26 宣戦布告
「着いたよ。」
馬車の中で私たちはほとんど話さなかった。テオも私が王子に婚約破棄されたことを知ってるから、気を遣ってくれた。自分を悪魔と呼ぶ男も気になったけど、それより今日は、どうしてもローラン王子と聖女ノワール様に会わなくてはいけない。
(気が重いわ。)
2人からのパーティーへの招待状が屋敷に届いていたらしい。しかも後から送られてきたカードには『婚約お披露目式です』と書いてあったから、出ないわけにはいかない。
(だって、王子の新しい婚約に反対してると思われたくないもの。)
城の庭に瘴気が集まっているからと言う事で、急遽、城から少し離れた神殿での開催だ。馬車が神殿の門を入っていく時に、取り囲むようにたくさんの騎士が配置されていたのを見た。
(いくら何でも、騎士の数が多すぎやしないかしら?)
剣を腰に携え、ズラリと神殿の内外で警備している様は異様に見えた。”瘴気” を消滅させるため、シエルや大半の騎士たちが城へ行ってるはずだけど、、、。
(しまった! いつの間にかボーッとしてしま った! )
考え事に夢中になるあまり、うっかり自分で自分のドレスの裾を踏んでしまうという体たらく!! テオが先に馬車を降り手を差し出してくれていたのに!!
私の悲惨な状況を見たテオがキョトンッと固まり、「うわぁあああっ!?」と私を受け止めてくれたけど、、、
むにょんっっっ!!!
胸元のレースの跡がテオの顔につくんじゃないかというぐらい、勢いよくテオの顔にダイブしてしまった!!
「・・・。」
「ごっごめんっ。テオドール、大丈夫??」
テオが2-3歩後退りながらも、何とか踏みとどまってくれたおかげで転びはしなかったけれど、テオの肩を爪痕がつくぐらい掴んでしまった。
慌てて体勢を立て直しテオの顔を覗き込む。顔から湯気が出るんじゃないかというぐらい、耳まで真っ赤になっていた。耳元の赤いルビーのカケラがふるふる揺れるのに合わせ、華奢な体も小刻みにふらふらしている。
「な、何であんたってそんなに隙だらけなのさっ! 予想の斜め上、行き過ぎでしょっ!? 」
長いまつ毛を湿らせ涙目のままプンスカと怒り始めた。
「ほんっとごめんねっ! 真っ赤だけど、痛かった??」
レースの跡がついてないよねっと確かめるように、手でペタペタとテオの頬を触って確かめる。
「知らないっ!ーーー僕は兄様を裏切らないって決めてるんだからッ!」
焦茶色の瞳をギュッと瞑って、手から顔を背けるように俯いた拍子に少し長めの空色の前髪がサラサラと濡れたまつ毛に落ちていく。
「は?」
何の話???
私たちの騒ぎを聞きつけ、ヒソヒソとした話し声がどこからともなく聞こえてきた。
『あの女が婚約破棄された?』
『シエル様のとこに無理やり押しかけたらしいわ。』
『身体で迫ったのか? オレも抱きたいなあ!』
「なっ!」
テオが前へ出てこようとするのを手で遮る。言われるのは覚悟してたけど、そこまで言う? 何かここにいる人たち、知らない人ばかりだし、ガラ悪い人ばかり。
「あっリーチェリア様だ~! よく来たね!」
濃いピンク色のフリフリの派手なドレスでやって来る
キャピキャピとした甲高い声。後ろには、筋骨隆々の大柄な護衛の男性を引き連れて。
「ノワール様・・・。」
(会いたくなかった。)胸がズキンッと痛み、笑おうと思うけど顔が引き攣ってしまう。
「ローラン王子はどこでしょう?」
ローラン王子とはあんな形で別れてしまったけど、根は公正な人だと思う。ヨリを今さら戻したいとは思わないけど、誤解は解いておきたい。
「少し遅れるって!心配しないで~!お楽しみは後に取っておくものでしょ?」
「え?」
お楽しみ?? 何なの、この含みのある言い方。
「今日はシエル様がいないから、1人で来ると思ったんだけどな~。」
「はい?」
ノワール様は私をジロジロ見た後、後ろにいたテオにズイッと近づいた。
「ねぇ、君~!! かっわいい~!! シエル様の弟???」
困惑しているテオの顔を、両手を後ろで組んだ体勢のままひょいっと覗き込んでいる。
「・・・。」
ポケッとしているテオの方へ振り返り、「挨拶忘れてるわよ。」と口パクしながら、指先でテオの腕をツンツンとする。
「・・テオドールと言います。今日はお招きいただきありがとうございます。」
「テオ君かぁ!いいな~、こんな弟欲しいな!!」
目をキラキラさせながら、よろしく~!! と両手でテオの手を取り、ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せた。
「僕たち、他の方に挨拶をしに行かなければならないので、失礼します。」
テオはさりげなくノワール様の手を振り解くと、「行くよ。」と私の手を取り人の少ない窓へと向かう。
通り過ぎざま、ノワール様がキツイ香水の匂いを振り撒きながら、耳元に顔を近づけてきた。
「今日はダンスパーティーがあるからね~!せいぜい転ばないように気~をつけて!」
トゲがある言い方だけれど、あいにくダンスは不得意というほどではないのよ。むしろ、ノワール様の方が練習不足では??
(そう思ってたのに・・・。)
招待客がほぼ入場したと思われる頃、照明が落とされ薄暗くなった会場。中に控えていた楽団が、ムード満点の生演奏を始め、城から呼ばれていた執事がアナウンスする。
『皆様、ローラン王子が参るまで、どうぞご自由に楽しんで下さいませ。』
「なっ!」
ノワール様と先程の大柄の男性が、見てるだけで恥ずかしくなるような密着具合で腕や足を絡めている。薄暗い中で音楽に合わせて、ユラユラ揺れながら抱き合っている???
(こんなダンス、やった事ない・・・。)
街の酒場などで見かけるような、親密な男女がピタッとくっついて、ほとんど踊りらしい踊りをせず抱き合うだけのもの。
(こんなものを神殿でやるなんて、ノワール様は何を考えているの?? 王子はこれを許しているのかしら???)
招待客の中にも私と同じように困惑している者もいるにはいる。だが、顔ぶれを見るとほとんどがノワール様に媚を売る一部の貴族か、成金上がりの貴族しかいなかった。彼等はこういう踊りに慣れてるようで、早速カップルで楽しんでいる。
テオと私が呆気に取られ立ち尽くしていると、この日のために城から呼ばれた使用人が、グラスをトレイに乗せてやって来た。
「失礼、テオドール様、リーチェリア様、よろしければこちらをどうぞ。」
泡がシュワシュワとなっているピンク色の飲み物だ。
「これは?」
「お祝いだからと、ノワール様からお二人にシャンパンです。」
「美味しそうっ!ありがとう!」
グラスを一つ手に取りお礼を伝える。ヒンヤリとした感触と泡の弾ける音が美味しそうだ。
「テオドール様もどうぞ。」
「・・・頂くよ。」
腕を組んでいたテオが、しかめっ面で勧められるままグラスを受け取る。
使用人の姿が見えなくなった途端、テオは、窓の外へとサッと素早い動作で、グラスを逆さまにした。
「テオっ!何してるのよ!」
慌てて手を伸ばすが間に合わない。
「こんないかにも怪しいです、と書いてあるようなモノ、素直に飲む方がどうかしてるよ。」
「ほらっ。」
テオの視線の先を見ると、グラスの中身が溢れたところの草が真っ黒に変色していた。灯に照らされた他の草と明らかに色が違う。魔毒???
!?
「匂いも強かったし、別に殺すつもりは最初からないんじゃないの?」
「じゃあ、どうして? 」
「ん~嫉妬?」
「あり得ない。ノワール様は、王子の妃候補にもなれたのだし、他に何が望みなの?」
「君は目立つし。」
「そんなの理由にならないわ。」
綺麗に整えられた髪が、窓から吹き付けてくる風で乱れるのも構わず、テオは私の前に立ち強い口調で告げた。
「一つ確かな事は、これは君への宣戦布告だ。このパーティーで何が起こるか分からない。油断しないでっ。」
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