終幕

「ねえ、きょうちーはさ、今後ずっと俺と組んでここで仕事することになるけど」

 数日後――今度こそ、泰山府君の就任式当日。川沿いの土手で、開式までの時間をのどかに過ごす二人がいた。

 足を投げ出して座る叡俊が、隣にしゃがみ込んだ夾竹桃に声をかける。

「ほんとに、これでよかったの? ……俺でいいの?」

 蝶と戯れていた夾竹桃は、今度は蟻を見ながら答えた。

「うん。なんかもういいよ、叡俊で」

「想像の二百倍くらい雑……」

「だって他に人いないし」

「消去法⁉」

「そりゃそうでしょ」

 早くも蟻に飽きたらしい夾竹桃は、草をかき分けて他の虫を探す。

「私には、叡俊しかいないよ。……あ、綺麗な石」

 大切そうに石を手に取る夾竹桃を見て呆気にとられたあと、叡俊は思わず笑いを漏らした。

「……やっぱ面白いなぁ、きょうちーは」

「もっと褒めてくれていいよ」

 漢服に石を仕舞う。叡俊はその動作を目で追って、それから眩しい青空を見上げた。

「……きょうちーには、俺が裏切ろうとしてたこと、見透かされてたんだね」

「え、全然知らなかったけど」

「え」

「別に私は、なんかやらかすつもりなんだろうなっていうのがぼんやりわかってただけで……あれかな、一番最初は叡俊が髪飾り買ってくれたときかな」

「え?」

 叡俊が目を瞬かせて夾竹桃を見た。夾竹桃は、平坦な黄檗色で相棒を横目に見る。

「やっぱり叡俊は、自分のことわかってないよね。私のこと、泣きそうな顔で見てた。気づいてなかったでしょ」

「……」

「あれは、消えようとしてる顔だった。だからあのときから、叡俊はいつか、勝手に一人でいなくなるつもりなんだろうなって思って」

「……そんなことまでバレてたのか。よっぽどわかりやすく、寂しそうな顔でもしてたのかな」

 叡俊も、目の前をひらひらと舞う蝶を指先で追いかけた。お互いに、お互いの顔は見ない。

「きょうちー、俺があげた髪飾り一回もつけてなかったし……もう忘れてるのかと思ってた」

「……あれは」

「わかる。いくら俺でも、これはわかるよ。俺に、ムカついたんだよね。俺が最後の思い出のつもりで、あんなもの渡すから」

「……そうだね。心の底からイラッときた。こいつの思い通りになんかさせるかと思って」

 夾竹桃が、手前に揺れていた花をなぞる。やわらかい手ざわりが掠めていく。

「まあ、そう。だから私は、手紙渡したときに確信したけど、それまでは別に……」

「手紙?」

「叡俊、就任式で事件起こすって手紙出したでしょ?」

「ああー……そうすれば皇后の警備が手薄になるかと思って。って、何で知ってるの?」

「今上に、匿名の事件予告が来たって言われたの。だからその直後にいかにも重要そうな今上からの代書を叡俊の目の前で閻魔様に渡して、反応を見てほしいって」

 あのとき火亜に代書について聞かれた夾竹桃は、火亜ではなく叡俊を見て返答した。

――恋文じゃないからね。頼まれてた代書。今上閻魔大王様から。

「で、そのときの反応見たら絶対こいつだなってわかったから、それをそのまま報告したの」

 どんなかすかな感情の揺らぎも、夾竹桃は捉えられる。

 それが叡俊であるならば。

「……参ったな」

 叡俊が上半身を倒して、草むらに寝転がった。

「きょうちーは卑怯だ」

「そう?」

 叡俊は青い空を、あおい目でじっと見つめている。

「……卑怯だ」

 もう一度言った。

 今まで聞いたことのない声だった。

「俺には、全然気持ちを言わないくせに。こっちの気持ちは簡単に左右して……」

 叡俊が、片手を空にかざした。

「君のせいで、君と出会ったせいで、俺の人生めちゃくちゃだよ」

「そう。よかったじゃん」

 叡俊は、掲げた手をそのまま落として両目を覆う。

「俺が、夾竹桃に勝てるわけないだろ……」

「そんなことないよ」

 夾竹桃も寝転んだ。

「私は一回、叡俊に負けてる」

「……いつ?」

「言わないけど」

「だろうねぇ」

 二人の声は、青く晴れた空に溶けていく。

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