第242話 女性剣士

 夕方。

 魔物を討伐した俺たちは町に戻る。

 正門をくぐり、冒険者ギルドへと向かった。


「ふふーん! この調子ならみんなでお金を稼ぐのも楽勝ですね!」


 魔物の素材が売れた瞬間、リーリエが目に見えて調子に乗る。


 まあ、俺たちはミラ以外全員がギフト持ち。普通に考えて稼げないほうがおかしいくらいだ。


「そうだね。リンディが調子に乗って怪我しなきゃいいけど」

「むぐっ! だ、大丈夫ですよ……調子に乗るのは安全な時だけですから!」

「ダメじゃない。油断大敵よ。いついかなる時も真面目にやりなさい」


「真面目ですよーだ。クロはいいからさっさと練習しなよ! いつまでも追いつけないよ!」


「なんですって? 余計なお世話よ。今に見てなさい。絶対に追いついてみせるわ」

「私、天才だけどぉ?」

「総量は上なんですけどぉ?」


 バチバチバチッ。


 クロとリーリエが珍しく睨み合っている。

 彼女たちは境遇ゆえに仲がいい。これも喧嘩するほど何とやら——の一環だが、周りの目がある。ほどほどにしてほしい。


 俺は苦笑しつつも二人を止めた。


「はいはい。喧嘩しない喧嘩しない。リンディが困った時は俺が助けるよ。ただし、油断はダメ。絶対にね」

「むぅ。はあい」


 俺に諭されると素直に頷くリーリエ。

 クロも言い過ぎたと思ったのか、サッと視線を逸らしながらも、


「……ごめんなさいね、リンディ。キツく言い過ぎたわ」


 と謝った。


 これにはリーリエも同じ言葉を返すしかない。

 どこかぎこちない表情を作って首を横に振った。


「う、ううん。私こそ、嫌なこと言ってごめんなさい……」


 その様子に俺は嬉しくなった。

 喧嘩しても謝れる仲というのは凄くいい。

 ある意味で理想の関係だ。

 彼女たちが小さい頃から一緒にいるのがよく分かる。


 内心でニヤニヤしながら話をまとめた。


「二人ともちゃんと謝れるなんて立派だね」

「こ、子供扱いしないでください! 私はネファリアス様とほとんど同い年です!」

「わ、私だってそうだよ! もう大人だもん!」


 クロエもリーリエも顔を赤くして抗議の声を上げる。

 だが、その姿すら可愛らしくて俺の笑みは収まらなかった。


「はいはい。じゃあ大人の二人のために、美味しいご飯でも食べに行こうか」

「いいですね。食欲は三大欲求とも言われますし、美味しいご飯を食べればそれだけ明日からの活動意欲も高まります」


 俺の意見にマリーが即座に肯定を示す。

 ミラも無言で頷いていた。


「ふふっ。でしたら、今日はクロとリンディの好きな物を注文しましょうか」


 スカディも子供を見守る母親のように母性を出し、くすくすと笑う。

 それが二人には恥ずかしかったのか、なおも赤い顔のまま、


「「う、うるさい!」」


 と同時に声を荒げた。


 俺たちは一緒に冒険者ギルドを出る。











 徐々に紺色の混ざる茜色の空の下、通りを六人で歩く。

 なるべく幅を取らないよう縦に並ぶが、六人も男女が集まるとさすがに目立つな。

 どこか、空いてる店はないものか。


 そう思いながら飲食店を探していると、




「テメェ! ぶつかっておきながら謝って済むと思ってんのか⁉」




 前方からずいぶん大きな声が聞こえてきた。

 視線をちらりと正面に戻す。

 人混みができていた。円を描くように三人の男女を住民たちが囲んでいる。


 囲まれているのは、屈強な体格の男性二人と、この辺りでは珍しい民族衣装を着た女性だ。

 俺の前世の記憶に引っかかる。

 あれは……いわゆる着物というやつか。


 動きやすいように足元は短く切り揃えられているが、ゆったりとした恰好に見覚えがある。

 まるでミニスカみたいだな。


 そして、彼女が腰に差したひと振りの——刀。

 その二つが揃えば、自ずと彼女の正体にも行き着く。

 俺はやや目を見開いた。


「まさか……ヨシツネ?」


 ありえない、と思いながらも俺は呟いた。

 女性の後ろ姿しかこちらからは見えないが、あの長い黒髪は、前世で見た彼女の外見情報と一致する。


 服装も含めて、心当たりのある人物は一人だけだった。


「どうしてここに……」

「お兄様? 彼女のことを知っているんですか?」

「え? あ、いや……知り合いに似てると思っただけだよ」

「知り合い、ね」


 じろり、と怪しげな視線がマリーから飛んでくる。

 私の知らない女性ですよねぇ? と目が口ほどに物語っていた。

 俺は気まずいのでそれ以上は何も答えない。


 とりあえず、近づいて彼女の様子を窺った。


「ぶつかるも何も、当たってきたのはそっちじゃない。難癖つけるのはよくないと思うわ、私」


 怒鳴られている側の女性剣士は、飄々とした態度でため息を吐く。

 その反応にキレた男が、ずんずんと女の前に歩み寄った。


「いいからお前は黙って俺に謝ればいいんだよ。酌の一つもできねぇのか?」

「謝るのと酒をつぐのはどういった関係が? ただの趣味じゃない?」

「ッ」


 あ、まずい。

 俺がそう思った時には、男の手が女性の胸倉へ伸びていた。

 服を掴む——前に、パシッ。


 女性剣士が男の手首を掴んで止めた。

 俺が彼女を止めるより先に、女性剣士は男を投げ飛ばす。


 見事な背負い投げだった。

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