第7話 闇の中


 黄金の瞳……。


 アルマの目の瞳の変化にゾラがすぐに気づいた。


「そうか……そういうことだったのか。それなら――」

 ゾラは小さな声でつぶやく。


 アルマの変化にオーガも気づき、ガクソンへの攻撃をやめアルマに走り始めた。

 雄叫びをあげながら槍を一振り、それをアルマは真正面から受け止めた。

 普通なら剣ごと斬られそうな一撃を、吹き飛ばされることもなく受けた。


「止めたのか……あの一撃を?」

 ガクソンは驚きと興奮で顔がニヤける。


「ウオオオオオオォォォ」


 オーガの攻撃はもう槍術でもなんでもない。渾身の一撃だけをひたすらアルマに向かって繰り出すだけ。その全ての攻撃をまともに受け止める光景は、誰に言っても信じてもらえないぐらい驚愕するものだった。


 そして今度がアルマが姿を消した。


「……嘘だろ」

 離れたところで見ていたガクソンでさえもアルマの姿を見失う。


 ドンっと上からもの凄い音が聞こえ、全員が一斉に上を見上げた。

 アルマは天井まで飛びオーガまで急降下。そうわかった瞬間オーガの首が飛んだ。


 首から下は地面に倒れこみ、首はゴブリンの足元に飛んだ。


 まだ数体生き残っていたゴブリンは、恐怖から一斉に逃げ出したが、次の瞬間には全てのゴブリンの首が飛んだ。それはあっという間の出来事だった。


「なんだその力……まるで異世界人じゃねぇか」


「これで全部だ……くそったれ――」


 アルマは最後に悪態をついて、意識は闇の中に消えていった。



 〇                 〇                  



 ――気持ちいい風と共に草のいい匂いがする。


 馴染み深い馬の匂いもする。馬に乗っているのだろう揺れを感じる。


 目を開けると茜色の空がキレイに感じる。


「おっ、気が付いたかアルマ」


 ガクソンの声が後ろから聞こえる。それと体温も感じた。

 どうやら男2人で馬に乗っているらしい……。


「おい、馬は2頭居たと思うんだが、もう1頭は何処へ行った?」


「ハハハ。もう一頭は、ほら」


 ガクソンの目線の先には、馬に乗って並走するゾラの姿があった。


「本当に仲間になるつもりなのか?」


「結果的に賭けはお前の勝ちだ。お前についていくよ」

 会った時のように口が悪くなく、ゾラの口調はとても穏やかなものだった。


「さっきも言ったが、俺に仲間なんていらない。俺の目的にゾラは関係ないはずだろ。それでも付いてくるのか?」


「お前一人だとゲンジロウに会う前にくたばるだけだ。安心しろ、ゲンジロウを殺す目的は一緒なんだ。それにお前の目は使える」


「あー確かにな。アルマの目、魔眼だろ?そんなの持っている奴なんて滅多にいない。ただちょっと訳ありって感じだけどな」


 魔眼は使うつもりはなかった。しかし、使わなければ死ぬかもしれないと思った。こんな序盤で終わるわけにはいかなかった。

 自分自身の弱さに嫌気が覚える……。


「昔、ゲンジロウから強制的に与えられたものだ。おそらく、アルカナの力を何倍にも増幅させる力っぽい。まぁ使えばさっきのように必ず気を失うから、あまり使わないようにしている」


「そうだな。お前一人だったら死んでいたよ。あのゴブリンの巣にはまだ生き残りが数体居たからな」

 ゾラが言った。


「まさか……そんなはずない。気配はなかったはず……」

 

 確かに全部斬ったはずだ。魔物の気配全て。確かに記憶にある。


「隠し通路だよ。丁寧に隠してあった。まあその先には胸糞悪い光景だがな」

 その光景を思い出したかのように、ゾラは舌打ちをする。


「……そんなぁ」

 オーガとの戦いで目を使ってしまった。その選択を悔やんだ。

 もっと他のやり方があっただろうか?分からない……。


「【繫殖部屋】のことは悔やんでもしょうがない、今回のオーガは特別な奴だった。お前の目がなければ、2人共危険だったンだ」

 ガクソンはアルマに諭すような感じで言った。


「そう……か。俺はオーガとの戦いに必死で……最悪だ」


 胸糞悪い。


 魔物たちの気配は全て斬ったと思った。だから油断した。

 あのゴブリンの数なら必ずあるはずと、そんなことも想像できない自分に未熟さに嫌悪感さえ覚えてしまう。



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 ゴブリンの巣には、繁殖部屋と呼ばれる部屋が存在する場合がある。


 どこかの村から人間の女性が誘拐し、そして繁殖部屋に入れられる。

 そこで死ぬまでゴブリンの子供を産み続け、死んだら引き裂かれ、ゴブリンたちの餌になる運命が待っている。


 繫殖部屋を見た者は、まるで地獄と言うのだろう。



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「だが今回は運が良い方だ。みんな死んでいたからな」

 ゾラが普通に言ってきた。


「ふざけるな!――俺がもっと早くクエストを受けてさえいれば……」

 

 もっと早くこのクエストを受けてさえいれば、助けられた命もあるかもしれない。  

 自分の弱さと頭の悪さが惨めにさせる。


「しょうがないこともある。ゴブリンの巣から救ったところで最後は自殺する。魔物に攫われた時が人間としての終わりの時だ。それがわかっているから、クエストにも救出の文字はないし、言わないのが暗黙の了解とされているのだろう?」


 そう言うガクソンの表情には、なんともいえないような大人の感情があった。


 繁殖部屋に居た女性のほとんどが精神を壊している。王都に連れ帰ったとして廃人のような生活が待っているし、精神が無事なら絶望して自殺する。


 クエストにあったゴブリンの巣の破壊。

 本当の意味は、その場で女性たちを楽にさせるということ。

 それが良いと考える冒険者もいるし、救出するべきと考える者もいる。

 どっちにしてもそんな場所は壊して無くした方がいい。


 一応、冒険者ギルドの判断は、クエストを達成した者に委ねることになっている。


「わかっている。ただ……後悔しているだけだ」


「何を言ってやがる?後悔も何もお前一人なら死んでいた。後悔の一つしている余裕があるだけ喜べ」

 

「なに!?」

 なぜそこまで人の死を軽くみれるのか、怒りを覚える。


「まあまあ二人と落ち着け。アルマ、遺体は燃やしておいた。弔いにしては質素だが、やらないよりは良いだろう?巣だって俺がきちんと壊しておいた」


「……そうだな。……ありがとう」

 ガクソンの言葉に少し冷静さを取りもどす。


 そしてアルマは、心の中で亡くなった者たちを弔った。



 冒険者になれば必ず死が身近にある。

 昨日居た人が今日は居ないなんてことは良くある話だ。


 ゾラのように、すぐに気持ちを切り替えることも冒険者なら大事だ。

 人の死に対して、後悔や悲しみが続くと前に進めなくなる。


 アルマ自身もそれは良くわかっている。

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