問に関しては、また後日お答えしよう。楽しみに待っていたまへ。


 スタジオの外の椅子はなかなかふかふかしている。病院にある長椅子と言った感じで、スタジオで撮影を終えたVTuber達は結構ここでくつろいでいたりする。今日は珍しく柄爲ちゃんが来ているみたいで、先ほどすれ違って挨拶を交わしたよ。可愛かった。

 ちなみに、なんか朱里は大体来るといるのだが、今日はいないらしい。どうやら体調を崩してしまっているらしく、ここ数日配信をしていない。まあ彼女はそうとう頑張っている子だから、たまには休むと良いよね。

 元気になったらコラボでもしたい。大事な後輩だ。


 そんなかんじでだらだらくつろいでいると、コツコツと足音が聞こえてきた。それと同時に聞こえてくる話し声。おそらく今回コラボする予定のVTuberさんとマネージャーさんが来ているのだろう。

 後でどうせ顔を合わせるし、なんか大事な話をしていそうだったのでそのまま抹茶オレを飲み続けることにする。


「はい、そうなんですよ。でもだいぶ楽になりましたよ。本当に個人の時は手配とか大変だったので、恩恵を受けられるのはうれしいですね」


 どうやら完全な個人勢の頃と今の状態の違いについて話しているらしい。

 曲がり角を曲がって姿が見えた彼女は、天然ぽいようなアホっぽいような、そんな感じの女の子だ。年齢は私より年上かな? 身長も私より少し高い。

 そう横目でチラチラと彼女のことを見ていると、少し驚いたような表情をした後に声の大きさを下げてマネージャーさんにこんなことを聞いていた。


「えっと、だれかのお子さん、とかでしょうか……?」


 この瞬間、私の中のVTuber精神が過剰な反応を見せ、片手に持っていたスマホを使って録音を開始した。

 マネージャーと私の心は一つにつながり、互いに悪そうな表情をして目を合わせると、両者とも瞬時にドッキリモードへと移行するのであった。







「こんさん、すみません。少し用事がありますので、あの椅子にでも座って待っていてもらってもよろしいですか?」

「え? あ、はい。大丈夫ですけど……」


 突然2人きりにされる状況に戸惑ったように声を出す彼女を尻目に、先ほどまでの悪い顔はどこへ行ったんだと言いたくなるほど真面目な表情をしたマネージャーさんは、急いでこの場を後にする。

 角を曲がる際にチラリと見えたその口元は、明らかに笑いをこらえているような表情であった。後は任せとき。

 なお、“こんさん”と呼ばれたVTuberは、おとなしく指示に従ってこちらへ向かって歩いてきている。

 彼女の名前は“狐森こん”。狐のケモ耳があり、全体的に焦げ茶っぽい色合いの個人勢VTuberだ。天然な言動と、ハッキリとした物言いで人気を誇っており、登録者数は個人勢の中でトップクラスである64万人である。私も個人的に視聴しており、見えたときから「あ、絶対この子だ」と確信するほど動画内の動きとリアルの動きが一致している。

 何話そうかな……とでも考えていそうな表情でこちらに歩いてくると、「となりごめんね」とゆっくり腰をかけた。その瞬間、ふわりと漂う柔軟剤の香りが私に萌えをもたらし心地良い。

 ああ、VTuberになって良かった。


「えっと、君って中学生なの? 親御さんがここで働いてるとか? それとも職業体験?」


 しばらくの沈黙の後、若干の気まずさを抱えているようなトーンで私に話しかけてきたこんちゃん。さあ、エンターテインメントの始まりだ。 

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