第四章

第21話『配信者達の行動が、実を結び』

「ええ、もちろんですとも。ぜひともご協力させてください」

「彼は自分にできることを一生懸命に……え? 今、なんとおっしゃいましたか?」


 マネージャーは、全く予期していなかった回答に目を点にしてキョトンとしてしまう。


「だから、ぜひともこちらの会社でも協力させてほしいと申し上げたのです。こちらとしても、仕事仲間がああいうかたちで命を助けていただいたのですから当然です。しかも、それと同時に我々の情報も護ってくれたとも思っています」

「た、たしかに」


 燃えるぐらいのモチベーションで乗り込んできたのに、気づけば相手の熱に気圧されてしまっていた。


「別に嫌味を込めるわけではないんですけど、こちらは既に会議で話題を出していまして――」

「えぇ!?」


 マネージャーの声が応接室内に響き渡る。


 だが、これは好機。

 既に起きているビックウェーブに乗るしかない。


「それでは、ご一緒に計画を練っても大丈夫ですか?」

「もちろんですとも! では早速、調整をしていきましょう」


 2人はメモ帳を取り出す。


「たぶんそちらでも話題が出たと思いますが、映像を使えるからといってプライバシーの面を考慮するのであれば、顔をそのまま使うというわけにはいきません。ですが、1つだけ例外を上げるとすれば別の動画です。そう……顔が映っていないような、しかし声や容姿がハッキリとわかるもの」

「ですが、顔や声にモザイク加工をしたとしても、ネットに載せることはできません。次の手はありますか?」

「そこは任せてくださいよ。我々は大企業なのです。文明の力を使わず、自分達の足を使うんですよ」

「おぉ……なんと頼もしい」

「学生っぽいですけど、どこかで制服などがわかれば早いのですが……最終手段として、探索者組合に協力を仰ぐというのもあります」

「なんだか凄すぎますね。我々では絶対に成せない領域の話をしておられる」

「あははっは、そんなことはありませんよ。たぶん、うちらと近い大手企業だったとしても首を立てに振らせることは難しいでしょう。あそこは簡単に口を開かないですからね。――人脈ってやつですよ。トップ層に昔馴染みが多いもんで」

「そ、それは凄い壮大な話ですね……」


 マネージャーは顔を引きつらせて笑う。


 勘違いではなく、間違いなくこの取引先の社員は大物だ。

 人当たりがよく高い人間性を有しておりながら、圧倒的人脈を有している。

 よくもまあこんな大物がたかが一企業の歯車に収まっている、と肝を冷やす他ない。


「で、ですが職権乱用にならないようお願いしますね」

「あはは、それはもちろんですよ。誰かのために、とはいえそれでは元も子もないですからね。こっそりと、どこら辺で狩りをしているか、ぐらいにしておきますよ」

「それを聴けて安心しました」

「それはそれとして、こんなこともあるかもしれないと思って、あるものを持ってきていたんですよ」


 【兵頭ひょうどうただす】という社員証が胸ポケットから零れ落ちると同時に、テーブルの上にどこかで観たことのあるネックレスが置かれる。


「もしかして、もう完成したというのですか……?」

「そうなんですよ。そして、前回とはさらなる軽量化を計りました。これをその少女がもしも配信者として活動をしようというのであれば、無償で提供するつもりです」

「えぇ!? む、無償でですか!?」


 つい声が大きくなってしまったマネージャーは両手で口を塞ぐ。


「もちろんですよ。あ、ちなみにRakutaさんにももう1つを提供するつもりでもありますので、そこら辺もよろしくお願いします」

「う、うちもですか!?」

「探索者の資格を取得しているかつ影響力のあるRakutaさんとはいえ、命の危険があるというのに依頼を受けてもらった相手に礼儀を尽くさないのは違いますからね。報酬金だってちゃんと上乗せしますよ」

「な、なんと……ありがとうございます」

「それでは情報が入り次第、夜中であっても連絡だけは入れておきますので。返信は不要ですから。いろいろとこちらに気を使うより、行動を優先させてください」

「ご気遣いいただき、本当にありがとうございます。この件、僕の勘では盛大なことになりそうだと思います」

「なるほど。それは、どのようなところから?」

「マネージャーとしての、勘です」

「いいですね。そういうの、好きですよ」




「……それで草田、考えを聞かせてくれ」

「はぁ……久しぶりに会ったと思ったら、すぐに話題を切り出す感じは昔から変わってないようで安心したわ」

「別にいいだろ。僕達は楽しくお茶を飲みに来たんじゃない」


 兵頭ひょうどうの調査は迅速を通り越して光速で、その日の夕方にマネージャーの元へ連絡が入った。


成宮なりみやくんさぁ、大学の時からずっとそんな調子だから彼女の1人もできないんじゃない?」

「おい、それとこれとは関係がないだろ」

「なんだかこんなやりとりも懐かしいね。新聞部で4年も一緒に活動していた時を思い出すわね。それで、その面白そうな話はデマとかではないんでしょうね」


 全ての情報を伝えることはできないが、マネージャー成宮なりみやは、事の経緯をある程度伝えた。


「ああ、あの時に名刺交換した時から担当している人が直に撮ってきた映像がある。そして、ある信頼できる情報筋からキミの元に辿り着いた。車とナンバープレートがそのままで助かったよ」

「なるほど。それにしても成宮くんの記憶力って、今でも感心しちゃうぐらい凄いわよね。ちなみに、私の方は昔とは担当が違うし、事務所もやめたわよ。今担当している子と一緒に」

「うーっわ、草田もあの時から変わってないじゃんかよ。どうせ、普段は綺麗な顔で澄ました態度のクセに、決める時はガツンと言って鋭利な目線でも突き刺したんだろう?」

「おぉ、私のことをちゃんとわかっているじゃない」

「そんなことより、どうなんだよ」


 成宮は真剣な眼差しを向け、それに応えるように草田も真剣な表情に戻る。


「率直な感想を言うと成宮くんならもう察していると思うけど、私が担当している子がそのお探しの子であり、アイドルなのよ。加えて説明すると、高校生でアイドルで探索者をしているの。この意味、わかるわよね?」

「ああ。沢山の人に称えられる活躍をしたとなれば、間違いなく記者連中が動く。その先に待つのは、その子の私生活や学校に及んでしまう」

「私の心は、思い留まるようにと止めてくる。でも、私の勘はゴーサインを出している。成宮くんの勘はどっち?」

「草田と全く一緒だ。だが、その子を想うなら決断は急ぐべきだ。僕が思うに、その子がアイドルとしてのし上がるのは今が絶好の機会だ」


 草田は成宮から一旦視線を外し、悩む。


 成宮は学生時代から、情報や条件が整って確実な成功を掴める時にしか自信をもって話をしない。

 そして、それは一度たりとも外れることはなく結果を残し続けていた。

 だから今回の案件も間違いないもの。


 しかし草田も思い成宮も懸念している通り、首を縦に振った先にある未来は祝福だけではないだろう。

 時に嫉妬、時に誹謗、時に迫害。

 これらが待ち受けていることは容易に想像ができる。


 それを踏まえ、美夜のことを想い浮かべた。


(美夜ちゃんを誰が護ってあげられる? アイドルとしての活動をしている時は私達が、学校に居る時はきっと友達が。でも、それだけで大丈夫なの? 絶対に足りない)


 しかし、こうも想う。


(だけど、美夜ちゃんという1人の少女は今まで屈強に生きてきた。自分のためより他人のために頑張れちゃうようなそんな少女が、ちょっとやそっとの壁にぶち当たってへこたれるようなはずがない。美夜ちゃんは亡くなってしまったご両親と交わした約束を絶対に果たせる、そんな子だ。だから、私達は美夜ちゃんを支えようと決めたんだ。なら――)


 草田は成宮と再び目線を合わせる。


「その話、乗った。私は彼女の強さに賭ける。想いに賭ける」

「草田にそこまで言わせるような子ってことか。ぜひとも合ってみたいものだ」

「大丈夫よ。そう時間は掛からずにあなたも画面の向こうでみられるから」

「ははっ、それは期待大だな」

「まあでも、録画してあるっていう動画の公開はまだまだ先になりそうね」


 草田は明らかに悪だくみをしているであろう笑みを浮かべた。


「その策、聴かせてくれよ」

「マスコミと戦うかもしれないのよ? 切り札は最後まで残しておかなくっちゃね」

「あーなるほどな。そりゃあ今から笑いそうなくらい楽しみだ。じゃあ、こっちもその手筈で話を進めておく。じゃあ今日はここら辺で――」

「はぁ? あんた、私という美人お姉さんをこのままほったらかす気なの? この後も付き合いなさいよ」

「げっ」

「なによそのあからさまな嫌気は。いいじゃない、久しぶりなんだし」


 成宮は時計を確認し、メモ帳を取り出す。

 明日の予定は朝の7時から。

 このままいけば、たぶん帰宅できるのは深夜。


 頭の中では「いや、絶対に無理だろ」と思いながらも……。


「わかったよ。だが23時には、絶対に帰る」

「お、昔と違ってノリがよくなったねぇ~? もしかして、私を置いてけぼりにして先に彼女ができたの? え?」

「んなわけないだろ。そんなダル絡みみたいなことをするから、顔と性格はいいのに一度も彼氏ができないんだろ」

「なにそれ、褒められているのに辛辣」


 制約が設けられて食事しに行った結果……成宮が帰宅したのは深夜2時だった。

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