第10話 白雪姫の様子がおかしい

 外から生徒の楽しそうな話し声や笑い声、そして部活動に熱心に取り組んでいる声が聞こえる中、俺は本の世界へと飛び立とうとしていた。度々訪れる沈黙の時間に聞こえる紙の擦れる音が心地よく感じられる……はずだった。


 ちらりと隣に座る少女を横目で見る。頬杖を突きながらどこか遠くの場所を眺めている。ただ、夕陽がもたらす暖かさに弛緩しているというわけではない。固い表情だがどこか柔らかいという何とも言えない顔をしている。擬音語を付けるとすれば「むぅ」という顔だろうか?


 何かに不満があるように見えるが、ただ拗ねているだけのようにも見える。いや、後者はただ顔が可愛いからそう見えるだけか。


 いつもならば何か嫌な出来事があって、それについて話を聞いてほしいときは分かりやすいため息を吐いたり、暇だ暇だとかまってアピールをしてくる。してくるのだが、今日はその気配が全くない。どこか不満がある表情をしているのにただぼんやりとしているだけ。


 ただまぁ人間誰だって一人になりたいときはある。いくら皆といるのが楽しいし好きだという人がいてもずっと誰かといるというのは疲れるものだ。まぁ実際のところはどうだかわからないが多分疲れると思う。いや……疲れないのか?わ、わからぬ……。


 と、とにかく今は一人で何かを考えたい時間なのだろうなという話。普段あれだけ愚痴を聞いてアピールがすごい凛花だがこういうときもあるのだなぁと思うと同時に、ここは出しゃばらずに静かにしておこうと思った俺でした。


「じーっ……」


「……」


 ごめんなさいさっきの話嘘かもしれないです。隣から視線を感じるんですけどどうしたらいいですかね?これじゃあ集中して本読めないんですけど。


 視界の端で凛花の顔がこちらの方向を見ているのを捉える。もしかしたら勘違いかもしれないが、俺のことを見ている気がしてしょうがない。


 ど、どうする?一回凛花の方見てみるか……?


「ぷいっ」


「……」


 凛花の方に軽く顔を傾けると、すごい速さで顔を背けられる。き、気のせい?気のせいだったりするの?でもじゃあなんで凛花さん顔背けてるんですかね?


 困惑の表情を浮かべたまま少しの間、凛花を凝視した俺は再び視線を手元の本へと戻す。うん、本読むのに集中しよう。没入だ没入。


「じーっ……」


「……」


 これは勘違いじゃないですね。明らかに見られてますよね~。いや集中できんわ!!


 隣から視線が突き刺さる。一体何なんだろう。普段ならばここで何か一つ二つかまってアピールが繰り出されるというのに今日はその気配が全くない。


「ぷいっ」


 再び凛花へ視線を向けると、脱兎のごとく顔を背けられてしまう。そして本へと視線を戻すと、凛花の視線もこちらへと戻ってくる。


 ……俺なんかした?もしかして知らない間に、凛花の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのか?いやでも特に心当たりないし、最初の方普通に話したし……。あっれ~?


 こちらをじーっと見ているからには何か理由があるはずなのだが、いくら記憶を遡っても凛花に対していつも通りの会話をした記憶しかない。うーん……この前廊下で出くわしたとき、図書室ここにいるときみたいに話したのがやっぱまずかったか?誰かに見られてた可能性もあるしなぁ…。


 今日の俺の行動で凛花の機嫌を損ねるようなことは一切していないため、あるとすればこの前の廊下でびっくりエンカウント事件しかない。


 でも誰かに見られただけだったら、「あの時クラスの人に見られてたんだよね」って話すだろうし、おそらく目撃者がいたとかではないだろう。


 え、じゃあ本当に何?なんで俺今もこうして凛花に視線という名のナイフを突き立てられているわけ?もしかして荷物奪うようにして取ったのがまずかったか?あるとすればこのくらいだよなぁ……。よし、一旦聞いてみてそれでもしそうだったら全力で謝ろう。

  

「なぁ凛花?さっきからこっち見てるけどどしたの?もしかして俺なんかしちゃった?」 


「え?な、なんのこと?べ、別に拓人のことなんて見てないし」


 腹をくくり、俺は変わらずこちらのことを覗いてた凛花に声をかける。すると凛花はばれていないとでも思っていたのか大きく肩を揺らす。言葉の端々から動揺が隠しきれてないですよお嬢さん。


「いや、ばれてるからね?普通に気づいてたからね?」


「う、噓でしょ……」


 あ、ほんとにばれてないと思ってたのね。だとしたらもうちょっとばれない工夫が必要だと思いますよ。


 驚きの表情を浮かべる凛花につい呆れてしまう。どうして勉強ができるのにこういうところはポンコツなのか不思議でしょうがない。あれか、神様がパッチ入れたのか。


「それで話戻すけど俺なんか悪いことした?」


「別に、拓人は何もしてないけど」


「いや変に誤魔化さなくていいって」


「ご、誤魔化してなんかないから!拓人は何にも悪くないから!」


「じゃあなんでさっきからこっち見てたの?」


「っ……それは……」


 いやその反応絶対俺なんかしたやつじゃん!さすがに鈍感係主人公でも怪しいと気付くレベルだわ!いや言い過ぎかもしれない、鈍感系はこれも気づかないから鈍感系なのだ。あれ?何の話だっけ?ああ、そうだ凛花が誤魔化してる話か。


 すごく言いずらそうにごにょごにょと小さく何かを喋っている凛花。この反応は何かを絶対に隠している反応だ。ここは悪いが何が何でも口を割らせてもらおう。なぜならこの感じ次回の当番の日にも引きずりそうだからだ。


「ほら言ってみ?多分というか9割方俺が原因でしょ?なるべく改善するようにするから教えてくれん?」


「いやだから違くて……」


「変に気遣わなくていいから。ほら先生怒らないから言ってみ?」


「それ絶対怒るやつでしょ……」


 それはそう。このセリフ言って怒らなかった先生いない説を提唱したいくらいにはそう思う。でも俺は怒らないから安心してくれ。むしろ怒られる側だから(にっこり)。


「そ、その…じゃあ拓人に一つ聞きたいことがあってね?」


「ばっちこい」


「ほ、本当にどうでもいいことかもしれないけどいい?」


「ウェルカムよ」


「そ、そう……?じゃあ聞くね?」


 お、おう……。そういう風に言われるとなんか急に緊張が……。いやだがここで引くわけにはいかん。さすがに次回もずっと隣から見られるのは嫌だからな。さぁ来い!!





「拓人って嶋村さんと付き合ってるの?」


「……はい?」

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