第45話 うまくいかない

~織原朔真視点~


 GAME OVERの文字が画面に浮き上がる。既に何度見た光景か。


 僕たちキアロスクーロはとある壁にぶち当たる。それはチームの連携だ。前衛を張る薙鬼流ひなみと後衛の僕、チームのバランスをとるシロナガックスさんの連携が上手くとれない。


 正直言ってシロナガックスさん1人で敵を殲滅できるのは初配信でもわかったことだが、それでは大会には勝てない。この練習配信ではシロナガックスさんはあくまでサポートとして立ち回り、僕と薙鬼流ひなみの地力をつけることが目的だ。


 前回の配信で僕は新しいレレレ撃ちを練習し、習得できつつあるが1v1の実戦経験がまだまだ少ない。また前衛の薙鬼流ひなみが思ったような働きをしてくれない。


 配信中では強い言葉は勿論、指摘そのものもしにくい環境である。一つ指摘をすれば、それがいくら正論と言えども彼女のコメント欄は一斉に攻撃的な言葉で埋まるだろう。


 ──よくあんな環境で配信ができるな……


 僕もシロナガックスさんも今まで一度も薙鬼流ひなみの炎上の件について窺っていない。彼女の普段の明るさを見るに、あまり気にしていないのかと思ったほどである。しかし練習配信を今まで行っていて彼女のプレイに罵声を浴びせるコメントが一段と酷くなった。あまりにも酷いコメントはブロックし、チャンネル登録していないとコメントを記入できなくするよう対策をしても彼女に対しての攻撃はおさまらない。SNSや掲示板ではもっと荒れていることだろう。流石の彼女もここ最近の練習配信中はどこか大人しい印象を受ける。


 殆どの視聴者はこのことに気付いてない。なんなら僕も普段の学校での彼女の行動や言動を知らなければ気が付かないだろう。


 ──僕と逆だな……


 学校では大人しい僕は配信では、はしゃぐように喋っている。逆ではあるが彼女の気持ちを僕は理解できた。そんな環境の中で、いくらゲームとはいえこうした方が良いなどという指摘、またはアドバイスをしても無駄である。


 ──こんな時は何をやっても上手くいかないんだ。


 この言葉は僕とシロナガックスさんにも当て嵌まる。ここは早いとこ練習配信を終えて、配信外でああした方が良い、こうした方が良いと伝えるべきだ。


『ごめんなさい…私のせいで……』


 薙鬼流ひなみは、自らの失敗を謝罪する。いつもならもっと軽い感じで謝罪を口にする彼女だが、流石に今回は自分の失態が招いた結果であると責任を感じているようだ。


 ここは気にしていないふりをするのが一番だ。


「全然大丈夫だよ?何回でもやり直せるし」


 僕のあとにシロナガックスさんが続く。


『寧ろ今のはサポートのポジションにいる私が薙鬼流さんのカバーに行けなかったせいです』


 この言葉に薙鬼流ひなみは強い反応を示した。 


『今のは絶対私のせいですよ!!』


 感情的な声が聞こえた。薙鬼流ひなみはすぐに我を取り戻し、謝罪を口にする。


『す、すみません…いきなり大きな声だして……』


 〉空気悪くね?

 〉大丈夫そ?

 〉ヤバい雰囲気……


 何がトリガーになるか、それは気の置けない友人でもよくわからないと聞いたことがある。プロレスのつもりで喧嘩を売るような発言を気心のしれたと思っている相手にしたら、相手が本気にして喧嘩をすることはよくある話だ。それは視聴者とのコメントのやり取りにも見られる。常に気をつけて発言しなければならない。今回はプレイで失態を犯した薙鬼流ひなみを一方的に攻めるよりも、自分もその罪を被ることで視聴者の攻撃対象を増やす気遣いのために発言したことが彼女の神経を逆撫でしてしまったようだ。


 普段の薙鬼流ひなみならば上手い対応ができたのかもしれないが、こんな時は何をやっても上手くいかない。失敗が続き、誹謗中傷がリアルタイムでコメント欄に刻まれては殆どの人が心を磨り減らす。そんな磨耗した心では対処しきれないことが山ほどあるんだ。


 僕は妹が辛くて泣いているのをこっちだって泣きたいくらいだと冷たく暗い目で眺めていた過去を思い出した。あの時なぜ妹に構ってやれなかったのかと今なら思える。だが心が磨り減っている状態では他者の気持ちを思いやれる余裕などはない。今一瞬、過去を思い出したことで心が削りとれた気がした。僕は直ぐに過去の自分と決別し、なるべく優しい声を意識しながらマイクに近づく。


「えっと結果論になってしまかもしれないけど、今のはアビリティを使わずにこっちに来てほしかったかな?」


 〉逃げ癖

 〉癖になってるんだ…逃げるの……

 〉炎上してる理由の一つやん


『…はい、そうしてもらうことで私もサポートしやすいです。それと薙鬼流さんはダメージを負うとすぐに無敵になるアビリティを使ってしまう癖があります。そのせいで、本来使うべきところで使えなくなってしまうパターンがよくあるかと……』

 

『わかりました……』


 弱々しい返事。先生に怒られた生徒が1日どのような態度でいたらよいのかわからない雰囲気が配信に漂う。


 この日の配信はあと1ゲームして終了した。


──────────────────────


~薙鬼流ひなみ視点~


 私は被弾した。プレイ画面がひび割れる。出血し過ぎて血の気が引いたような色褪せた光景が広がる。


 私の操る『死霊』と呼ばれるキャラクターのルーは、主に前衛を張る役目を担っている。その分、自分がまっさきに被弾する可能性は十分にある。


 ──それはわかっているのに、上手くわりきれない。


 私がここで倒れてしまうと2人に迷惑がかかる。私は咄嗟に4秒間無敵になるアビリティを使った。


 私のプレイ画面がモノクロへと変化する。これはそのアビリティを使ったことで起こる副作用でもあった。敵からダメージを受けないが、こちらも敵にダメージを与えられない、それだけでなく回復アイテムすら使えない。


 しかし被弾した私は無敵状態の中、パニックに陥り、仲間であるエド先輩とシロさんと離れてしまった。


 私は恐る恐る私に攻撃してきた敵チームを観察する。しかし、敵は彼等だけではない。もう一組の別パ──別チーム──が迫っているのに私は気づかなかった。その別パは仲間の2人と離れた私を襲う。


「すみません!ダウンしました!!」


 〉はい戦犯

 〉トロールすぎる

 〉マジでやめてほしい

 〉ドンマイ


 結局このゲームは私が倒れたことにより全滅してしまう。


「ごめんなさい…私のせいです……」


 エド先輩が全然大丈夫だよ、と言ってくれる。そしてシロさんの声が聞こえた。


『寧ろ今のはサポートのポジションにいる私が薙鬼流さんのカバーに行けなかったせいです』


 またいつもの肩代わり。流石の私も今のは絶対自分の責任だと知っている。


「今のは絶対私のせいですよ!!」


 少し感情的になってしまった。エド先輩は順調に強くなっていくのに私は足を引っ張ってばっかだ。上手くいかない。何もかも。その苛立ちによってつい語気を強めてしまったことに謝罪する。


「す、すみません…いきなり大きな声だして……」


 暫し、沈黙が流れる。


 〉なんか空気悪くね?

 〉気まず……

 〉自分が空気乱してることにようやく気付いたか


 2人は悪くないのだ。私がいけないのに。この空気を私は知っている。


 同じ『ブルーナイツ』の七期生、伊手野エミルとパウラ・クレイの2人が炎上中の私に対してみせる空気と一緒だ。私を気遣い、多くを語らない。あの状況も私が悪いのに、私に見せる2人のあの態度につい苛立ってしまう。


 ──何故苛立つのか……2人とも気を遣っているだけなのに……自分が嫌になる……


 自己嫌悪に陥る私にエド先輩が言った。

 

『えっと結果論になってしまうかもしれないけど、今のはアビリティを使わずにこっちに来てほしかったかな?』


 〉逃げ癖

 〉逃げるのが得意やん

 〉炎上してる理由だろ


 エド先輩の優しい声が響いた。続いてシロさんが口を開く。


『…はい、薙鬼流さんはダメージを負うとすぐに無敵になるアビリティを使ってしまう癖があります。そのせいで、本来使うべきところで使えなくなってしまうパターンがよくあるかと……』


 2人を巻き込みたくないからそっちに戻りたくなかったんだ。


 ──私がそっちに戻ってたら2人に迷惑が……


 迷惑がかかる。そう言おうとした時、私は思い出した。


 ──私と絡むことで既に迷惑がかかっているのに…本当に自分が嫌いになる…もう辞めちゃおうかな…… 


 私を救ってくれた人に迷惑がかかる。それだけは何がなんでも避けなくてはならないことだ。しかし私と一緒にいるだけでエド先輩には迷惑がかかっていることに私はようやく気がついた。


 私はエド先輩と同じチームになれて心が踊ったのを覚えている。胸が高鳴った。しかしそれはただエド先輩に頼ろうとしていただけなのかもしれない。あの日、痴漢から救ってくれた時みたいに、また私を救ってくれるんじゃないかと期待していたんだと思う。頼ることはその人に迷惑をかけるという意味と同義な気がしてきた。


 ダウン中の私の画面は色彩を失くす。それは私の心の表れでもあった。一人称視点から三人称視点へ、地面に這いつくばるキャラクター。私も自分自身を俯瞰して、自分の愚かさに気付いたところだ。

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