第140話 裏切り者

~音咲華多莉視点~


 また織原に絡もうとしている美優を横目で見ていた。クラスメイト達がいつものように私に話し掛けてくるのを軽く聞き流していると美優が言った。


「…あ、あのさ?お、お弁当って普段どうしてるの?」


 ──ん?なんの話?


 私は聞き耳を立てる。


「わ、私いつも自分でお弁当作ってて…その、よかったらさ。ついでに織原の分もその、一緒に作っても良い?」


 ──え?


 美優の意外過ぎる問い掛けに織原は硬直していた。いつもより前髪が目元にかかっていない為、彼が困惑しているのがよく見えた。困惑とは裏腹に織原は頷く。


 私は困惑した。


 ──え……


 美優が念を押すように、先程まで前髪をいじっていたその手を織原の机に叩き付けながら訊く。


「ほ、本当に作っても良いの!?」


 織原が再び頷こうとしているのがわかると、不意に私は声に出して彼らを妨害していた。


「ダメ……」


 当然、美優はこちらを向いた。私と目が合う。美優が言った。


「え?なんか言った?」


「ううん。なんでもない。本当にあの時の収録はダメだったって思ってたところ……」


「そ、そう……」


 美優はそう言って織原の方を振り返って、高速で手を振る。


 私の中で、暗い靄が立ち込めてくるのがわかった。その靄は私を苦しませ蝕んでいく。その時、誰かが言った。


「今日って全校朝礼だっけ?」


「あぁ、そっか!じゃあ体育館に行かなきゃ」


「え?リモートじゃないの?」


「それは3年だけ、2年と1年は体育館に集合みたい」


 私達は体育館へ向かった。織原も歩いて行く。ウキウキしながら美優は織原の隣を歩く。


「めっちゃ意外なんだけど」


 茉優が話し掛けてきた。しかし私は上の空だった。美優が織原のお弁当を作るのが嫌だった。こうして織原の隣を歩いているのも嫌だった。


 ──それは何故か?私だけの使用人が誰かにとられるのが嫌だから?ううん。きっとそうじゃない……


 本当は教室に入ってきた時から織原を見ていた。だから美優が織原のところに行くのもわかった。あの日、まだ夏休みのあの夜、織原に私とお父さんの関係を話したあの夜から彼に会いたかったのだ。


「好きになるなんて意外じゃね?」  


「好き!!?だ、誰が!?」


 茉優が私の心を読んだのかと思ってつい大きな声をだしてしまった。


「美優だよ。ホラあれ。夏休みなんかあったのかな?」


「何があったの!!?」


 私は茉優の肩を掴んで訊いた。


「ちょっ!どうしたの急に?」  


「ぁっ…ごめん……」

 

 私は茉優の肩から手を離して、体育館に向かう道を再び歩いた。後ろから茉優が言った。


「聞いてみよっか?」


「…うん……」


 体育館に着いた。2年生と1年生が一堂に会する。私を見ながら昨日のワイドデショーの話をし始める人達が何人かいた。けれど私の頭の中にはとある気持ちが膨れ上がっていた。


 ──やっぱり……こうして織原を見ていると胸が熱くなって、なんだか心地好くって、いても立ってもいられなくなって……


 私は朝礼の背の順で並ぶ織原を遠くから眺めた。胸に抱いた感情を掴むように、胸からそれが失くならないように、手で確かめるように、そっと胸に手をおいた。


「せんぱ~い♡」


 そう言って、織原に抱き付く1年生の女子が現れた。私の胸に込み上げていた温かい何かはさっと熱を失い、代わりに冷たく鋭い何かに変化していく。


─────────────────────


~織原朔真視点~


「せんぱ~い♡」


 そう言って僕の腰回りをホールドする薙鬼流が現れた。


「や、やめっ──」


 やめろと言おうとしたが、最早エドヴァルドのことを知っているのは音咲さんだけではない。通学中の電車、通学路、教室内で1回は僕のことが話題になっていた。


 僕は無言で薙鬼流を振り落とそうとするが、離れない。すると僕にお弁当を作ってくれると提案してきた松本さんが薙鬼流を叱責する。


「ちょっと!ここ2年の列なんだけど!?」


「え?知ってますよ?」


 意外ではあったが、きっと僕に両親がいないことを知った彼女なりの気遣いなのだろう。だから断るのも悪いと思い僕はお弁当を作ってきてくれることを了承した。


「そういうことを訊いてんじゃねぇんだよ!早く自分のとこ戻れって言ってんの!!」


「え~だって…夏休み中先輩とはラミンだけで直接会うのは、久し振りだしぃ……」


「ぅっ…織原のラミン……」 


「え?あれ?あなた先輩のラミンをご存知なくてぇ?」 


 薙鬼流はお嬢様の如く口に手を当て、松本さんを下に見るような角度で顎を少しだけ上げながら言った。


「オーホッホッ!これがお目にお入りになってぇ!?」


 薙鬼流はそう言うと、スマホ画面を松本さんに見せつける。その画面にはラミン上で僕とのやりとりが記されていた。


「っ!!」


 僕は言葉にならない呻き声を漏らし、薙鬼流のスマホを取り上げた。


 僕とのラミントークの背景画像が何故かエドヴァルドだったからだ。そんなのを松本さんだけじゃなく、この場にいる不特定多数の人に見られたらまずい。


「やだぁ、先輩ったら照れちゃっ──」


 僕は薙鬼流の首根っこを掴み、耳元で誰にも聞こえないように話す。


「おい、今やエドヴァルドは皆が知ってる。そんな画面を無闇に見せるな」


 薙鬼流は熱っぽい吐息を吐きながら言った。


「はぁ、はい……♡」


 薙鬼流は松本さんに向かって言った。気のせいか薙鬼流の耳が赤い気がする。


「少し大人気なかったですね。それに先輩をマウントの道具にしてしまいました。それではごきげんよう」


 薙鬼流が去ろうとすると、松本さんが俯きながら言った。


「…私だって……」 

 

 俯いた顔を上げる。


「私だって明日から織原のお弁当作るもん!!」


 体育館中にその声が響いた。皆が注目する。僕の心臓がドクンと跳ねた。しかし、強く胸を打ったのはその一度だけで、僕は平然と立っていることができた。


 薙鬼流は僕に訊く。


「ほ、本当ですか?」


 僕は恥ずかしがりながらも頷く。


「うぅ…そ、そんなぁ……せ、先輩の裏切り者ぉぉ!!」


 薙鬼流はそう言って、自分のクラスの列に、既に列を成している生徒達の間を縫って帰っていく。トレードマークのリボンカチューシャだけが見え、やがてそれも見えなくなったところで朝礼が始まった。

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