第172話 群衆
~音咲華多莉視点~
高速道路を出て直ぐの一般道の路肩に愛美ちゃんから聞いていた特徴のバイクを発見した。私はここまで運んでくれたドライバーさんにお礼を言って、近くに止めてもらい、愛美ちゃんのお母さんの補佐官をしている保坂さんのバイクに乗っけてもらった。
「宜しくお願いします!」
「うぉっ、本当にかたりんじゃん」
あのまま車で学校まで行く選択肢もあったが、さっきあったばかりのドライバーさんが本当に連れていってくれるのかわからない。ここまで送ってもらったのに申し訳ないが、正直言うと、見ず知らずの男の人と2人きりで車に乗るのが怖かったのだ。
──京極さんのせいで……
私は保坂さんに行き先を知らせ、渡されたヘルメットを被る。保坂さんの背中に抱き付き、バイクが発進する。
「間に合うかどうかわかんないよ?」
バイクの走行音と風の音で聞こえにくいが、私は返事をする。
「それでもお願いします!」
LIVE開始まであと25分
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~織原朔真視点~
音咲さんは無事高速道路を出て、一ノ瀬さんの知り合いのバイクに乗ったようだ。距離からしてLIVEに間に合うかどうかわからない。
そして僕は今、音咲さんのお父さん、鏡三さんを迎えに校門までやって来たところだ。LIVE開始のちょうど10分前に彼は、男性秘書を連れてやって来た。
スーツを着込み、髪をオールバック気味にあげたその出で立ちをこの学校で見るとなかなかに迫力がある。
鏡三さんが言った。
「何やら騒がしくなっているようだね」
バリトンの声が響く。あれだけSNSで騒ぎになっているんだ、音咲さんが事故に巻き込まれたことを知っているのだろう。少しは娘の心配をしたらどうかと思ったが、僕は攻撃の意を込めて返した。
「でも間に合いそうですよ?」
全くそんな確証はないけれど、彼の意に反したことを言いたかったのだ。
「そうか……」
僕は鏡三さんとその秘書を体育館に案内しようとしたがしかし、たくさんの生徒と文化祭にやって来たお客さんが体育館へと続く道に押し寄せていた。
「なんだろう……」
すると、たまたまメイド姿の薙鬼流と合流した。薙鬼流は言った。
「先輩!大変ですよ!!かたりんが学校でLIVEすることがバレちゃったみたいです!!」
「えっ!!?」
僕は恐る恐る後ろを振り返ると多くの人だかりが校門前に押し寄せていた。
ことの発端は音咲さんを高速道路の出口まで連れていったドライバーさんのSNSからだった。
〉とりあえずかたりんをインターチェンジまで乗せたけど、大丈夫だったかな?なんか大事なLIVEがあるって言ってたけど……
↓
〉今日LIVEの予定はないと思う
↓
〉かたりんの高校って今日、文化祭やってね?
↓
〉そういえば、新界先生やルブタンもその高校に来てるって話題だった
↓
〉文化祭でLIVEやるんじゃね?
↓
〉高校どこ?行ってくる
更にそのリプ欄には、チケット制のことを知らせる返信もあったが遅かった。校門の警備員や生活指導の先生達はその対応に追われている。
「チケットを持っている方のみ入ることができます!!」
「押さないでください!!」
「危険です!!下がってください!!」
しかし続々とSNSの発信を見た人がやって来る。
「キャー!!!」
「おい、運営なんとかしろよ!!」
「LIVE見るってレベルじゃねぇぞおい!!」
以前、有名アイドルが大学の学園祭にゲスト出演した際、同じことが起きた。人が集まりすぎて警察が出動し、そのアイドルの登壇は勿論、イベント事態が中止となってしまった。それだけは何としても避けたい。
LIVE開始まであと8分
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~音咲華多莉視点~
私は保坂さんから借りたスマホから自らのSNSアカウントにログインし、学校の前に物凄い人が集まっている動画を見た。
このままじゃLIVE自体が中止になりかねない。私はSNSアカウントから美優のアカウントにDMを送った。彼女は今、これからやるゲリラLIVEの配信の撮影を手伝ってくれている。定点カメラを起動させ、配信するよう指示を出した。そしてそのリンクを私のSNSアカウントから発信する。
『ごめんなさい!これから行うLIVEは学校内の生徒だけに向けたLIVEです!!LIVEには私の通う高校の文化祭チケットがないと入場できません!!その代わりLIVEを観たい方は無料でこちらから御鑑賞できるようになっております。宜しくお願い致します』
本来ならもっと早くからこのような案内をすべきだったが、色々ありすぎて忘れてしまっていた。
私は美優が起動した配信を見る。明るく光るステージを縁取るように暗い体育館が写っている。その暗い客席にはたくさんの生徒達が集まっていた。既に同時接続者数が8万にもいた。あの事故がSNSで大いに拡散されたからだろう。
私は美優に客席の一番後ろの列の人達をそれとなく写してほしいとDMを送った。
保坂さんの背中にしがみつきながら私は画面の明度を最大にまであげて凝視する。お父さんの後ろ姿が写っていた。
──本当に来てる……
遅れるわけにはいかない。
私は動画投稿サイトから再びSNSアカウントに戻った。学校の校門での騒ぎが少しは収まったのではないかと期待したが、しかしまだまだ収拾がつかないようだ。私は何度も更新をして最新の情報を探す。
するとその時、椎名町のリーダーである希さんのツイートが画像とともに上げられているのを発見した。学校近くの公園の名前をあげて、そこで秋の紅葉を楽しんでいるような写真と彼女のファンと思われる人とのツーショット写真も上がっていた。すると続々と希さんと彼女のファンとのツーショット写真が上がり始めた。
〉かたりんの高校行こうとしたけど、その近くの公園でのんちゃんの撮影会やってて、今そっち並んどる
〉かたりんの文化祭はチケットないと入れないけどこっちは誰でもOKみたいだぞ!?
〉握手会の猛者達が順序よく並んでてワロタ
〉訓練されたオタクwww
希さんが学校の前に集まる人達を分散させてくれたみたいだ。
──ありがとうございます……
私は噛み締めるようにお礼を心の中で言った。しかし保坂さんの運転するバイクは減速し始めた。
「?」
疑問に思う私に保坂さんは言った。
「すまねぇ、ガス欠だ……」
その言葉によって、私の中で思い描いていたシナリオが音を立てて崩落していくのがわかった。速度が落ち、足で走るスピードから歩くスピードへ、そしてとうとうバイクは止まってしまった。
「くそっ!このまま真っ直ぐ行けば着いたのに!!」
保坂さんの悔しがる言葉を聞いた私はバイクから降りた。そして走って学校まで行こうとした。しかしその時、スマホの時計を見ると時間は16時29分と表示されていた。そしてその表示が16時30分を刻む。
そこで私の身体が硬直した。
LIVE開始まであと0分。
私は間に合わなかったのだ。
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