第246話 ヨシツネという女
極東の島国〝大和〟。
それは、侍と呼ばれる者たちが日夜、己の力を高めるための場所だった。
外部との交易や情報の交換などはほとんど行われない。実質的に鎖国している国で、月に一度の外からの来訪ですら多いと言われるほど。
非常に閉鎖的で、身内意識が強い。
人は大和を〝牢獄〟と称する。本人たちもその性質は認めているのか、特に撤回の言葉を求めることはなかった。
しかし、大和は歴史の長い国でもあった。
自分たちで戦力、食料、領地など全てを用意してきたからこそ逞しく、
ゆえに、国内に引き篭もる侍は世界有数の実力者としてそこそこ名前が通っていた。
実際、よく道場破りが島に訪れることがある。
だが、一人として島から脱出した者はいない。
なぜなら、道場破りとは真剣による立会に等しい。真剣による戦いに両者生存の道は無く、必ず侍か挑戦者のどちらかが死んだ。
まさに修羅の国。修羅の住まう巣窟。
パンドラの箱のように、年月が経つごとに誰も極東には手を出さないようになった。
そんな未知の広がる世界にて、一人の異端児が生まれる。
彼女の名前はヨシツネ。
国を統治するスメラギという家に生まれた皇女。
彼女は天才だった。他の兄たちを軽々と凌駕するほどの才能を持ち、齢一桁にして剣の才能を開花させた。
そこからとんとん拍子で強くなる。
かつて師だった男は、ヨシツネの成長に追いつけず殺された。
師匠を殺したヨシツネは、ぴくりとも動かなくなった骸のそばで笑ったという。
「あぁ、お師匠様……私はあなたを越えました。あなたを越えて殺すことができた。これ以上の孝行があるでしょうか?」
その時の彼女の表情と雰囲気を見た者は、口を揃えてヨシツネに蔑称を付けた。
〝化け物〟と。
規格外なのは才能だけじゃなかった。彼女の心の在り様はまさに規格外。普通の人間とは根本的に異なる価値観を持っていた。
しかし、いくらヨシツネが強く逞しい人間だろうと関係ない。大和では長子が家督を継ぐという習わしがあった。ゆえに、ヨシツネは絶対に国を統べる天皇にはなれない。
本人曰く「玉座には興味がない」。下剋上を心配した兄たちはホッと胸を撫で下ろしたが……それもほんの一時のこと。
驚くことに、ヨシツネは島を出た。
代々スメラギ一族が守り振るってきた国宝〝草薙剣〟を拝借し、家族の誰にも告げずに船に乗った。
たった一人で船を漕ぎ、遠い大陸へと足を踏み入れたのだ。
そのことを知った他の侍たちは、それはもう怒り狂った。
皇族が無許可で島を出るとは何事か!
当主でもない、女人が国宝を持ち出すとは何事か!
あまつさえ、国宝を他国に運ぶなど許されない!
そう憤り、ヨシツネを捕まえるための部隊が編成される。
選ばれたのは、当時ヨシツネと肩を並べていた三人の侍。
一人はヨシツネの兄であり同じ皇族に名を連ねるムサシ。
ヨシツネの才能にこそ及ばないが、現時点での実力は大和最強と称される男。
もう一人は鍛え抜かれた両足から繰り出される瞬間移動のごとき移動術を操るコジロウ。
さらに二人のお目付け役として、ヨシツネの次に強いと言われる女性剣士アサヒが選ばれた。
当初はヨシツネを縛り上げてでも連れて帰るのが彼らの目的だったが、兄ムサシがそれを拒絶する。
「奴はスメラギの名に泥を塗った大罪人よ。もはや生かしてはおけぬ!」
「本当にヨシツネの奴を殺すのかい、ムサシの旦那。性格はともかく、実力は最高じゃん」
「問題はない。所詮は個人。今の大和には我らもいる。一人くらい殺したところで何も支障はない」
「……さよう、ですか」
唯一、不満そうな顔で返事を返したのは、ヨシツネと同じ女性剣士のアサヒ。
実は彼女は、ヨシツネとは幼馴染の関係にある。
ヨシツネがただ一人認めた剣士であり、密かに彼女の才能を買っているらしい。
それを含めてムサシやコジロウは彼女を気に食わなかった。
ヨシツネが自分たちを認めたことは一度もない。にもかかわらず、幼馴染というだけで認められたアサヒ。
剣士としてのプライドが、二人によりヨシツネの殺害を助長させる。
「結論が出たなら中央大陸へと向かうぞ。奴の痕跡を探すのだ」
こうして三人の腕利きがヨシツネを探しに中央大陸へと向かった。
最初のほうは異国風の格好をしたヨシツネの足跡を探すのに苦労はない。順調に彼女の歩みを追いかけ、現在、フェイトと呼ばれる町のそばまで追っ手は迫っている。
そのことを知らない当の本人は、そこで、今までにないほどの才能の持ち主——ネファリアスと出会い、彼に執心していた。
果たして彼らはヨシツネと出会い、どのような行動に出るのか。
それを、ヨシツネとネファリアスはまだ知らない。
厳密には、ネファリアスは展開こそ知っているが、シナリオ外のことなので危機的状況が迫っていることに気付いていなかった。
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