第63話 半端ないって!

~アムステルダム視点~


『ええ加減にSAYや!!』

『はぁ?キンモ!!』

『お前56すぞ』 


 学生の頃、よくルブタンの動画を観ていた。暴言やゲームに苛立っている様子が面白かった。しかし何よりもルブタンのプレイが好きだった。嘲笑うかのように決めるヘッドショット、相手の行動を読んで戦術を変えるその動きはまるで、漫画やアニメに出てくる主人公そのもので、観ていてスカッとした。


 そんなルブタンに憧れてゲーム実況者となった俺、戸張芥太とばりあくたは、アムステルダムと名乗って現在Vチューバーである田中カナタ主催のアーペックス大会に出場している。


 チームメイトには女性Vチューバーの輪廻りんねめぐりと、同じく女性Vチューバーの戦宮寺和歌子せんぐうじわかこの2人がいる。めぐりは『ラバラブ』に所属し、和歌子は『Vユニ』に所属していた。2人ともチャンネル登録者数は20万弱の数字を誇っていた。


 正直Vチューバー、つまるところ喋る絵にはあまり良い印象がない。いや、やっていることは俺とだいたい一緒だが、何故実写や音声だけと違って動く絵、それもLIVE2Dで少ししか動かない絵をつけるだけでこんなにも世間に持て囃されるのか謎だった。過激な奴らは彼女等のことを絵畜生と評していたりする始末だが、それも頷ける。


 だからこの大会にはあまり出たくなかった。しかし、参加者を聞いて俺は飛び付いた。ゲームをする者なら誰もが知る新界雅人に、憧れていたルブタン、そしてそのルブタンを負かしたシロナガックスが参加するのだから。


 ルブタンがシロナガックスに破れたとき俺は怒りに燃えた。けどこれが一体何の怒りなのか形容するのは難しい。例えば好きな芸能人や誰もが知るハイブランドが、ワケわからんユーチューバーとコラボするような時にも同じような怒りを覚えたものだ。


 現在俺の使っているキャラクター、マッドワックスはその表れかもしれない。怒れるワックスは攻撃に特化したキャラクターだ。遮蔽に隠れた相手を貫通型の武器で攻撃できたり、触れると移動速度を減速させるデバフをかけられる球、通称サンダーボールを投げたりもできる。その球が通った軌跡には球の破片が転がっており、その破片に触れると移動速度が上がる。敵との距離を詰めるには最適のアビリティだ。


 さて、今はセカンドゲームも中盤、オープニングゲームでは新界さんに不意をつかれて全滅となり10位だった。現役を退いても衰えることのない、流石の実力だった。そしてこのセカンドゲーム、是が非でも上位に食い込みたい。つまりは、多少無理をして戦闘しなければならない場面があることだろう。そう、その無理をしなければならない場面とは、まさに今なのだ。


『リング縮小開始』


 第3ラウンドのリングが縮小していく、最終安地を予測しながらリングが狭まるギリギリのラインを移動していると、前方にパーティーを発見したのだ。


「前にいる!撃とう!」


 俺は2人のVチューバーに声をかける。はい!と快活な返事が返ってきた。正直ここで撃ち合ってもあまり旨味がない。ここは第3ラウンドの安地外だ。いずれ炎に飲み込まれる。このまま撃ち合ってもお互い痛み分けとなる確率の方が高い。


 しかし、残存チーム数はまだ18。16位~20位のチームにはポイントがつかない。つまりはここで撃ち合いを避けるチームほど前回のオープニングゲームで上位を取った者達の可能性が高い。撃ち合って、負けでもしたら0ポイントになるからだ。


『軍曹!逃げてます!』


 戦宮寺和歌子はチームリーダーである俺を軍曹と呼んでいる。何でもミリタリーカフェで働いたこともあるミリオタらしい。


「追え!!」


 軍曹と呼ばれると何故か俺はこの口調になってしまう。前方にいる敵は逃げを選択している。少しでもキルポイントが欲しい下位に位置するチームではなく前にいるのはおそらく上位の者達だ。上位に君臨する者達ほどセオリーから外れる行為を嫌う。攻めるなら今だ。


『イエッサー!!』


 前方の敵はレヴェナントとブラバ、ワープや無敵アビリティを持つルーだ。このチーム構成を俺は知っている。


「前方のチームは、オープニングゲームで2位だった奴らだ!潰すぞ!!」 


『イエッサー!』

『イエッサー!』

 

 すると敵チームにいるブラバのアビリティ、スキャンが施行されるところを目撃した。スキャンの進行からしてそのパーティーは更に前方にある2階建ての家に入ろうとしている。


「させるかよ!」


 俺は走りながらマッドワックスのアビリティを使った。ダメージとデバフを与えるサンダーボールを投げつけ、こちらはボールの破片に触れて加速する。そのアビリティを見てとったか、敵のルーがワープゲートを開き、さらに加速して先に家までのルートを確保しようとしていた。しかしその間、レヴェナントに俺の放ったボールがヒットし、俺はショットガンを放ちながら、前へ詰め寄りレヴェナントをダウンさせた。


 残るブラバは、開通したばかりのワープゲートを通って、前方にある家へと逃げていく。このワープゲートには俺らも入れるが、入ったら向こう側のゲートに待ち構えている2人の一斉射撃を食らうだろう。


 ここはワープゲートが閉じるまでの間、回復をして、その後ゆっくりと2v3を仕掛けるべきだ。その筈なのだが、俺はダウンしたレヴェナントに確キルを入れて2人に命じる。


「2人はこのワープゲートの前で、奴等が再びこのゲートを通って来ないか見張っててくれ。誰も来ないようであれば俺の合図でこの中に入って突撃しろ!だから今の内に様子を見ながら回復しとけ!!」


 怒りが俺を突き動かす。


『『サー!イエッサー!!』』


 レヴェナントを操っているプレイヤー画面には俺達がワープゲートにいるところが写っていただろう。つまり、現在ルブタンともう1人は回復のタイミングを見計らいながらこのゲートの出口を固め周囲の索敵を行っている。それに、これから俺達が攻めてくることを予期して、その家を手放すことはないだろう。もう少しでラウンド4に差し掛かる。その場で時間を稼ぎながら順位を上げることを考える筈だ。俺達を今か今かと待ち構えている?いや、もしかしたらその家を狙う別勢力と戦っているところかもしれない。


 俺は単騎でルブタン達のいる2階建ての家へ向かった。目標の家を遮蔽となる岩影に隠れながら様子を窺う。


『ラウンド4、リングのカウトダウンが始動』


 ゲームアナウンスが聞こえるが、俺はルブタン達のいる家の様子を探るのに集中する。どうやら2人とも2階に立て籠っているようだ。ワープゲートがその2階にあるかどうかは確認できなかった。


 俺は意を決して岩影から飛び出し、2階の窓に向けて銃を放ちながら距離を詰めた。長方形の部屋、辺の短い二箇所に扉がついており、それぞれの扉からルブタンの操るルーともう1人が操るブラバが此方に向かって銃弾を浴びせかける。


 俺は被弾しながらも、動きを止めずサンダーボールではないもう一つのアビリティを発動させた。遮蔽を貫通させて直線の火花を散らすドリルを発射させた。丁度長方形の部屋が、2つの正方形の部屋に別つよう着弾させることに成功する。火花が中にいる2人を別ち、連携がとれないように仕向けた。そして接近したことにより1階にワープゲートがあることがわかった。


「今だ!ワープゲートに入れ!!ジャイアントキリングだ!!」


 もし2階にワープゲートがあれば、俺が2階の扉をぶっ壊してそう命じていただろう。


 俺は見上げながら2階の手前の扉にいるブラバ目掛けて、トリガーを引いた。弾から回避するようにブラバは直ぐに扉を閉めて2階に引きこもる。それを見てとった俺は2階によじ登り、扉に向かってもう1つのアビリティ、サンダーボールを投げ付ける。


「2階に2人ともいる!!」


 ボールは扉を破壊して中にいるブラバにヒットした。その時、1階から輪廻めぐりと戦宮寺和歌子がやってきた。俺達の銃弾の雨を受けたブラバはダウンする。


「ナイスッ!!」


 俺は2人に声をかけ、2人もナイスですと返事をした。その時、俺の放った遮蔽を貫通させるアビリティである火花が消失した。視界が良好となったこの部屋にルブタンの操るルーの姿はなかった。


「逃げたか……」


 回復をしながら、先程倒したブラバのデスボックスを漁る。


『軍曹!向こうのバスに別部隊が潜伏しております!!』


 俺もそれは確認していた。


「そうだな、ここを拠点にして──」


 俺がそう言い掛けると、室内から扉を潜り抜けて外を索敵しようとしていた輪廻めぐりが撃たれた。


『きゃぁー!!う、上にいます!!』


 めぐりはそう言って、直ぐに室内に入ろうと試みるがあっという間にダウンを奪われる。屋根上から2階のバルコニーに飛び降りたルブタンは室内にいる俺達に向かって弾丸を放った。俺と戦宮寺は室内から迎え撃つも、ルブタンの操るキャラクターのルーは落下防止用の為に取り付けられた手摺を足場にして再び屋根の上へ逃げた。


 俺は扉を閉めるがしかし、屋根の足音でルブタンがどこへ向かっているのか理解した。それは俺がこの部屋に入るために壊してしまった扉の方だ。俺はその入り口に銃を構えると、ルブタンの操るルーが見えた。その瞬間シャットガンを放つ。散弾が命中したが大したダメージを与えられない。そしてそれと同時にダークスターという手榴弾のような投げ物をこの部屋に投げ込まれ、再びルブタンは屋根上に消えた。


「うお!」

『やばっ!』

『逃げて!』


 ダウンした輪廻めぐりを蘇生させることは諦めた。そして部屋を出ようと先程閉めたばかりの扉を開こうとする。先程扉を閉めたことを少し後悔したが、早くここからでないとダークスターによって大ダメージを受け、移動速度が低下してしまう。外へ出なければいけないのに、輪廻めぐりがこの扉を潜って外に出た際、頭上から撃たれてしまったことを思い出し、二の足を踏んでしまう。またもタイムロスが生じる。


 余計なことを考えず、外に出ようとしその時、ダークスターが爆発し、後ろにいた戦宮寺和歌子の防具が割れた。俺も多少のダメージを負いながら、外に出てルブタンを探す。


 明るい屋外、一瞬にして上下左右を確認したがルブタンはいない。


 ──どこにいる!?


 すると先程ダークスターが投げ込まれた扉から銃声が聞こえる。


『ぅあっ!!』


 恐怖と驚きが混ざった悲鳴を戦宮寺和歌子が漏らした。ルブタンはダークスターを投げ込むと屋根上に逃げたわけではなく、その付近に身を潜めていたのだ。投げ込まれたのとは反対の扉から逃げるところを狙われると思った俺だが、完全に心理戦でルブタンに敗北する。室内にいた戦宮寺は俺のせいでダウンした。


「クソが!!」


 俺は悪態をついて、室内に戻り、ルブタンに向かってトリガーを引く。壁に隠れるルブタンだが、俺は距離を詰めた。その足音に反応したのかルブタンは後退して2階から飛び降り、地に足をつける。


 俺は後を追い2階のバルコニーから地上へと飛び上がりながら撃鉄を引き絞る。放物線を描きながら俺は落下した。お互いの銃弾が交錯しながら、目まぐるしく画面を動かしてエイムを合わせる。


 俺は怒りにかられていた。そうだ。初めはルブタンに勝ったシロナガックスに怒りを覚えていたのだが、次第にその怒りはルブタンに向かっていた。


 ──俺の憧れがあんなぽっと出に殺られてどうするんだ!!


 俺の怒りは画面の動きに合わせるようにして脈動した。


 自分の身体にルブタンの弾が命中しているのがわかる。ライフも残り僅かだ。しかしそれはお互い様。画面の端が霞みかけたその時、ルブタンの放っていたアサルトライフルの弾が切れた。


 ──今だ!!


 リロード中のルブタンにとどめのショットガンを放とうとしたが、その前にルブタンがダウンした。


「え?」


 そして次に俺もダウンした。画面が白黒に変化し、部隊全滅の赤文字が浮かび上がった。

 

─────────────────────


~ぼっち組・渡辺視点~


『ここで白熱した1v1を繰り広げていたルブタンとアムステルダムを、シロナガックスとエドヴァルドが漁夫ったぁぁぁぁぁぁ!!!』


『いや~、これは狙ってましたねぇ。バスからルブタンが屋根の上にいるのが見えていた筈ですが、敢えて手を出さなかったようですね。2階にはフルパがいるのを見えてましたからね。あそこでルブタンを早まって落としてしまうと、ヘイトを買ってしまうだけでなく、中の3人を相手にしなければならなくなりますから……』


 画面は神支点、ルブタン及びアムステルダムのデスボックスを漁るエドヴァルドという最近よくきくイケボVチューバーが写っていた。


『ルブタン率いるプラハを着た天使たちはなんとか粘って14位!アムステルダム率いるフルメタルジャケットは13位!間もなく最終ラウンドに差し掛かろうとしている時、続々と順位が決まります!!』


 ラウンド4の縮小が終わり、ラウンド5のカウントダウンが始まった。


 画面は切り替わり、現在戦闘中の新界雅人視点となった。


 エリアを狭める炎の壁に、四方八方から飛び交う篠突く雨のような銃弾。スモークグレネードによる煙幕にキャラクター、オースティクの毒ガス。地獄のような光景が広がる。


『おおっと!!ここで新界雅人率いるチームラストエンペラーの霧声麻未が落とされた!!しかし新界雅人は止まらない!!続々とキルをとっていく!!一体彼には何が見えてるんだ!!』


 新界雅人のプレイ画面の右上にはキルログが滝のように流れる。それと同時に11位、10位、9位と順位が決まる。彼が仕留めたチームだけではなく、乱戦に巻き込まれたプレイヤー達が次々と散っていった。彼のプレイ画面はまだ煙と銃弾が占領している。彼のスピーカーからは一体どんな音が聞こえているのだろうか。発砲音?銃弾が耳を掠める音?ガスが漏れ出す音?それとも仲間達の切迫した声?


 その全てが彼のスピーカーに流れ込んでいるだろう。しかし、彼は冷静だった。


 画面は再び神支点。


 緩やかな丘の麓で彼とチームメイトの神楽坂詩音は身を屈めてじっとしている。彼等を中心に北東に2人、南東に2人の2チームが陣取っていた。彼等を直線で結べば綺麗な三角形が出来上がっていることだろう。そして状況が悪いことに新界雅人のいる位置はエリア外である。つまりこれから後ろから炎が迫り、そこにとどまっていると全滅してしまう。それを知ってか、それぞれの敵チームは示しを合わせたかのように新界雅人率いるチームラストエンペラーにしか銃を向けていない。


『この状況は圧倒的に不利だ!!』


 新界先生とそのチームメイトの神楽坂は屈伸運動をしながら様子を窺うと、何を思ったか飛んでくる銃弾を省みずに彼等は前進した。


『うお!!ここで仕掛けたか!!』


 向かうは南東。彼等はダメージを受けながら相手に向かって走った。しかし視聴者及び実況解説が思ったよりも2人はあまり被弾をしなかった。南東にいた相手チーム2人のリロードのタイミングで飛び出したからだ。


『これは不運!!』 


 新界先生達はそのまま接近戦に持ち込み、見事勝利する。そして続けて北東にいたチーム──現在は南東に攻め込み移動した為、北にいるチーム──に銃弾を浴びせていた。


『凄いモノを見ましたね!!運までも彼に味方をしたということでしょうか!?』


 〉流石新界先生!

 〉フィジカルつんよ

 〉たぶん、運じゃないよ

 〉こぉ~れ、やってます


『運だと思いたいんですけど、おそらく……いや、そんなことあり得るのか?』


『ど、どうしました?武藤さん?』


『ぃ、いやそのぉ、もしかしてなんですけど、リロードのタイミングを見計らって飛び出したんじゃないかと……』


『え?は?そんなことできるんですか?』


 嘘やん。僕も主催、田中カナタと同じリアクションをとる。


『銃声で所持している武器の種類を類推して、弾の装填数と発射された弾数を計算しながら、その弾がきれるギリギリで飛び出したんじゃ……まさかね?』


『いやいや無理でしょ!!銃声で所持してる武器がわかるのは確かにできますよ?しかし二箇所から4人が撃ってたんですよ!?それに弾数を計算して?そんなの無理ですよ!!…………ぇ、えっと~、だ、誰か新界さんのところで観てた人いませんか?』


 〉飛び出るタイミング、オーダーしてた

 〉静かにしてって仲間達に言ってたで

 〉そんなん無理やろ

 〉確かに銃声しか聞こえない瞬間はあった

 

『……マジっぽいですね……いやそんなんできひんやん普通……』

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