第169話 おっきくな~れ

~織原朔真視点~


「いや~確かにあの時、かたりんにエド君のこと訊かれてビックリしたもん」


 カミカさんはFMS歌謡祭のリハーサルで音咲さんと会った時の話をしている。ディスティニーシーで僕と一緒にいたカミカさんがFMSのリハーサルにいたことにきっと音咲さんも驚いていたことだろう。


 するとカミカさんはいやらしい目付きになって、僕に訊いてきた。


「なんでかたりんと同じ高校だって教えてくれなかったのぉ~?」


「べ、別に隠してたわけじゃないですよ、訊かれてたら答えてましたし」


 ホントかなぁ、とカミカさんがまたいやらしい目付きで言ってきた。


「てことはさ、かたりんがエド君のガチ恋なわけでしょ?2人が同じ学舎まなびやにいて片方がその正体に気付いてないってことでしょ!?くっ~~たまらん!!」


 一ノ瀬さんと薙鬼流と同じような反応をするカミカさん。するとメイド姿の薙鬼流が注文していた紅茶をトレンチにのっけて持ってきた。


「お待たせしましたぁ~」


 僕とカミカさんとれんさんが囲んでいるテーブルにそれを置くと、両手でハートを作って詠唱した。


「美味しくな~れ、美味しくな~れ、もえもえきゅん♡」


 紅茶に向かって手で作ったハートをかざす。


「わぁ!薙鬼流ちゃん可愛い~!!今度コラボしよ?」


「え!?良いんですかぁ~?」


 カミカさんが頷くと薙鬼流は喜んだ。すると隣のテーブルにいる薙鬼流の先輩、『ブルーナイツ』の吹亜ふきあレレさんが言う。そのテーブルには来茉蘭くるまらんさんと鷲見さん、マリアさん、パウラちゃんがいる。エミルさんと霧声さんは新界さんとルブタンさんを探しに行ったようだ。


「え~、こっちにもやってよ~」


 薙鬼流は隣の席に行って、さっきと同じように紅茶に向かってハートマークを作ると詠唱する。


「おっきくな~れ、おっきくな~れ、もえもえきゅん♡」


 レレさんが言った。


「さっきと何かちがくない?」


「え?だってレレ先輩はこっちの方が良いんじゃないですか?」


「ん?」


 レレさんは頭上にクエスチョンマークを浮かべるが、次第に薙鬼流が何を意味して言ったのか理解し始めた。わからない、といった表情から噛み締めるような表情へと変化する。そしてレレさんは恐る恐る薙鬼流に訊いた。


「ひなみちゃん?もしかして僕の胸のことを言ってる?」


 レレさんは配信上でよく胸が小さいことをいじられていた。自身の操るキャラクターの胸が小さいとそういったいじりをされる。しかしレレさんの中の人も本当に小さかった。


「それ以外なくないですか?」


 薙鬼流のあっけらかんとした回答にレレさんは言った。


「嫌い!この後輩嫌ぁ~い!!」


 蘭さんと鷲見さん、マリアさんが笑うが、パウラちゃんはまだ何のことなのかわかっていない様子だった。


 僕も笑っちゃ悪いと思いつつ、配信での流れを実際に見れて軽く感動していた。


 僕はこの文化祭を満喫しているが、これから音咲さんのゲリラLIVEが始まる。鏡三さんも約束通りこのLIVEを見に来る。鏡三さんに見て貰いたい、認めてもらいたいその一心でアイドルになった音咲さんは、このLIVEを終えたらどうなってしまうのだろうか。認めてくれる、認めてくれないに拘わらず、音咲さんにとってこのLIVEは重要な転換点となることだろう。それをこの目で見届けたい。


 僕はこれからの動きを頭の中で確認する。主にLIVE中の警備を担当する。イメージを膨らませていると薙鬼流のクラスのメイドカフェにいる他のお客さんの声が聞こえた。


「これ、かたりんじゃない?」

「似てるだけじゃない?」

「てかこの事故ヤバいでしょ」


 不穏な空気。何があったのか僕はそのお客さん達に視線を送ると、廊下から一ノ瀬さんが走ってこのメイドカフェに入ってきた。


「お、織原君!ひな……慶子ちゃん!ちょっと来て!」


 ブルーナイツのメンバー達は突然現れた美少女ゲーマーにテンションが上がる。


「MANAMIちゃんだ!」

「本物だぁ」

「可愛い!!」


 薙鬼流が言った。


「どしたんですか?」


 一ノ瀬さんは他の人に聞かれても構わない、といった具合でなりふり構わず僕らに言った。


「華多莉ちゃんが事故に巻き込まれたみたいなの!!」


 僕は取り出したスマホで時間を確認した。


 ゲリラLIVEまであと2時間弱だ。


─────────────────────


~音咲華多莉視点~


 収録が思った以上に延びてしまった。私の演技が監督の予想よりも良かったようで、こうしてみようとかこんな演技もできるか?とか色々と試されたせいだ。ありがたいことではあるが、今日だけはやめてほしかった。


 しかしこのまま行っても文化祭には十分間に合う。加賀美の運転する車の中から外の景色を眺めた。いつもと変わらない高速道路の簡素な景色が見える。その景色を見ながら私は思った。


 ──今の私をお父さんに見て貰える


 お父さんが来てくれる理由に関しては不本意ではあるがこのチャンスはまたとない。私は自分で作った曲の歌詞を頭の中で歌った。


 早くLIVEがしたい。昨日の名古屋でのLIVEの出来がよかっただけに、あの感触を忘れない内にもう一度LIVEがしたかった。何故今までこんな風に歌やダンス、演技ができなかったのか自分でも不思議な気持ちだった。


 過去たくさんの映画やドラマに出た。全ての演技をもう一度、一から撮り直したいが、時間は戻らない。今の私にとっては昔の演技が全て無駄だったように思えるほど私は変わってしまった。


 はやる気持ちに呼応するかのようにマネージャーの加賀美の運転する車の速度が上がった。一瞬で高速道路の景色を置き去りにする。


 ヘッドレストに頭を預けて、これからのLIVEに想いを馳せていると、運転席にいる加賀美が悲鳴を上げた。


「きゃぁ!!」


 いつも冷静沈着な彼女にしては珍しいが、前方の様子を覗くと直ぐにその悲鳴の原因がわかった。前方から黒馬こくばがこちらに向かって走ってきていたのだ。どうしてこんなところに?そう思ったがしかし、こちらも時速100㎞は出ている。黒馬の向かってくる速度も相まって、あっという間に距離が縮まった。加賀美は足をアクセルからブレーキペダルへと私にもはっきりわかるように移行して踏み、ハンドルをきる。


 ブレーキの音と馬のいななく声が鼓膜を刺激すると共に、急ブレーキによって前方へ投げ出されたかと思えば、今度は急ハンドルによって身体が浮くようにして傾く。そしてそのまま高速道路の側面の壁に激突した。衝撃でまたも前方に投げ出されるもシートベルトのおかげで強制的に後部座席に叩きつけられた、その瞬間肺にある空気が押し出された。

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