第2話 異世界召喚

高校3年生の俺、伊崎和佐いざきかずさは6限の準備をしていた。


そんな俺に、


「なぁ、異世界ってあると思うか?」


前の席に座っている高校で一番仲の良い友達である大西駿が後ろに振り向きそう尋ねてくる。

俺は一瞬どう答えようか迷ったが、


「あるんじゃないか?」


と無難に答える。

俺の返しが意外だったのか、


「和佐なら、ないって返してくると思った」


と少々驚いていた。確かに俺の性格上、無いとは言いそうだもんな。


千夏の事があり異世界関連のアニメや漫画を見るときや話をするときは常に心配された。だから、あの事件から1年間、俺は異世界の話を他の人にすることはなく、寧ろ心配されないように非現実的なものはないと否定するようにしていた。


まあ、だがあの事件はもう2年前の話だ。肯定しても問題ない。それにそもそも友達に隠すことでもない。


「俺も憧れてるんだよ。異世界に」


憧れではないが、そう答えておけば駿に不思議に思われないだろうと適当に受け流す。


「和佐にもそんな気持ちがあったなんて」


駿は俺を揶揄うように泣いたふりをし始める。


「うるせ」


一番、非現実なものを信じているは俺だ。異世界転生したい。そして千夏を見つけ出したい。


それはそうとして駿のわざとらしい演技にむかついてきたので


「ほら、さっさと次の時間の準備をしろ」


と手を前に振って前を向かせる。


そして俺も次の授業の支度を始める。それから、すぐに数学の教師が入ってきて、チャイムが鳴って授業が始まった。


異世界か。あるなら俺も行きたいよ。


授業中、千夏が消えたあの日のことを思い出していた。


それから真面目に授業を受けて、チャイムがなった。授業の終わりを伝える音だ。今日の授業はこれで終わり。


授業をしていた数学の教師が教室から出て行き、入れ替わりで担任が入ってくる。あとは担任の話を聞いて帰るだけだ。


「えー、お知らせはー」


教卓に置いた紙をじっと見て


「明日は、頭髪検査だ。それ以外はお知らせないからないから、まだ髪切って来てないやつは忘れずに切ってこいよ」


と話す。


「まじかよ」


頭髪検査のことを完全に忘れていた。俺の前髪は目に掛かりそうなくらい長いので完全にアウト。帰った後、行くのも良いが時間が無さそうなので今回は注意されるしかないか。


それが終わるといつも通り号令を掛けて解散となる。


「それじゃ、また明日」


担任がそう言うと何人かの人が椅子から立って教室から出て行く。俺は鞄の中に教科書や筆箱をしまい帰る準備をする。


筆箱を入れたところで駿が俺の方へ振り向いて、


「この後、用事ないよな?」


と聞いてくる。


俺はどの部活にも所属していない帰宅部。対して駿はテニス部。こう聞いてくると言うことは部活がないのだろう。これはいつも通りのやり取り。そして、この後のセリフは「一緒に帰らね?」だ。


「勿論、ないよ」

「なら、一緒に帰らね?」


予想通りに返してくる。


「ああ、いいよ。まあ、その代わり早く帰る支度しろよ」


俺はそう言って鞄を持ち上げる。すると廊下から視線を感じる。教室の外をチラッと見ると、背が小さい少女がこちらを見ていた。見ていたのは短めのツインテールの小柄な可愛らしい少女。一つ歳下の後輩の木南小春だ。


小春が廊下で待っているのを見て俺は椅子から立って駿の横を歩く。


「先、帰ってるから走ってこいよ」


駿が何にも帰る準備をしていなかったので、焦らせるためにもそう言って隣を通り過ぎる。


「ま、待て」


駿は必死に鞄に道具をしまう。

そんな駿を横目に


「大丈夫だ。お前ならきっと教室を出る前に間に合う」


と言って休み時間の仕返しも兼ねて俺は教室から駆け足で出て行った。


「待ったか?」


廊下で待っていた小春にそう聞く。


「今きたところなので、全然待ってないですよ」

「なら、よかった」


そう言いながら自然に教室から見えないくらいの位置まで移動して壁に寄りかかる。


「っで、何の用だ?」

「あっ、えっと。先輩と一緒に帰りたいなって思ったので誘いに来ました」


帰りの誘い。小春は同じ中学出身で家がそれなりに近い。なのでこうして放課後に教室まで来て俺を誘ってくることは珍しくない。


「悪いけど。先約があるんだ」

「そうなんですか。残念です」


しょんぼりとした顔の小春。そんな顔をされると少し罪悪感が湧く。


「先約って言っても駿だからな。いつも通り駿と一緒でもいいなら」


駿なら小春が増えるくらいで文句は言わないだろ。そもそも俺と小春の家が近いことは知ってるので、すぐに了承してくれるはずだ。


小春は少し悩んでいたが、


「あー、駿先輩ですか。なら、いつも通りなので問題ないですね」


と受け入れてくれる。

それを聞いて、


「今の聞いてたか?」


と扉から出てきた駿に聞く。


「聞いてた? じゃねーよ。先に行くなよ」

「悪い悪い。廊下に小春の姿があったから、急な用事かなって思ったんだよ。置いていく気は殆どなかった」


置いていくふりをして揶揄う気は少しあったけど。


「あー、そうゆうことか」


駿が納得してくれたので余計なことは言わない方がいい。


「それで、俺と小春が話していたの聞いてたか?」

「見てわかる通り今きたばかりだから殆ど内容わからないけど、最後の聞いた限りだと、木南も一緒に帰るのか?」

「ああ。それでもいいか?」


よく当てたな。俺は感心する。


「俺はいいぜ。木南が増えることはよくあることだし」


よくあるというか、毎週水曜日はいつもこうなんだけど。


「なら、決定だな。ここで話してたら遅くなるし帰るか」


そう言って俺たちは学校から出る。駿とは帰る方向は同じだが、降りる駅が駿の方が早い。駿の最寄り駅に着くと、


「またな」


駿はそう言って電車を降りていく。


俺は駿が降りるのを見届けると小春と二人っきりになる。電車の中では他の人に迷惑にならないように無言を貫いた。


別に、気まずいとか話すネタがないとかではないからな。


電車から降りてた俺たちは自転車を取りに駐輪場に向かう。小春は歩いて駅まで通っているで、その場で別れる方が早く帰れるが、いつもついて来てくれる。


そして、ついてきてくれたのに俺だけ自転車乗って帰るのは小春に悪いので押して帰る。それだけじゃ、釣り合わないので小春の鞄は俺のと一緒に自転車の前かごに入れている。


「先輩。頭髪検査明日なのに髪切らなかったんですね」


小春が俺の髪を見てそう言ってくる。


「切るの忘れてた。美容室に行くのってなんかめんどくさくて、気がついたら頭髪検査の日になってるんだよね」

「あー、わかります。前髪だけ微妙に引っかかりそうな時とか切りに行くのめんどくさいですよね」

「今日は無理だから明日の検査は諦めて明日の放課後に切りに行くよ」


そう言うと小春はふふっと微笑む。


「怒られる前提じゃダメですよ」

「染めてるわけじゃないし。注意されるくらいだからいいだろ」

「ダメですよ。ちゃんと受けないと先生達に目を付けられちゃいますよ」


そんな話をしながら、歩いているとすぐに小春の家の前に着く。徒歩での駅まで通っているのだから、家までの距離はかなり近い。


「ここまでだな」

「はい」


家についた小春は鞄を持って玄関まで歩いて扉を開ける。俺は自転車に乗りながらそれを見ていた。


そして、小春は家に入る前に、


「先輩、あの!」


とそう言った。何か用事があるのか?と自転車のペダルに乗せていた足に力を入れるのを止める。


「なんだ?」


少し大きな声で聞いてみる。

小春は、


「やっぱりなんでもないです。先輩。また、明日です」


とそう言った。


何を言おうとしていたのか気になるが聞くのは無粋だ。なので一言、


「じゃなあ」


と言って今度こそ、自転車を漕ごうとする。だが、何故か足が止まる。


何か変な気が俺を襲う。嫌な予感がした。


今すぐに小春の元に行かなきゃいけないそんな気がして、それがなんでもないと確認するため小春の方を見た。


すると、小春の足元が光り出していた。それと同時に見たことのない文字や記号が浮かび上がっている。


「なんですか? これ」


小春は自身の周りが急に光りだして困惑していた。


「小春!」


俺は何故光りだしたか、それがなんなのか知っていた。二年前に見たもののと同じ、それは千夏を異世界に連れて行った光、魔法陣だったから。


なんで、魔法陣が。


俺は咄嗟に自転車から手を離す。


また、千夏と同じように小春が消えてしまう。そんなの嫌だ。今回は俺が止める。もう後悔したくない。


俺は目の前の小春の元へ動き出す。自転車が倒れてガチャンと大きな音を立てるが気にせず走り続ける。


足元から光が出て、このままいけば数秒で目の前の後輩はいなくなる。俺はどうすればいい。


あの魔法陣に入っただけじゃ効果を受けることができない。勇者のスキルが必要。


どうしようもないが今はただ魔法陣に入る。

魔法陣に入り、スキルについて考えた瞬間だった。


突然、頭の中に何かが浮かんでくる。


─────────────────────

《異世界召喚》


 異なる世界のスキルを持つ者を呼び出す魔法


 対象者のスキルを確認

 →スキルの反応あり


 結果 : 成功


─────────────────────


「あの時の」


 異世界...召喚...魔法...スキル...成功...。


成功だと。


 頭にズキズキと激痛が襲うが我慢して思考を巡らせる。


成功という文字が召喚の対象者であるということなら、このままいけば俺も異世界に行ける。


だが、頭に浮かんだこれが全く関係なかった場合、また俺だけ取り残される。


ここで安心しちゃダメだ。確実に小春を助ける。だから、スキルの話は後回しだ。今は小春を魔法陣の外に出す。


「先輩!」


小春が俺を呼んだ。

俺は小春に手を伸ばす。あの時と同じように。


しかし、前回と同じように小春は光となり消えていく。


だが、俺は小春が消える瞬間、俺の指先が小春に触れた。


前回とは少しずつ違う。


触れたことが影響したのか、スキルの対象者だったからかわからないが俺は指先から全身にかけて光に包まれる。


これは対象者になったってことか。

小春を魔法陣の外に押し出せなかったが、今回は俺もあっちに行ける。


もう失敗しない。必ず小春を守り抜く。


そして、これがもし本当にあの時と同じ異世界召喚ならば・・・


千夏に会えるかもしれない。


そんな希望を僅かに抱いて、俺の意識は途絶えていった。

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