第249話 嫌な遭遇

 一体、また一体と魔物が倒れる。


 血に染まった赤黒い地面を見下ろし、俺はパチパチと拍手した。


「さすが大和の天才剣士ヨシツネ。見事な腕前で」


「ふふっ。リアムに褒められるのは悪くないね。でも、失敗だったなぁ」


「失敗?」


「どうせならリアムに戦わせて実力を見たほうがよかったよ。思わず刀を振っちゃった」


「いやいや、俺の実力なんて見ても虚しくなるだけだよ」


「それはどういう意味で?」


「想像にお任せします」


 俺は曖昧な表現でぼかした。


 正直なところ、ヨシツネの実力は俺の想像を超えるほどではなかった。あれなら仮に刃を交えても百パーセント俺が勝つ。


 とはいえ先ほど戦った魔物たちはどれも低級の個体ばかり。ヨシツネが本気だとは思えない。


 次は俺に討伐の番が回ってくるだろうから、あえて実力を隠して剣を振ってみよう。それで彼女の興味が消えるならよし、消えないならさっさと王都へ誘導したい。


「じゃあ次はリアムね。私相手にそこまで言ったんだから楽しみにしてるよ?」


「はいはい、ご期待に添えるよう頑張るよ」


 適当に答え、俺たちは倒れた魔物を回収する。


 俺のギフト——というかスキルを見て、ヨシツネがにわかには信じられないと驚いた。


「なっ。君のスキルは空間系の能力だったの⁉」


「便利だろ? 冒険者には欠かせない能力だよな」


「いやいや……もっとこう、バリバリの攻撃系かと思ってたよ」


「インベントリを舐めるなよ。時間という概念が存在しないからいつでも温かいご飯が食べられる」


「そんなキメ顔で言われても……」


 どこか呆れた表情でヨシツネにツッコまれた。


 彼女には悪いが、俺のスキル全てを見せたりはしない。インベントリだけでも相当貴重な能力だけどね。




 全ての魔物を回収し終えると、今度は俺が先頭に立って魔物を討伐する。


 かなり手を抜いて戦ったから予定より時間はかかったが、ぎりぎりヨシツネと拮抗するくらいの実力に抑えられた。


 彼女も、


「ふうん」


 と意味深な反応を見せる。


 だが、特に何かを言うことはなく、大人しく魔物の死体を回収してから町に戻った。


 結局、ヨシツネを追いかけて来ている何者かは今日も見つからなかったな。俺の杞憂で、まだシナリオは全然進んでいないのかもしれない。




▼△▼




 その日の夕方。


 一足先に宿へ戻った仲間たちを見送って、俺だけ単独行動する。


 というのも、ヨシツネ以外のメンバーが疲労を感じていたようなので帰らせた。外と同じようにスカディの使役する鳥が俺のそばを飛び回り、護衛にはマリーとスカディがいるからまあなんとかなるだろう。


 一応、ヨシツネも彼女たちのことを見てくれるらしい。俺だけ冒険者ギルドを目指した。




「……ん?」


 人通りの多い道を歩いていると、視線の先で女性が二人組の男性にナンパされていた。


 聞こえてくる会話からして相手は女性だろう。ハッキリ断言できないのは、ナンパされている彼女が黒い外套をまとっているからだ。


 首から下まですっぽりと漆黒に覆い尽くされている。


「やれやれ、どこでもああいうのは湧くな」


 見るからに不審者然とした相手に話しかけ、「お姉さん面白いね、お茶でもしない?」と提案するなど危機感の欠如だ。


 女性も男性も助けるために、放置できなかった俺は彼らに声をかけた。


「あ、あー……ナンパはよそでやってくれないか? 彼女は俺と待ち合わせしてるんだ」


 すると男たちは、引き際を弁えているのか、俺の顔を見た途端に舌打ちして女性のそばから離れていった。


 よかったよかった。変に絡まれて暴力沙汰にならなくて。


 内心ホッと安堵の息を吐くと、絡まれていた女性の視線がちらりとこちらを向いた。


 その瞬間、俺は全身が震えるのを感じる。


「ッ」


 こちらを向いた彼女の顔は、黒いフードで隠されている。全容はあまりよく分からないが、特徴的なものがあった。


 黒い眼帯だ。目元を多い隠すその布に見覚えがあった。


 まさかとは思いながらも、一歩身を引いておく。そのタイミングでフードの女性は口を開いた。


「申し訳ありません、助かりました。しつこく声をかけられていたもので」


「い、いえ……どういたしまして」


 彼女は危険だ。彼女を俺は知っている。


 極東大和の剣士にして、天才ヨシツネが認めたアサヒ。


 ゲームに登場するキャラクターの一人だ。


 ヨシツネのルートにおいて彼女の存在は割と大きい。何より彼女は、ヨシツネのルートで……。


「それじゃあ、俺はこれで」


 慌てて踵を返す俺だったが、歩き出そうとした瞬間に腕を掴まれた。


「お待ちください」


「な、なんでしょう」


「助けてもらっておいて恩を返さないのは名折れ。どうか、私にお茶をご馳走する権利をいただければと」


「結構です!」


 即答して俺は彼女の腕を振りほどき、急いで別のルートに進路を変更する。


 やや走るように逃亡しながらちらりと背後を見ると、手を伸ばした状態で固まったアサヒの姿が目に焼き付いた。


 高鳴る心臓が、物語の進行を示している。

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