第34話『ダンジョン配信を始めます!』

「そういえば美夜、そのネックレスちょっと珍しい形状をしてるっすね」

「あ」

「あ?」


 このネックレスのことをずっと忘れていた。


「えーっとこれはね、配信ができる物なの」


 私達はダンジョンに出発する前に、宿の休憩所にてご飯後の小休憩を挟んでいる。


「ほえ~、そんな小さい物が、このダンジョンの中でも電波が通るってことっすか?」

「うん。詳しい技術的なことはわからないんだけど、実際に配信をやってみたら、ちゃんとできてたの」

「ほほぉ~、今の技術ってすげえっすね」


 音暖の物珍しく向けられる目線を、自分もこんな感じだったのかなと重ねる。


「でもね、これだけが最先端の技術すぎて他のやつが追い付いていなんだ。配信中の自分を確認したり、視聴者の人がしてくれたコメントを観ることができなかったりするの」

「なるほどっすね。……あれ、ってことは美夜は配信者ってことになるんすか?」

「あー、う、うん。人気者ってわけでもないし、自分で配信をしたのは片手で数えられるぐらいしかない駆け出しなんだけどね」


 アイドルとしての配信してもらったのは2回程度だし、あの記者会見……のはどう捉えたらいいのかわからないから、2回ぐらいしかやってないもんね。


「それでも凄いっすよ。それって、なにかを伝えたいとかなにかを届けたいっていう気持ちがあるからできるんすよね。それって凄いことだと思うっすよ」

「……ありがとう」


 言葉にできない感情が込み上がってくる。


「なんだか面白そうな話をしているじゃない」

「そういえば浅葱先輩は動画とか観てたっすよね」

「私が観ているのは可愛い動物系だけどね」

「以外っすね」

「なによ、文句ある?」

「ないっすよー」


 これは笑っていいのか悪いのか……判断を迷ってしまう。


「美夜ちゃんはどんな配信をしているの?」

「今のところは決まっていないんですけど、ダンジョンでのあれこれを配信しようと思っています」

「ほほぉ~。それは凄いことになりそうね。だって今のところは誰1人としてダンジョンで配信ができないんだから、いわゆる先駆者になれるチャンスね」

「あたしはよくわからないっすけど、確かに電波が通じないのが普通の今は、まさにチャンスってわけっすね」

「やっぱりこれって、そんなに凄い代物だったんだ。あ、これはとある人からいただいた物なんです」

「どんな縁でそうなったかはわからないけど、それはそれで凄い話ね」

「じゃあ、今回のクエストを配信してしまえばいいんじゃないですか」

「え?」


 唐突に炎墨さんがそんなことを言い出すものだから、思わず振り向いてしまう。


「難しく考える必要はありませんよ。浅葱さんも音暖さんも問題はありませんよね?」

「そうね。別に問題はないわよ」

「そうっすね、隣に同じくっす」

「一応、詳細な会話をする際は配信を切ってもらえれば大丈夫だと思います」

「ほほお……なるほど」


 たしかに地上で生活している人は、この景色を眺められる機会はそうそうないはず。

 私と同じ感動を観てくれる人に届けられるかもしれない。


 これに加えて、素人の私じゃない3人の戦闘する姿を映せたら、自分だけの力じゃないにしても凄いことになるんじゃ……?


「ではお言葉に甘えさせてもらいます。せっかくなので、ここから出たら配信を初めても大丈夫ですか?」

「そうね。せっかくだし街並みをみてもらうのもいいわね」

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

「ちょっとワクワクしてきたっすね。こういうの、なんていうんすか? 演者になるんすか? それとも共演者になるんすか?」

「どうなんだろう。私もわからないけど……たぶんどっちもかな?」

「僕達はテレビにこそ報道されることはあっても、こういった配信やなにかの番組に出演する機会はなかったですからね」

「炎墨がちょっと楽しそうにしているのは珍しいじゃない。でも、私もちょっとだけ楽しみになってきちゃったわ」


 少しふざけているのかな、と思ってみんなの顔を窺ってみたら、本当にちょっとだけ楽しそうな感じがする。

 でも、私が逆の立場だったら同じくちょっと楽しみにしていたかも。


「それじゃあそろそろ行きましょうか」


 雅さんが立ち上がって、私達もその後を追って外に出た。


「あ、そういえば配信中はなんて呼び合えばいいのかな? 美夜ちゃん……は、さすがにマズいだろうし」

「それなら、冬逢キラという名前で活動しているので、下の名前でお願いします」

「じゃあこれからはキラちゃんってことで、ね。私達はー、ん~どうしようね? 別に名前を伏せているわけでもないから、そのままでいいと言えばいいんだけど」

「どうしましょう」


 んんん~、どうしたらいいんだろう。

 足りない頭でアイデアを捻り出そうにも、足りないのだからいい感じのものが出てこない。


「まあそこら辺は難しく考えずに、幸いにも珍しい名前が揃っているわけですからそのままでもいいかと。少しだけイントネーションを変えて、マサ・ノノ・エンボクといった感じにキラさんと合わせればいい感じになると思います」


 雅さんと音暖と私は、炎墨さんからの提案に口を揃えて「おぉ~」と唸る。


「確かにね。文字になるわけじゃないから、ちょっと変えただけじゃ意味がなさそうだけど、カタカナっていう感じに発言すれば、ペンネームみたいになるわね」

「エンボク先輩、さすがっすね」

「じゃあ早速、キラちゃん・ノノ・エンボク。うんうん、いい感じ」

「ではキラさん、配信を初めても大丈夫ですよ」

「わかりました!」


 ネックレスをトントンっと2回叩く。


「配信が始まりました」

「ほえ~、そんな簡単にスタートできるんすね」

「ちなみに、配信終了も同じことをすればで止まるよ」

「その配信機材、本当に便利っすね」

「じゃあまずは街並み配信よ~っ」


 アサさんはもしかしたらこの中で一番、配信というものに心躍ろさせているのかもしれない。

 落ち着きのある綺麗なお姉さんが、拳を高くつき上げてから歩き始めているのだから、たぶん間違いない。


「そういえば、配信タイトルとかって編集できるの?」

「実はまだ熟知できていなくて、把握できていないんです。取扱説明書をデータでいただいたのですが、3桁ページは余裕でありました」

「まあそこら辺は後々ってことね」

「でも、配信タイトルは引き継がれるみたいなので、今のタイトルは【ダンジョン攻略配信】という感じになっています」

「なるほどね。それだったら当たり障りないけど、一目見たらつい気になって覗きに来ちゃうわね」


 でも実際のところはどうなんだろう。

 配信に残されているコメントの中には、残念ながらタイトルについてのコメントは見受けられなかった。

 このタイトルに効力がどれほどあるかは、もう少しだけ時間が必要そう。


《こんにちは!》

《お、配信が始まってる》

《ん? タイトルにはダンジョン攻略ってあるけど、変更ミスか?》

《たしかに。これ、どう観ても俺らが知ってるような風景だよな》

《すまん、あんま共感できん》

《ぴえん》


 配信が始まってから、たぶん5分ぐらい経ったかな。

 だったらそろそろ話をしてみないと。


「皆さんこんにちは。皆さんの中には、疑問を抱いている方もいらっしゃると思います。ですが、ここはちゃんとしたダンジョンの中です」


《わわわ、しゃべったああああああああああっ》

《大丈夫だ。初見の民に言うが、この子はコメントが観られない環境で配信してるンゴよ》

《ここがダンジョン内ってマ?》

《あれか? ダンジョン風の特撮的なやつ?》

《てかダンジョンの中って配信ができるの? 本当だとしたら、この人以外誰もダンジョンで配信している人いなくね? スゴ》

《ただの田舎にしか見えない件》


「実は私もここの存在を知ったのは今日が初めてなんです。最初はいろいろと理解ができなかったんですが、こちらにいる方々と一緒にダンジョン攻略をしている内にいろいろと教えてもらいました」


《そういえば初めてみる顔がいるな》

《お? 新人なのにもう他の配信者とコラボ?》

《黒のスーツ姿って怖すぎん?》

《女の子がいっぱい!》

《サングラスの人、かっこよ》


 この場合、全員分の軽い自己紹介はした方が視聴者のみんなには親切だよね。


「えっと、こちらのお姉さんがアサさんで、お兄さんがエンボクさん。そして、こちらがノノ。特徴的な服装をしているけど、みんな探索者で私よりかなり強いからとっても心強いんですよ」

「皆さんよろしく~」

「ノノっす。よろしくっす」

「よろしくお願いします」

「では皆さん、このまま少しだけ街並みを眺めながら歩いていきますので、よろしくお願いします。その後はダンジョンにいって戦うので、そちらの方もぜひぜひよろしくお願いします」


《配信内容を最初に説明してくれるの助かる》

《他の人も気になるから、街散策を続行して雑談配信にしてくれないかなー》

《俺は早く戦闘しているところが観たいゾ》

《わいはこの落ち着いた雰囲気で話す声を聴きながら目を閉じるつもりだ》

《おいw それは後々絶対に飛び起きる案件だからやめとけw》

《とりあえず面白そうだったらなんでもOK》

《俺氏、配信主の前を歩くお姉さんから目を離せない件》


「建物に使われている木材は、この階層に生えているものを使っているんですよ。私もビックリだったのですが、この階層にはモンスターが出現せず、木々が生えていたり食べられる木の実とかもあるんです」

「ちなみに、川が流れていてそこに生息する魚とかも食べられるっす。最初に食べようと思った人はなかなかの猛者っすよね」


《あれだな。現実世界でも、最初に魚を食べた人がいるのと同じ話だな》

《ダンジョン産の食べ物とか、かなり興味をそそられるな》

《おいおい! 性癖にぶっ刺さる喋り方している子がいるって!》

《落ち着け。残念ながら俺らの声はあちらに届くことはない》

《なんやて!》

《地上に戻ったら見られるかもな》

《うっわ。今はただの勢いで発言してるのに、後々から見られるとか恥ずかしくなってきた。消えたい……》

《どんまい》

《どんまい》


「それでは階層を移動するまで、このままぶらりとやっていきますね」

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