第一章 婚約破棄当日
5 冬の家系の魔道騎士
今思えば、昨日の王子との婚約破棄から、すべてが始まっていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれがザカリドスドラゴンッ!! 」
「真っ黒で、不気味だわ。」
「悪魔の化身だ!!」
「生捕りか!? あの凶暴な奴を!?」
子どものドラゴンが、檻に入れられ荷車の上に死んだように横たわっていた。檻の中には、漆黒の鱗に鋭い爪と牙。時々、力無く『ガァーーーーーーッ』と口を開けて炎を出す仕草をしているけれど、防御魔法を施されており何も出てこない。ゴツゴツとした翼は今にも動き出しそうだが、ピクッピクっと痙攣を見せるだけだ。
10人ほどの、保護に特化した騎士たちの物々しい警備の中、目の前を通り過ぎていく。最近、世間を騒がせたこのドラゴンは、子どもとはいえ口から出す炎で家々を焼き払い、ビオーチェの丘の先にある村を半壊させた張本人である。
普通の騎士なら、とてもじゃないが対処できない。仮に対処できても、鋼鉄の魔法を施した槍で突き刺し殺すのが精々だろう。だが、魔獣は殺すと ”瘴気” を大量に放出するのだ。少量なら問題なくても、ある限界点を超えると農作物を枯らし毒水を生成する。
(ある意味、魔獣より厄介なのが”” “瘴気” よね。)
けれど、隊列の先頭を白い馬に乗り、先導する”天才”魔道騎士なら話は別だ。
「英雄のお帰りだ!!」
「どこだ?」
「こっちだ!! 早く来い!! ここからなら顔が見えるっ!!」
「きゃああっ!! 格好いいっ!!!」
「シエル・・・。」
すました顔の幼馴染は、馬上で、無言で前方を見据えている。腰には、輝くばかりの1mを超えるであろう白くて長い剣。何度かシエルの剣の稽古を見た事があるが、両手で剣を握りしめ、真っ直ぐな両刃に魔力を纏わせながら闘っていた。
もともとシエルの『冬』の家系ソルシィエは、代々、剣と魔法で魔獣を倒す魔道騎士を生業としてきた。その中でも、シエルが”天才”と呼ばれる所以は、槍無しでドラゴンを攻撃することのできる強力な魔法に加え、高度な魔力の調整技術があるからこそ・・・。
彼は、ドラゴンの火の”個性”を読み取り、剣の届く距離まで接近し無力化する。その大きな図体を殺さない程度に、ほんの一瞬で魔力を正確に調整しながら攻撃できるこの国で唯一の魔道騎士。
「普段は、無神経で意地悪なのにね・・・。」
思わず言葉が漏れる。でも、この国の民にとっては何度もこの国の危機を救った若き『英雄』こそがシエルなのだ。だからシエルが凱旋する時だけはいつも、少し遠い存在に感じてしまう。
隊列が正門から城へ入るのを見届けた私は、そのままグルッと城壁を周り、小さな裏門から城へ入る。門番のテリーおじさんは、またか、と言いたげな呆れた目をしていたけれど、まさか王子の婚約者を無碍に追い返すわけにもいかず、渋々中へ入れてくれた。
向かう先は、裏庭にある虹の泉。
虹の泉からは、噴水のように空高く、美しい色の水が舞い上がっている。水が優しい音楽を奏でながら甘い香りを撒き散らしているので、遠目からでもすぐに分かる。美しく飾られた庭園を歩くのはそれだけで気分が高揚した。
遠くから聞こえてくる泉が奏でる美しいメロディーに合わせながら「フンフフッフ~ン」鼻歌を歌いながら歩いていると、
「侍女もつけずに不用心だぞ。」
急にすぐ背後から、ぶっきらぼうな声がした。
ーーーもうッ~! どうしていつも突然なのよ。私はあんたみたいに、特殊任務遂行するような騎士とは違うのよッ!
クルッと振り返ると、すぐ目の前につい先ほど凱旋した時に見た、深い藍で染めたインディゴブルーの魔導服を着たシエルがいた。乱れた紺碧の髪が額に張りつき、目元に小さな切り傷ができていてその部分が赤くなっている。そしてドラゴンとの闘いでシャツが破けていたのか、胸板の部分が露わになり、たくましい筋肉がガッツリ見えていた。
ーーー原因はこれか・・・。
シエルが凱旋していた時に、ご令嬢たちの歓声が普段の比じゃなかった。シエルの上半身裸の姿を見慣れてる私としては『これくらいで何を大袈裟な』などと思ってしまう。
あ、もしかしてこういうところも、”残念令嬢” って言われる原因に含まれてる??? つい素で、照れるどころか無表情で食い入るように見てしまったわ。あぶないっ、あぶないっ。
「驚かせないでよ。大丈夫よ、城の中は騎士さまが守ってくれるんですもの、何よりも安全でしょ?」
遠回しに『私を守ってよ』と言ってみる。
「魔獣だけが危険なわけじゃねぇンだが。これだから世間知らずは。」
苦々しい表情で、白くて長い指先で頭をガシガシと引っ掻く。
「人見知りのシエルになんか言われたくない。」
世間から引く手数多なのに、人が集まる場にほとんど行かないんだもの。そのくせ、いまだに私に対して、しょっ中ちょっかいかけてくるのは人としてどうなの?
「オレは別に人見知りじゃねぇっ!ただ、ああいう場が苦手なだけだ。」
「同じ事でしょ。なんであんたみたいなのが、こんなにモテるのかしら。」
シエルの手には、プレゼントの可愛らしいリボンが口からはみ出している大きな袋が握られている。袋はプレゼントの山でギッシリ、パンパンに膨らんでいた。
この国では、闘いから帰還した騎士たちに、想いを寄せる女性が”自分に所縁のあるモノ”を贈る習慣がある。熱烈な恋文だったり、ペンや香水などのその女性の愛用品だったり、中身はさまざまだ。
シエルの場合は、あまりにもその量が多すぎて、わざわざ城から女性たちに向けて控えるように”通達”がでたほどだ。
(それなのに、こうして人の目をかいくぐってまで贈り物をする、その恋の執念がすさまじいわ。)
「そンなにめかし込んで、どうせ今日は王子に呼ばれて来たンだろ? 」
「そうよ。似合うでしょ?」
今日のドレスは、わが家の侍女マリアが、私の銀髪に似合うと言って、美しいラベンダー色のドレスを選んでくれた。職人の手仕事でできた美しい花の刺繍と繊細なレースがついて、女性らしさを強調してくれるデザインだ。
マリアは『リーチェリア様の可憐な雰囲気に、本当によくお似合いです。』なんて褒めてくれた。でも昔からマリアは、私にだけは妙に甘やかしがすぎるものね。嬉しいけれど、半分割り引いて聞くぐらいでちょうど良さそう。
私はドレスを指先で摘んで、クルリッと一回転してみせた。
ーーーやっぱり、素敵なドレスって女の子の憧れよね。
ヒラヒラとスカートの裾が風に揺れ、上機嫌でシエルを見上げる。ん? 目元の傷が急に腫れ上がったかのように顔が赤い??? 見つめると、長いまつ毛を揺らしフイッと目を逸らしてしまう。
「・・・似合わねぇ。」
ポソリッとぶっきらぼうなシエルの声が真上から落ちた。
「は?」
「そんなピチピチのドレス。キツそうだ。」
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