第三節:第一次ベンガル湾海戦(参)

 エキスプレスの艦長は苛立っていた。無理もあるまい、アズデックに映る潜水艦らしき影は彼らを嘲弄するかのように存在しており、さらに言えば爆雷を投下した現在、そろそろアズデックも聞こえなくなる頃合いであったのだからここで敵潜水艦を撃沈できなければ本隊に危険が及ぶのだから。

「……敵潜はまだ撃沈できんのか?」

「今少しお待ち下さい、ヘッジホッグ投下後はしばらくアズデックが利きませんから」

「……そうだったな。しかし、待機時間が長いと少し、やきもき……何事だ!?」

 突如として、エキスプレスの夜戦艦橋に閃光が差し込んだ。夜目にようやく慣れはじめた彼らにとってその閃光は完全に不意打ちであり、またやや遅れてやってきた轟音は動揺させるに充分であった。さらに、その轟音に耳が慣れる前にこの小さな船体はゴリアテに掴まれたかのように四方八方に揺すぶられた。

「ダメージコントロール用意、急げ!」

「ははっ!!」

 艦長はすかさずダメージコントロールを下命した。だが、一向にダメージの報告が入ってこない。艦長をはじめとした艦橋要員がいぶかしはじめた頃に、さらにエキスプレスの船体は激しく揺すぶられた。

「おい! ダメージの報告はまだ入ってこないのか!」

「艦長、落ち着いてください! 先ほどの命令からまだ分も経っておりません!」

「だがっ……!!」

 そして、ようやく何波かに亘る閃光と轟音、そして振動が収まった頃、艦内伝令が艦橋に飛び込んできた。

「遅いぞ!」

「すみません! ……しかし……」

「しかし、なんだ!」

「……本艦にダメージの形跡無し、どうやら僚艦が攻撃を受けたと思われます」

 エキスプレスには、奇跡的にダメージが入っていなかった。それもそのはずで、この時狙われたのは本隊、すなわち主力艦艇の類いであり、さらに言えばそれは潜水艦による攻撃の結果ではなかった……。

「なら、爆雷をありったけばらまけ! 近くに潜水艦がいるのは間違いないんだ!」

「爆雷なら、先ほどからありったけばらまいております!」

「……じゃあ、なんでだ!?」

「わかりません!」

 ……既に、この海戦は大局の部である程度述べたが、今一度記述しよう。彼らは、夜間空襲作戦によって多くがエキスプレス艦長の知らぬ間に死出の旅に向かいはじめた。というのも、詳細は次話で述べるが、彼らは囮の潜水艦に注視するあまり上空警戒がなおざりになっていた。とはいえ、それも無理からぬこと、彼らの常識に則れば、夜間空襲などという博奕未満の行為など不可能というのが本来の結論であったからだ。だが……。

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