第4話『アイドルの私、人気上昇っ』
今日は土曜日。
午前中のうちにダンジョンでお小遣い稼ぎ兼ストレス発散をしてきた。
そこからなんやかんやしてお昼を済ませた後、駅前にエコバッグを左肩に下げ、少しだけダボっとしたパーカーとズボンを着て立っている。
今から買い物へ向かうために駅へ来ているわけではない。
私はこれから、見ず知らずの道行く人々に自分を売り込む。
バックの中にあるこのティッシュを配って。
スマホで時間を確認――13時40分。
「私は日頃から、この配信サイトで活動しています! よろしくお願いします!」
ポケットティッシュを片手に、笑顔ですれ違う人達に語りかける。
でも、
「ありがとうございました!」
一つも受け取ってもらえない。
だけど、一瞬でも視線を傾けたことに感謝をする。
気持ちだけじゃなくて、しっかりと言葉で。
そして次。
「私はこの配信サイトで、歌やダンスをしています! お時間に余裕がある時にでも覗いてみてください! よろしくお願いします!」
こんな見ず知らずの人間が、よくわからない活動をしていて、それを売り込んでいるんだ。
普通の人は見向きもしない。
わかってる。
このティッシュに記されているURLだって、ウイルス関連や詐欺サイトへの誘導かもしれない。
そんなリスクを負ってまで、わざわざ足を止めてくれる人は居ないっていうのはわかってる。
「結構です」
「ありがとうございました!」
大丈夫。
このティッシュ配りに使っているポケットティッシュは自分で作った物。
最初の頃みたいに、
だから、こうして残ってしまったとしても心が痛まない。
だって、これを作るのは意外と簡単なんだよ。
透明な器にティッシュが詰め込まれている状態で用意してもらっているから、そこに事務所で作ってもらった宣伝用の紙を入れるだけ。
全部で200個、約1時間で作業は終了した。
だから大丈夫。
他の人も、こうやって小さい努力を積み重ねているんだ。
「よろしくお願いします!」
無視されたって俯かない。
「よろしくお願いします!」
一人で戦っているようで、そうじゃない。
簡単に諦めたらみんなに顔向けできない。
そう。
笑って、前を向いて、私を観てくれた人が少しでも元気になってもらえるように。
「よろしくお願いします!」
あれ。
「どうも」
「あ、ありがとうございます!」
「頑張ってね」
一人の男性が、ほとんど足を止めずにティッシュを受け取ってくれた。
それだけじゃなくて、見ず知らずの私に応援の言葉をかけてくれた。
あまりの嬉しさに、私はその男性の後ろ姿へ深々と頭を下げる。
「お姉さん。一個だけもらってもいいかな」
「え、あ、はい!」
「頑張ってね」
「ありがとうございます!」
そしてもう一人、男性の人が。
急な出来事で、少しだけ動揺してしまった。
嬉しくて、今の状況が理解できない。
こんなに立て続けで声を掛けられたことがなかった。
だからもっと飛び跳ねて喜びたいんだけど――。
「お姉さん、私も一個だけもらっていいかな」
「ありがとうございます!」
次は女性の方。
私より年上で、ビシッと決まった上下スーツにハイヒール。
仕事の移動最中で忙しいはずなのに、私の前でしっかりと足を止めてくれた。
「若いのに凄い頑張ってるね。アイドルをやっているの?」
ティッシュに印刷されている内容を眺めた後、私に視線を合わせてくれる。
「はい! 今はまだまだ発展途上ですけど、全力で頑張っています!」
「いいじゃないそれ。努力して這い上がっていく感じ、泥臭くても私はそういうの好きよ」
「ありがとうございます!」
「努力は隠してやるから美学。なんて言う人も居るけど、今のあなたみたいに全てを曝け出して恥なんて感じずにやっている姿こそ、本当の美学だと私は思うわ。だから、頑張ってね」
「――……はいっ! 頑張って這い上がってみせます!」
「いいよその意気。それじゃあね」
その女性は、ヒールをカツッカツッと鳴らしながら去って行く。
「ありがとうございました!」
そして、私は深々と頭を下げる。
正直な話をすると、話しかけられた時は少しだけ怖かった。
世の中にはいろんな人が居る。
さっきの男性2人のような、ほとんど足を止めないで去りながら受け取ってくれる人がほとんど。
ああやって完全に足を止めて、面と向かって話しをしてくれる人は本当に少ない。
「僕もティッシュをもらってもいいかな」
「はいっ! ありがとうございます!」
この行動に結果が伴わなくたって諦めない。
今のこの嬉しい状況も、偶然なんだ。
勘違いしてはいけない。
しっかりと笑顔で応えなくっちゃ。
「ありがとうございます!」
2人組が。
「ありがとうございます!」
そして1人。
また1人。
そして1時間後。
「あれ、もしかしてもうティッシュなくなっちゃった?」
「え、あ、あれ。ないみたいです」
慌ててバッグの中へ手を入れても、中を覗いても一つもない。
「ごめんなさい」
私が頭を下げようとしたけど。
「いいんです。良かったですね、全部なくなって。せっかくなので、お名前だけでも聞いていいですか?」
「はいっ! 私は、
「冬逢キラちゃんね。今度時間がある時に検索してみるよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ頑張ってね」
今日で二度目。
しっかりと足を止めてくれて、私の目を見て話をしてくれた人。
「本当にない……」
さっきの確認が、もしかしたら幻想だったかもしれないから再確認したけど、本当にティッシュは入っていない。
冷静に自分の目で確認した今でも、ちょっと信じられない。
だって、いつもはこんなに早くなくなることがないだけじゃなくて、夕方まで残っているし、全部渡しきれずに帰っていたから。
なのに、今日は奇跡でも起きたんじゃないかと思ってしまうほどには、非現実なことが起きてしまった。
「一旦お家に帰ろう」
また話しかけられてしまうかもしれない。
私は帰路に就く。
わかっている。
こんなことは本当に偶然であって、ティッシュを受け取ってくれたからといって検索をしてくれる人なんてほんの僅かだけ。
浮かれてはいけない。
喜んでいられる場合じゃない……と、わかっていても、この高鳴る心臓と緩んでしまうほっぺは自分でも抑えられそうにないかも。
それに、鼻歌が無意識に奏でられたと思ったら、スキップなんてしちゃい始めちゃってる。
今日だけは……今だけは、少しだけ喜んでもいいのかな。
いいよね、今だけなら。
「ふふんっ」
アイドルの私、人気上昇っ。
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